第34話 国境線

「寒い」


マリーは手袋をはめた手で外套の襟を立てた。

標高1500mの高原に連なる国境線はとても風の通りが良い。

ここまで乗ってきた車と運転兵は段列に残して来たので、何時間も自分の足で歩き回っているのだが、まだ体が温まって来たという感じがしない。


時折すれ違う兵士達は疲れ切った顔で背を丸め、こちらを気にすることもない。

マリーの階級章も各種徽章も外套に隠れ、制帽のみが佐官を示している。

戦端が開かれてはいないと言えこんな前線に単独で高級将校がうろついていることは本来あり得ない筈なのだが、マリーは誰何すいかを受けることもなく、かといって誘導を受けることもなかった。


「焚火?」


森の手前にオレンジ色の光が見えた。

近付くと6人の兵士が焚火を囲んで暖をとっていた。

被っている略帽は擦り切れて色褪せ、ズボンにはべったりと土がついている。

叉銃した小銃が2組あるはずなのだが、周囲にそれらしきものはない。


「いいかしら」

兵士たちは一瞬胡乱気うろんげな目を向けたものの、自分の部隊の上位者でないことに安心したのか

「どうぞ」

「暖まって行きなせえ」

と一応は友好的な雰囲気を出した。

だが、この雰囲気はマリーには馴染みがある。

やる気を失った兵特有のやさぐれというやつだ。


「ありがとう」

マリーが遠慮なく彼らの輪に入り、手袋を外して火に手をかざす。

暫くはそのまま暖を取っていたが、彼らについて追及しないのを感じ取ったらしく

「参謀殿」

彼らの中で一番若く見える兵が話し掛けてきた。

前線でうろつく部隊を引き連れていない佐官など参謀以外あり得ないので、参謀殿という呼びかけは間違っていない。

「参謀殿は」

「ん?」

「飯は食ったですか?」

「まだだけど、気にしなくていいよ」

「そうですか」

マリーが微笑みを向けると質問してきた兵は少し慌てたように目を逸らした。

「参謀殿は」

「うん?」

「女ですよね」

「女だけど?」

質問の意図が分からずマリーが首を傾げると

「どうして軍隊に?」

と不思議そうに質問をされる。

確かに貴族の直轄領にいない平民の男は年齢で徴兵されるが女は志願しなければ兵隊にはならない。

「女がスカートを履かずに稼げる職場って他にある?」

「……ないですね」

「兵隊を忌避するなんて貴族くらいだからね。能力さえあれば成り上がれる軍隊は最高よ」

「参謀殿は兵隊上がりで?」

「もちろん」

「へぇ」

「それはすごい」

「あなたたちも生き残れば私くらいにはなれると思うけど?」

戦場昇任でない限り下士官になるのも将校になるのも厳しい選抜試験がある。

簡単になることはできないけれど、可能性がないわけではない。

「ははは」

「まさか」

兵にとって伍長・軍曹・曹長といった下士官は部隊の権力者だ。

その上の将校は貴族扱いをされる雲の上の存在、やさぐれていなければ将校それも佐官に馴れ馴れしく話をしようともしないだろう。


「ところで、あなたたちは何か作業をしているのかしら?」

「いいや」

無精髭の目立つ兵が面倒そうに言った。

「俺達は何の指示も受けてない。だからこうやって寒さをしのいでるんだ」

「何も?」

「な・に・も」

どういう事? とマリーは混乱した。

「中隊長はどこかしら?」

「そこをまっすぐ行ったところにある指揮所天幕にいる」

兵士はそう言うと、興味が失せたかのように視線を焚火に戻した。

指揮所天幕?

ここで管理野営でもしているっていうの?

マリーは少々混乱したが、とりあえず兵士の言った場所に出向いてみることにした。



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