第38話 悪魔のいる戦場
「なんだかなぁ」
砲隊鏡から目を離し、伸びをしたマリーは誰もいない中隊観測所の中で独り言ちた。
今中隊の将校は会議中。
会議の目的は月間予定の審議。
ちなみにマリーは会議前に月間予定表を見せてもらったが、〔環境整備月間〕と書かれ、清々しいまでに訓練のくの字もなかったことから参加は時間の無駄と判断した。
そもそも参集範囲に含まれてないしね、私。
悪魔に魂を売った中隊長は話にならなかったが、代わりにマーロウからとんでもない発言を引き出してしまった。
『この戦争は魔族にとって魂を大量に手に入れる貴重な場』
『第1方面軍正面の戦況が
『この正面も当然魂を大量に手に入れるために操作する』
『マリーの勇者の戦場デビューには魔族から最大の支援を送ろう』
つまりこの戦争は魔族にちゃっかり利用されているってことだ。
それで戦争を終わらせるための鍵となる「勇者」の育成と披露に大々的に関わることによって人間に恩を売り込もうという算段だ。
「はぁ……」
マリーは手許の地図と実際の地形を見比べる。
戦場となる地形を見ると戦術作業を行ってしまうのは将校の習い性とも言える。
「こちらに悪魔の手が入っているって知っていれば、敵の指揮官は絶対こちらに主攻撃向けるよね。そうすると、野砲なんかの火力支援基盤を置くのはどこかな……」
第一線を守る兵にとって怖いのは歩兵に随伴して直接照準で狙って来る火砲だ。
なぜかと言うと間接照準射撃の砲弾は命中精度がそれほどでないのに加えて重砲弾でない限り上方から直撃しても耐えられるように陣地が作られているからである。
小銃で狙撃されるのは運としても、敵の砲撃で陣地もろとも吹き飛ばされるのは悪夢だ。遺体が残らないのは兵たちが最も恐れる。遺体を清めて神官に祈ってもらえなければ魂が安息を得られないと本気で信じているためだ。
実際はマーロウのお手付きだったりするが、それを知らせるつもりもないし、知ったところで信じないであろう。
ちなみに小銃の照準規制は300mで行う、つまりは敵にとって脅威となる統制射撃は300m以内という事になる。
機関銃はもちろん600mでも敵に有効な打撃を与えることはできるが、固定された陣地で正面に機関銃を向ければ敵に銃眼を潰してくださいとお願いしているようなものだ。
この陣地でも各中隊の陣地間の穴を埋めるように鉄条網に沿わして斜めに向けられている。敵の突撃の際には鉄条網に沿って機関銃の弾幕が構成されることで有効な突撃破砕射撃となる。
小銃の有効範囲外は砲迫の弾幕が発動できるように準備されている。
そうなると直接照準の野砲が精度を得られて小銃の有効射程外、更には弾幕を準備されるような著名な地点を避けるとすると場所が限られてくる。
「ふむふむ」
マリーにとってこの作業は頭の体操のようなものだ。
さらっと略図を書くとそこに敵の可能行動を重ね書きをし、野外机の上に置いた。
まあ、中隊の将校なら当然これくらいの作業はしているであろうが。
中隊本部に行けば作戦計画や資料があるだろう。が何となくこの中隊の作案を見る気にはなれなかった。
「うーん、どうしようかなぁ」
参謀本部にマーロウの言葉を直に伝えるわけにはいかない。
あれはマリーにだからこそ教えてくれた事だから、そのまま伝えるのはマリー的に道義に反すると思えるのだ。
だから、それを裏付ける資料を集めて間接的に説明する必要がある。
魔王が悪魔達を操って戦場で出来レースを行っているなどという事をどうやって説明すればいいのか……
マーロウが第一線で暗躍しているという事は各連隊とも状況は似たり寄ったりというところだろう。
とりあえずマリーは各師団を査察した後に第2方面軍司令部に切り込もう、と方針を定めたところで空腹を覚えたため、図嚢から3日前にもらった袋を取り出して、その中の固くなった味のないパンを時間を掛けて齧り、水筒の水で流し込んだ。
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