第15話  伯爵邸の夕べ

「マリー、本当に美味しそうに食べるわね」


上質なワインに上質な部位を切り取ったステーキ

ふんだんに用いられている香辛料

いつも食べているものとは質が違い過ぎる。


「はい、こんな厚いのに柔らかいし、味付けもしつこくなくてとても美味しいです」

ナイフに力を入れなくても肉にすっと刃が入って行く。

「良かったら追加で焼かせましょうか?」

「いえ奥様、これで十分です」

「そう? 遠慮しないでね」

名目だけの愛人に夫の寵をとられる心配が全くないためか、正妻様はとても優しく接してくれる。

「あまりの美味しさに、勇者候補の子達にも食べさせてあげられたらなとは思いますけど」

「その子達って若いの?」

「はい、皆10代の食べ盛りです」

「連れて来ても良いのよ」

「いえいえ、8人もいますし、礼儀知らずでして…」

いくら世間知らずとはいえ、そこは警戒しますよ奥様。

「そう。普段は何を食べさせているの?」

「軍の予算内で支給可能な物を食べさせています。もしご興味がおありでしたら、献立表を持って参りますが」

「いいえ、それには及びません。でももし貴女が困っているのなら、この家の力を使っても構わないのよ。ねえ、あなた」

「そうだな。何が必要だ?」

「そうですね。調理指導のために料理人を派遣していただけると助かります。何せ作っているのも私の部下なものですから」

「ふむ、ところでその8人と作っている君の部下とどちらが大切なのだ?」

「それはもちろん私の部下である給食小隊の隊員です。彼らは朝は3時から製パンなどをして夜は夕食の片付け、翌日の仕込みが終わる迄働いていますが、8人から面と向かって不味いと言われる始末。私は頑張った部下には頑張っただけのねぎらいがあってしかるべきだと思うのです」

「ふむ、そうか。不味いと言った事を叱るのではなく、美味いと言わせるようにさせたいのだな。分かった。明日早速さっそく行かせよう」



食後、皆で紅茶をゆったりと飲んでいるとミラーボ伯爵が

「そうだ、マリー」

片手を上げると、執事が歩み寄りマリーに恭しく短剣を渡した。

「綺麗」

柄の部分が宝石で彩られたお高そうな、もとい芸術的な短剣だ。

「ローズにはデビュタント前に渡したんだが」

「心配なさらずとも、私にはこれがありますから」

マリーはテーブルの上に自分の拳銃を置いた。

短剣を渡す意味など護身と自害用に決まっている。

「伯爵家の家名をむざむざと穢させる様な真似は致しませんわ」

「武骨だな」

まあ、美しい短剣に比べたらリン酸塩被膜処理がされただけのお買い得品なので…

「明日にでも伯爵の愛人が持つにふさわしい拳銃を届けさせよう」

「何から何まで、恐縮です」

「いやいや、下級貴族などに舐められてはいけないからな。金で解決が出来るような問題であるなら、遠慮はいらん」

「ありがとうございます。ご厚意に甘えさせていただきます」

高価な拳銃を買ってもらえる。マリーにはドレスや宝石より魅力的に感じる。

拳銃ならば常に身に着けていられるし、好きな時に分解手入れすることもできる。

「既にマリーは伯爵家の一員であるからな。遠慮はいらん」

「はい、それで、愛人の義務の話ですが、子作りについては本任務が終わる迄待っていただければと」

ぶっとローズが噴き出した。ローズ、それはちょっと下品ですよ。

いくらローズの友達だからと迎え入れられた名目上の愛人とはいえ、自分がその義務を果たさずに寄生するだけの存在だとは思われたくない。

「だから、屋敷内でも軍服でいるのかね」

「いえ、これは、私が軍で服務するための服しか持ち合わせていないからです」

マリーは遊ぶにしても軍人割引が効くよう軍服で外出していたので、私物は身の回り最低限の物しか持っていない。

「ああ、そうだった。服も作らないとな」

「ご負担をお掛けします」

「いやいや、まあ先程の話だが、いずれ子供を作るとして」

「はい」

「そうしたらマリーには軍を辞め、出来た子供は妻に預け、領地の代官として赴いてもらうことになるが、受け入れられるかね?」

「領地というと、伯爵領かんとりーですか!」

敢えてそう聞いたのは、伯爵なら植民地も持っていると予想できたからである。

「うむ」

「そこで自由に振舞ってよろしいのでしたら」

「もちろん、君も伯爵夫人なのだから、私と同等の力の行使ができると保障しよう」

そう、愛人は婚姻の儀は行わないものの子供を成した時点で第二夫人・第三夫人として扱われるようになる。第二云々は行政表記なので、あくまで呼称は夫人だ。

産んだ子供は正妻と乳母が貴族として最高の教育を行ってくれる。

一見王都から追い払われるように見えなくもないが、直接国政に関わる伯爵は領地に帰っている余裕などはない。領地を任されるという事は大変な名誉なのだ。



食後呼ばれたローズの部屋は壁紙からカーテン、絨毯じゅうたんに至るまでピンクで統一されていた。


「マリー、ここに座ってみて」

ローズはそう言うと絨毯に直接ふわっと座った。

マリーは向かい合うように折り敷いた。

なるほど絨毯の毛が長いので直接座っても不快ではない。


「お友達をここへ呼んだのは初めてなの」

ローズが照れたように言う。

「お父様が退屈なら音楽奴隷でもやろうかと仰ったけど、伯爵家に奴隷など外聞が悪いのでお断りしたわ」

「音楽奴隷?」

「うん。今戦争してるでしょ」

「うん」

「なんでも武器も持たずに突撃して来る集団がいたので捕まえてみたら音楽家とか画家とかの芸術家で、隣国では不用な存在だとして我が国に消毒させようとしたらしいの。いらないならもらってしまえと王都の芸術家たちに奴隷として与えられたそうよ。これでまた教会と関係が悪くなるとお父様は仰ってらしたけど」

確かに今は楽隊が戦列歩兵とともに戦場を進むような時代ではない。

しかし、戦いでささくれた心に音楽が美容液のように沁み込むのは軍人であれば誰でも経験のあることだ。だから音楽隊の慰問は歓迎される。


「敵の指導者は芸術に恨みでもあるのかな」

気に入らない国民を敵の手で根絶やしにさせようという考えが気持ち悪い。

どうせ後方に機関銃を構えた督戦隊でも置いて無理矢理突撃させたのであろう。

自分が第一線指揮官だったら、捕獲するという判断が下せたであろうか…


「そうだ、マリー」

「なぁに」

「お茶会の時に聞いたんだけど、参謀本部にはすごく美形な殿方が多いのだとか」

「んー」

そういった目で上級者である先輩方を見たことなどないからなぁ

見た目だけで言うなら魔人が美しいとは思うけど、それは言えない。

「今度見ておくね。ローズはお茶会によく参加するの?」

「招待状が来るから仕方なく参加している感じかな。断るのもそれはそれで面倒だから」

まあ、伯爵家だものなぁ。きっと沢山の招待状が送られてくるのだろう。

「お茶会に出るとお友達ができるんでしょ?」

「いやだ、お茶会って駆け引きの場だから、お友達なんかできないわ」

「そうなんだ」

「顔は笑って、心の中では相手を値踏みしているっていうか、いかに相手を言葉で誘導していくかみたいな戦いになるの」

あ、得意だ。そういうのは。



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