第16話 給食
「ミラ軍曹入ります」
隊長室で昨日の新聞に目を通していると、当直勤務の報告がてらミラ軍曹が淹れ立てのコーヒーを配達してくれた。
ちなみに新聞は読み終えると事務室で必要な記事がスクラップされ、余った紙面は廊下帽子掛けの雨だれ受けや靴磨き、窓拭き用などのために保管される。
「おはよう。変わったことはなかった?」
「はい、勇者候補生の8名に事故(病気や怪我など)はありませんが、お耳に入れておきたいことはあります」
「なに?」
「はい、まずは女の子達ですが、男の子と同じ場所で洗濯したり
「どうして?」
「どうしてって、その、下着を見られたくないとか、そういう事です」
「そんなの使用時間をずらすとか、下着だけは部屋干しさせるとかすれば済む話じゃない?」
「そこだけ見れば、そうなんですが、それにはちょっと…」
「ミラちゃん」
「は、はい?」
「結論を先に頂戴。駆け引きはいいから」
「はい。ゼンに対するいじめが存在します。そう考える理由は、ゼンが一人で6足の靴を手入れしていたことと、一人分には多すぎる分量の洗濯物の存在、同じ場所にいることを女の子が嫌がる。という兆候からの判断です」
「ああ、そういう事」
「はい、回りくどい報告で申し訳ありません」
「いいえ、よく観察してくれたわ。消灯後の巡察の時はどう? みんなちゃんと寝てたかしら」
「ベッドに就いてはいましたが、入眠していたかどうかは判断しかねます」
「それはそうね。起床までに動きはなかった?」
「警備小隊から、朝3時頃外柵付近で人影に
「わかったわ。先任曹長にその情報を共有して。それから訓練係を呼んで」
「はい」
「ウォトカ軍曹、今日の予定は?」
「はい、午前中地図判読訓練、午後の前段は体育、午後の後段は整備を予定しています」
「今日教官に就くのは?」
「自分です。助教として8名展開いたします」
「分かったわ。お願いがあるんだけど」
「はい」
「ゼンをそれとなく気に掛けてもらいたいの。出来たらさり気なく褒めるように」
「わかりました」
「本当は私が直接見てあげたいんだけど、悪いわね」
「いえ、隊長には現況調査を行っていただかないと、下士官だけでは出来ないことですので」
「今日は糧食関係で半日もあれば終わると思うから、顔出せたら出すわ」
「隊長、その、午後時間があったらですが」
「うん?」
「給食小隊でゆっくり羽を伸ばしてきてください」
「うふふ、ありがとう」
隊長が居座ったら、彼らがゆっくりできないと思うけどね。
「隊長!~~」
給食小隊の事務室に足を踏み入れると小隊長のミゲル曹長が立ち上がり、駆け寄ったかと思ったらいきなり両手を握って来た。
「ミゲル曹長、まずは落ち着いて座りなさい」
いや、座って落ち着けと言うべきだったか。まあ、どちらでもいいや。
「隊長が伯爵の愛人になったって、落ち着いてなんか」
ん?
「小隊長の推しだったですものね。隊長は」
ん?
「一体何の話をしているの?」
「隊長愛人説、冗談だろうってみんなで言ってたんですけど、今日調理指導に来た方が、本当だって…」
「だから、私が愛人になったからどうだっていうの」
「隊長は俺が狙ってたんですよ」
「はぁ?」
「ここに来たのって、熱望ですからね。諦めませんよ」
いかにも告っているかのような内容だが騙されない。
恋する純情な男がいきなり意中の人の手を握ったりできるものか。
「そういう
「うー」
「冗談はさておき、今朝の喫食状況はどうだった?」
「勇者候補生たちは相変わらず文句たらたらでした」
「部隊員の方は?」
「温食がいただけるだけでも有り難いのにと勇者候補生たちに対して冷ややかな反応です」
「まあ、それは野外訓練になれば思い知るでしょうけど、どうして勇者候補生たちはそんなに不満を漏らすのだと思う?」
「さあ、訓練がぬるすぎて腹が減っていないとか」
「それもあるかも知れないけど、一番の原因は教会や王宮で出された
「それはちょっと…」
「私たちに出来ることは限られた予算の中で最高の給食を提供することよ。そういうわけで伯爵の料理人に来てもらったの」
「ここの現場はご貴族様のお屋敷とは全く違うと思いますが」
「同じよ。調理器具が違うだけでお客様の数や層が変わっても全員が満足できる、変わらない味付けを追求するという意味ではね」
「さすが隊長は言う事が違いますね」
「まあ、あなた達の言うところのご貴族様だからね」
「隊長、準備ができましたので現況調査お願いします」
「はぁい」
マリーが立ち上がるとバインダーに挟まれた調査用紙が手渡された。
「やっぱり倉庫の中は暑いわね」
マリーが調査を終えて給食小隊の事務室に戻ると先任曹長が来室していた。
「先任曹長、倉庫係用に扇風機を手配してくれない?」
「分かりました。補給係に伝えておきます」
「隊長、お疲れさまでした」
ミゲル曹長は今回は普通ににこにこしている。
「来月入荷分の見本選定が先程終わりまして、よろしければどうぞ」
お茶が準備されたので先任曹長と一緒にソファに座ると
「あら、これは?」
白いロールパンがテーブルに載った。
「食べてみてください」
勧められるまま千切って口に運ぶ。
「美味しい」
伯爵邸で出て来るパンに引けを取らない。
「すごい。うちの小隊はこんなパンをみんなに出しているの?」
「んなわけないじゃないですか」
ミゲル曹長がにやりとして
「隊長のために特別に焼かせたんですよ」
「え?」
「我々が隊長に出来ることなんて、これくらいしかないですからね」
「つまり、これを給食で出そうとすると単価がとんでもないことに?」
「ええ、故郷から持って来た特上のバターをふんだんに使用していますから」
「そうなんだ。ほら、先任も食べてみて。私一人だけじゃもったいない」
「いや、それは隊長の事だけを思って焼かれたんでしょうから、隊長が食べてください」
「そっか。じゃあ有難くいただくね」
ゆっくりと噛んでバターの香りを楽しんでいると
「そうだ、隊長にお話があるんでした」
先任曹長がティーカップを置いてマリーを見た。
「今夜私が臨時当直士官として服務点検を行いたいと思います」
「いいわよ。ミラ軍曹が当直下士よね」
「はい」
「女の扱いはミラちゃんに任せるといいわ」
「わかりました」
「ミゲル曹長、聞いたわね」
「はい、服務点検とか」
「そこじゃなくて、先任曹長が臨時当直士官に上番するから、今日の夕食から明日の昼食まで先任曹長に提供しなさい。無料に出来なければ私の俸給から差引くこと。特別勤務に関する命令はすぐに持って来させるから」
「そんな、隊長」
「あなたには奥さんがいるのに帰らせてあげられなくて申し訳ないわ。戦地にいるわけでもないのにね」
「いいえ、ここが我々の戦地。隊長が気に病まれる必要はありません」
「いい部下をもって幸せよ。明日の報告を楽しみにしているわ」
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