第17話 酒保
「先に検食兼ねて夕食を頂いたよ」
「は、はい」
警備小隊へ
「ミラ軍曹も食べてくるといい」
「先任」
「なに?」
「隊長とはいつからのお付き合いなんですか?」
「今年からだよ。演習中の中隊本部にいきなり入って来て『私の右腕になってくれない?』って言われた。中隊長の目の前で」
「へー」
「もう近衛への異動内示が出たっていうのに何事って感じだったな」
「すぐオッケーしたんですか?」
「まさか? 見も知らぬ少尉がいきなり来てなに言ってやがるって感じだったよ」
「中隊長怒ったでしょ」
「当然」
「ですよねー」
「そしたら『大尉、あなたには関係のない話だから口を挟まないで』って」
「うわー」
「中隊長は激怒してお前の上官は誰だと、そしたら隊長は電話を掛けて、ほいと中隊長に受話器を渡したんだが、その掛けた先が参謀本部人事部長」
「うそでしょ」
「嘘のような本当の話、それでずっと演習間口説かれて、演習終了と同時に準備隊にお持ち帰りされたってわけだ」
「そうなんですね」
「しかし、どうしていきなりそんな話を?」
「いえ、隊長って、なんか将校らしくなっていうか、私の事ミラちゃんって呼ぶし。私の知ってる将校って言えば、もっと規則とか規律とかでがちがちな感じだから」
「いやぁ、あれほど将校らしい将校もいないと思うけどな。まあ、慣例なんかどうでもいいと思っている節はあるが」
「それに隊長って、ご貴族様でもあるんですよね」
「ミラ軍曹だってどこぞの貴族を誑し込めば貴族になれるぞ」
「それは御免被ります。社交界だのマナーだのそういうご貴族様らしい事は私には向きません。私はどこぞの
「それはそれで大変そうだが、まあいい。食事に行っておいで」
「はーい」
「ミラ軍曹、懐中電灯は持ったか?」
「はい、点灯確認しました」
「警笛はポケットに、あと拳銃に弾を」
「装填済みです」
「よし、行くぞ」
宿営地全体を警備小隊が警備していると言っても潜入に長けた者なら
今回は勇者候補生たちが居住する隣の建物までではあったが。
「うん?」
勇者候補生たちは不在であった。
王宮からかなりの額の手当てを渡されている筈だから食事後に酒保に行ってのんびりしているのであろう。
食事に不満を述べていたそうだから、買い食いしているに違いない。
「ミラ軍曹、ちょっとこっちへ来てくれ」
「はい」
ミラ軍曹を男部屋の方に呼んだのは理由がある。
ヴァラード先任曹長が足を踏み入れた瞬間、嫌なものを見つけてしまったからだ。
「あの寝台は…」
「ゼンですね」
ゼンの寝台の毛布の上にいかにも脱ぎ捨てたばかりといった埃の付いた数人分の戦闘服や泥が付着した靴まで載せられている。
悪意しか感じない。
もし仮に洗濯を依頼するなら埃が付着しないように気を使って服を畳むであろうし、まして寝台に泥靴を載せるなどという事はあり得ない。
銃架の小銃も安全子が掛かっている。これは格納する際に撃発していないことを表している。おそらくろくに整備をしていないのであろう。
「やりますか」
ミラ軍曹がにやりとした。
「そうだな。風速はどれくらいがいい?」
「100で!」
「よし、やろう」
ヴァラード先任曹長が窓を開け放つと、ミラ軍曹が手当たり次第に放り投げ始めた。
嵐を起こして満足したミラ軍曹はヴァラード先任曹長にその場の見張りを依頼し、静かに気配を消して酒保に立ち寄った。
見た目が可愛いので騙されがちだが、ミラ軍曹は下士官になる前は特殊部隊に在籍していた潜入破壊工作技術に長けた
部隊内では人畜無害を装っており、言動や仕草は一番相手が油断するように立ち回っている。
〈守ってあげたいランキング〉とやらの筆頭に挙げられるのはその成果である。
まあ、彼女を襲おうとしても並の男では歯が立たないのだが…
ふわっとした温かな人柄に見えるので相談なども持ち掛けられやすい。のほほんと聞いているように見せて相手をしっかり観察し弱点を探っているような奴だ。
そうでなければ一見頭お花畑の女性下士官にマリーが目をつける筈がない。
「いた」
酒保(軍人経営売店)と焼肉串を売る野外売店(業者経営売店)に面した野外広場の俗称パーティー席に勇者候補生たちは陣取っていた。
観察すると、山盛りになった皿と串は野外売店から仕入れたもののようで、食事では満足できないのでここで食べていたという事なのだろう。
手にはグラスでなく大きなジョッキ、ということはこれも野外売店の酒だろう。
「あれ?」
ミラ軍曹はその集団の動きに違和感を感じた。
ミラ軍曹も下積み時代は長かったので酒の席での使い走りはよくやった。
軍では頼まれごとが終わるとすぐに労わっての飲み食いを勧められたものだ。
だが、彼らは使い走りを休ませることなく、時間が空くと文字通り蹴飛ばして集団の外に置き、そして怒鳴り散らしてまた使い走りを強要する。しかも支払いは使い走りの財布に求めている。そう、使い走りとはゼンだ。
ゼンが皿を持って近付くと、付近の女の子は受け渡そうともせず、近付かれることに不快な表情で明らかに避けている。
「なんだかなぁ」
ミラ軍曹は静かにその場を離れた。
「ゼン、こっちへ来い」
ヴァラード先任曹長の怒声で周囲は静まり返った。
肉祭りだと大騒ぎしていた勇者候補生たちは水を浴びせられた格好だ。
ゼンは座っていなかったので、そのまま彼の前に行く。
「は、はい」
「先日早朝、警備小隊から
「あ、はい」
「なぜ事故報告をしなかったかについて事情聴取を行う。ついて来い」
「はい」
「他の者はさっさと部屋に戻れ!」
「へっ、ゼンの野郎、ざまぁ」
「やっぱりオタクはダメね」
他の勇者候補生たちは色々と言いながら立ち去って行った。
「ほら、ゼン、来い。こっちだ」
「?」
ゼンが不審な顔をしたのも無理はない。
連行しようとしているのが酒保の中だからだ。
「おーい、邪魔するよ」
「お、先任!」
酒保の中は警備小隊と給食小隊の非番の者達で一杯だったが、すぐに2人分の席が協力して準備された。
「先任、その腕章ってことは当直?」
「そうだ」
「じゃあ酒はダメだな。おーい、何か甘味品持って来てくれ、2つ」
「ほーい」
「すげえなあんた、もう先任に唾つけられたのか」
酔っぱらった軍曹の1人がゼンを覗き込む。
「いやいや、人事は関係ないぞ」
「あれ? 当直って今ミラ軍曹じゃなかったっけ?」
「そうだよな、今朝衛兵下番する前にミラ軍曹を見たぞ」
「ああ、彼女なら今頃嵐を吹かせて勇者候補生たちをお出迎えしているだろう」
「うわぉ」
皆新兵教育隊や下士官教育隊で経験しているので「嵐」と聞いただけでピンとくるのである。
「麗しのミラ軍曹を怒らせるなんて、奴ら一体なにしたんです?」
「同期に対して、してはならないことをしやがったのさ」
「ああ、それで」
皆の視線がゼンに集中した。
「俺達はお前の味方だからな。教育期間中、そいつらに負けるなよ」
「ほら食え」
「飲めるんだろ。飲め飲め」
「帰りたく無けりゃ警備小隊の仮眠ベッド空いてるからそこで寝ろ」
「そりゃどこより安全だ」
「わははは」
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