第18話 えこひいき?

「おはよう」


マリーが事務室に顔を出すと、ミラ軍曹の机でせっせと弾倉に拳銃弾を装弾するゼンがいた。


「どうしたの、それ?」

「隊長、おはようございます」

ヴァラード先任曹長が笑顔で

「昨日ミラ軍曹が嵐吹かせましてね。なんか勇者候補生連中にめた言動されたらしくて」

「まあ、あの容姿だからねー」

「ミラ軍曹、ブチ切れてしまって2時頃まで小突き回したらしいんですけど、その際に2弾倉撃ち切っちゃったらしいんですよ」

発砲音がしても警備小隊が介入しなかったのはミラ軍曹が暴れていると誰かが通報したからだろう。

「怖いもの知らずですな」

見た目で人を判断してはいけないという格言はミラ軍曹のためにあると言っても過言ではない。


「まあ、それはいいんだけど、もうすぐ雨が降るわよ」

「ですね」

「居室、穴だらけなんじゃないの?」

「いいじゃないですか。奴らには少しくらい不便感じさせてやった方が良いですよ」

「ということは営繕入れる気ないわね」

まあ、雨漏りくらい自分達でどうにかさせればいい事だ。

「はい」

「で、ゼンがここに居るという事は?」

ゼンは依頼された装弾が終わったらしく弾倉を机の上に並べて置いた。

拳銃弾の入った紙箱を机の中に戻すのを躊躇ちゅうちょしている。多分欲しいのだろう。

「細部は隊長室でいいですか。ミラ軍曹もすぐに当直室から引き上げてくると思いますので」

「いいわ。人数分のお茶準備して頂戴」

「わかりました。おい、ゼン、仕事だ」



「隊長、最初にお聞きしたいことがあるのですが」

マリーが自分の作業椅子に座って紅茶をすすっていると先任曹長が口火を切った。

「なぁに?」

「勇者候補生は全員が同じカリキュラムで進ませなければならないのでしょうか」

「いいえ」

マリーはティーカップを机に置いた。

「統一カリキュラムを作っているのは一人一人に合わせた教育をするためには隊力が足りないからという理由でしかないの」

「では予定表通りでなくとも」

「全然問題ないわ」

「そうでしたか」

「そもそもここの主は誰?」

「隊長です」

「そう。私マリー・スピアースがこのダンジョン村の村長の権限でいいと言ったら何をやっても良いのよ」

「なるほど、それでミラ軍曹が暴れたと聞いても落ち着いて」

「いやいや」

マリーは視線をミラ軍曹に移し

「嵐はともかくさすがに発砲したというの聞いた時には焦ったわよ。でもね、よく聞いて」

「はい」

「先任の当直上番も服務点検も許可したのは私。先任は自主裁量の範囲でミラちゃんを使った。だからミラちゃんが何をしでかしても責任は私にあるの。たとえその結果候補生の1人や2人減ったって、その責任はすべて私がとるわ。だからミラちゃん、あなたは何も責任を感じることはないの」

「最初から責任など感じておりませんので何ら問題ありません!」

「そう。ならいいのよ」

「ミラ軍曹…」先任が呆れ顔だ。

「では本題。ミラちゃんはゼンの戦友となり、24時間彼を鍛えなさい」

「了解!」

「幸いゼンは体育以外の課目は他の候補生より抜きん出ているわ。鍛えがいがあると思うわよ」

「ちょうど当直下番しましたし、一緒に山籠もりしたいのですが」

「オッケー、じゃあ朝礼にしましょう。ゼンは基幹要員の列に並ばせなさい」



隊長が参加する全体朝礼は教育開始以降初めてである。

あくび顔で整列している勇者候補生たちはゼンが一緒に並んでいないことに気付いていない様子だ。いや、気付いていたとしても彼らにとってどうでもいいのかも知れない。


気を付けの喇叭らっぱが鳴る。

「国旗掲揚!」

喇叭による国歌吹奏が始まる。


警備小隊員で編成された旗衛隊員が旗衛隊長の号令で掲揚台に国旗を掲揚させる。

「敬礼」

朝礼に集まった隊員たちが先任曹長の号令で国旗に敬礼する。

「直れ」

国旗の掲揚が終わり、旗衛隊員たちは掲揚台に旗を固定させたら勝手に小隊に復帰する。


さあ、朝礼の時間だ。

マリーは隊の中央に進み出る。


「隊長に、敬礼!」


先任曹長の厳かな号令により、勇者候補生たち以外は綺麗な揃った動作でマリーに敬礼をする。

マリーは厳かに答礼をする。

「直れ!」

「おはよう」

「おはようございます!」

うん、下士官たちの元気のいい返事はいいね。

「休め」

下士官たちは気を付けの姿勢を解いても気持ちは弛緩しかんしない。

皆マリーを注目して言葉を聞き逃すまいとしているのがわかる。


「諸君、勇者候補生たちに対する教育はとても順調だ。お客さん待遇の第1段階が終わって能力が概ねつかめたところで第2段階に移行する」


マリーはゼンの方を向いて軽く両手を上げた。

「そうだ、忘れるところであった。諸君!」

将校がわざとらしい演出をする時は、大抵何かをたくらんでいるものだと下士官たちは知っている。

「この度優秀な成績によりゼン候補生に下士官待遇を与え、ミラ軍曹を戦友に指定し第3段階の特別プログラムを一足先に開始する」

「おおーっ」

下士官たちはマリーの企みに乗る。

「すごいなゼン!」

「ミラ軍曹の戦友かぁ」

「ミラ軍曹といつも一緒なんて羨ましい」

「ミラ軍曹のマンツーマン指導、受けたいねぇ」

「いいねっ」

隊長の話の最中に下士官たちが列中から声を上げ始めた。

もちろんわざとである。


ミラ軍曹の本性を知っている者までこの和気藹々わきあいあいな雰囲気を演出しているので、マリーの狙いは下士官たちに見抜かれているという事になる。


「納得いかねえ!!」


はい、釣れました。

ヤキュウブキャプテンだと大見えを切っていたタクミだ。


「なんでゼンの野郎が依怙贔屓えこひいきされるんだ」


「聞こえなかったのかしら」

煽るのはマリーの得意分野である。

「ゼンはあなた方お馬鹿さんと違ってちゃんと教えたことを覚えたから先に進むの。ミラ軍曹をつけるのは危険な課目に入るからよ。あなた方はせいぜいそれを横目でながめて悔しがるが良いわ」

「ゼンの野郎より俺達が劣るわけがねぇ!」

タクミは気付いていない。

マリーの決定にいちゃもんを付けているというのに下士官が誰一人止めに入らないという事を。

「俺達もゼンの野郎と同じ教育を要求する!」

「いいでしょう」

マリーは作り笑顔をタクミに向けた。

「最初の課目をゼンよりも優秀な点数で修了出来たら同じ待遇を与えましょう」

そう言ってマリーが片手を上げると、7名の勇者候補生たちの隣にそれぞれ下士官がついた。下士官たちは次に何が起こるか分かっている故の以心伝心である。

「今隣についた人を仮の戦友とする。準備完了次第訓練を開始せよ。細部はミラ軍曹に指示させる。以上」


「気を付け、隊長に敬礼」


隊長としてやれることはやった。

「直れ。ミラ軍曹、訓練指示」

「はい」

「ひっ」

勇者候補生の女から短い悲鳴が上がった。

余程が激しかったのだろう。

振り返るとミラ軍曹が仁王立ちになってすごんでいる。

これから先は下士官たちの腕の見せ所である。

あ、そうそう、給食小隊に寄って食事をキャンセルしなければ。

なにせこれから1週間のサバイバル訓練が始まるのだから。




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