第28話 将校学校

「ちょっと大げさじゃない?」


伯爵邸を出たところで前後を軍用車に挟まれた。

参謀本部付隊から配車された黒塗りの旗付き将官用車両の前に機銃付きの小型車が2両、後ろに歩兵分隊を載せた兵員輸送車が3両付き従っている。


「将官って、いつもこうなのかしら」

「いいえ奥様、伯爵夫人に相応しい警護をするよう旦那様から申し入れがあったとお伺いしています」

とどや顔で答えたのが側仕えのパトリシアで、この車には側仕えが4人も乗っている。


建前は運転手とその横に載っている伝令は軍曹でかつ男性なので将校学校内の校舎にも宿舎にも立ち入ることが出来ないため、お世話と護衛を兼ねてサミュエルが付けてくれたことになっているのだが、本当は学校内の捜査と危険な高級将校の抹殺のために国王直轄の機関から派遣された司法権を持つお嬢様方である。

鞄を抱えて隣に座っているパトリシアは赤髪のロングストレートに巨乳という特徴的すぎる外見のせいか、常にマリーと行動を共にして他の3人に指示を飛ばす係のようだ。


目の前に座る3人は金髪のセミロングで可愛いお人形さんのような外見をしている。

左からイザベル、セリーヌ、ルイーズと自己紹介したが、もちろん偽名だろう。

偽の身分はパトリシアが伯爵令嬢、イザベルが子爵令嬢、他の2人は男爵令嬢らしい。

側仕えとしての腕は確かなようで、今朝は食事前に浴槽に放り込まれ、食後はしっかりメイクをされたので自分で驚くほど艶やかになっている。


「ま、いいか」


入校のための事務手続きなどは全て側仕えがしてくれているので、マリーは気楽に移動すればいいのだ。


「あれ?」

護衛は将校学校の校門前で外れるものだと思っていたら、そのまま学校内にぐいぐい入って行く。

衛兵があたふたしている。それはそうだろう、いくら探しても対応すべき将官は存在しない。通常の基地と違って大佐には特別な対応など必要ない場所なのだ。

停止指示も出来ないほど混乱している衛兵たちを無視して車列は校内へ進む。

「校長に訪問する旨の先触れは出しているのですが」

パトリシアが首を傾げた。

「訪問って、一学生が校長を表敬ですか」

「いいえ、表敬されるのは奥様でございます」

パトリシアが言うには校長は中将で爵位としては同格であるが、マリーが貴族であるため軍の階級に関わらず序列は上位になるのだそうだ。

校内の芝は刈り込まれているがコニファなどの植木はいびつに枝が刈られ、慌てふためいて取り繕った様が見て取れる。



校長の部屋の扉は解放されていた。

先に歩いていた校長秘書の大尉がマリーの到着を告げる。

同時にイザベルとセリーヌが入室して左右に展開する。

異状なしとの報告を聞いてパトリシアがマリーの半歩前を進む。

ルイーズは入室せずに廊下を監視するらしい。

「あ、どうぞ、こちらへ」

校長は髪の毛の薄い小太りの中将だった。

丸顔に丸眼鏡なので、小動物のような印象を受ける。

彼の左には少将と大佐が佇立している。

軍の常識では校長が申告を受ける場面だ。

だがしかし

ここでは貴族としての振る舞いが要求されている。

そうでないのなら今までの特別扱いが意味をなさなくなる。

パトリシアが右前の誘導の位置から右後ろの側仕えの位置に移動した。


「校長のマルメロ中将です」

パトリシアが囁くように言った。

本来なら敬礼をして申告をする場面だが、敢えて放置し値踏みをするように見る。

「マルメロです」

緊張した空気に耐えられなくなったのだろう。マルメロ中将が先に名乗った。

「ミラーボ伯爵夫人マリーです」

身分の下位の者から名乗らせることで貴族としての挨拶は成立した。

マリーは他に用がないのできびすを返そうとした。

「まあまあ、そちらへ」

マルメロ中将はソファーを指差した。

その瞬間イザベルとセリーヌがさっと動き、ソファーを確認する。

圧力式の罠がないことを確認して頷くとパトリシアがマリーをソファーに誘導する。

ただ、その位置が…

通常部屋の主人である校長は部屋の奥側に配された一人掛けのソファーに座る。

一人掛けのソファーは夫人帯同時用に2脚、客用のソファーは3人掛けの物が一台机を挟んで配置されている。

しかし、パトリシアが案内したのは主人用のソファ、パトリシアは夫人用のソファーの前に立つ、そうするとマルメロ中将は客用のソファーに座らざるを得ない。

明らかにマルメロ中将を格下扱いしているので佇立していた大佐はこちらを睨んで何か言いたげにしていたが、少将に促されて退室した。


「奥様、お隣よろしいでしょうか」

頷くとパトリシアが隣に座って鞄から筆記用具を出す。

「入校されると聞いてはおりましたが、いきなりの訪問で驚きました」

「あら?」

パトリシアが意外そうな顔でマルメロ中将を見る。

「先触れは昨日のうちに出したはずですが?」

「あ、いや、確かに伺いましたが、学生は今日まで参謀旅行に行っておりまして、残った学校職員に環境を整備させるのは大変なのですよ」

「おや?」

マリーも仕掛けたパトリシアに合わせ煽ってみることにした。

「清掃や剪定など下賤の者が行う作業は学校に配分された厚生費で外注すればよろしいではありませんか。その費用を浮かせて何かに使う予定があるのですか?」

マルメロ中将はすごく嫌な顔をした。

「まあ、それはそれとして」

マルメロ中将の額に汗が見える。

「明日は学校朝礼なので、8時に営庭に集合です」

すごい勢いでパトリシアがペンを走らせる。速記の技能を持っているようだ。

「貴官は当初学生の列に並んで、呼ばれたら壇上に登り、私が紹介、貴官が自己紹介という流れになります」

「待て」

パトリシアがペンを止めた。

パトリシアも設定上は上級貴族なのでかなり強気に出ている。

「奥様を平民扱いすると?」

「へっ?」

「貴族である奥様がなぜ目下の場所から上がらねばならぬ」

「あ、で、では当初から壇上で」

「当然です」

「では、私が紹介しますので、そうしたら前へ出て」

「待て」

「まだ何か?」

「平民どもから挨拶を受けるならともかく、なぜ奥様がへりくだる必要がある?」

どんどん校長の顔色が悪くなる。

「わ、私が紹介するにとどめますので、椅子に座っていていただきたい」

「よろしい。椅子は当然奥様に相応しい格式の物を用意しておくように」

「…」

「以降実務的なやりとりはセリーヌを通して行うように。セリーヌ、この場に残りなさい」

「かしこまりました」

「話は終わったようですね。パトリシア、次は?」

「校内の宿舎に参りましょう」

「わかりました。ではマルメロ中将、また明日」

「あ、ああ…」

マリーはパトリシアが筆記具を片付け終わるのを待って立ち上がり、廊下に出た。

「奥様にお茶も出さないとは…」

イザベルが呆れている。

でもね、軍じゃそれが普通なんだよ。と心の中で言っておく。




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