第48話 自己責任

「はあ?」


呆れた声を出したマリーに総務班長は冷や汗を流しながら

「ですから、司令以下各部課長はレイル子爵主催の狩猟会に参加のため不在です」


狩猟会とは平民を動員して鹿などの獲物を追い込んで弓矢や槍などによって倒すという巻き狩りのような貴族の遊びであり、招待された司令部のお偉いさんの前に獲物を誘い出すという、ぶっちゃけて言えば接待ゴルフのようなものである。

腕はともかく軍人は皆小銃を扱うことが出来る。

あくまでも招待という名の接待であるから、獲物は300m離れた距離で身動きが取れないように囲まれる。

300mで照準規正がされている小銃で50m先に飛び出してきた獲物を仕留めるのは至難の業だが、300m先で静止している獲物なら標的射撃と変わらない。

もし腕が悪くて獲物を外し、平民に弾が当たったとしても貴族としては全く問題がないし補償もしない。平民としては命懸けで割に合わない仕事である。

昔は狩りは戦技という側面があったが、貴族が戦場に赴かなくなった今では単なる道楽と化している。

税の一部として動員される平民には手当てが出るわけもなく、肉も貴族が上質の部位を持って行ってしまうため、疲労と不満が溜まり怨嗟の声となる。招待された軍人に対しても同様に。


「査察を受けているっていうのに、自覚あるのかしらねぇ」

「い、いえ、レイル子爵は地元の有力者でありまして……」

「ま、いいわ。査察結果については後日文書で送ります」

「はぁ」


総務班長は気付いていないが、査察結果を後日送られてくるという事は、国王に呼び出されるまでの対処の時間が削られることを意味している。

補助官から呼び出しを受けた各担当者が指摘事項等を細やかに報告していればまだ改善のための準備の余裕もできるだろうが、マリーが把握している内容はとても部課長で火消しが出来るような性質のものではないので、多分担当者も口をつぐんでいるのではないかと推測される。


「まあ、いいか」

マリーは「自己責任♪」と言いながら参謀本部への帰隊準備を進めた。


マリーや補助官がいるうちならば、指摘事項の細部や改善の方向についてのアドバイスを入手することが出来るが、査察所見を開陳すべき司令官も参謀もいないとなれば総務班長ではマリーをここに留める事はできない。

当然明日のミーティングは荒れるだろうが、それはマリーの知ったところではない。

本来マリーは査察官であるから査察に関する決裁権を有している。

だから補助官に書類を作成させてそれを決裁したならば、方面軍への通知(下級部隊又は関連部隊へ知らせる事)と参謀本部への報告(指揮上の上級部隊へ知らせる事)のための文書送達は補助官に任せてしまって全く問題がない。

ただ、参謀総長と国王陛下に対する口頭での報告義務はあるだろうとマリーは考える。


参謀本部で報告すべき内容を1枚にまとめ(多忙な参謀総長に何百枚とある報告書の細部まで読ませる必要はないので)、内容の酷さに頭を痛めながらも、それをどうこう考えるのはマリーではないと参謀総長に丸投げする気満々である。



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