第41話 ベル師団長
「美味しい」
マリーは師団長室の応接セットに寛ぎながら秘書から受け取ったマグカップ入りのコーヒーを啜った。
「そんなものが美味いとはな」
第32師団長のベル中将は見下した目でマリーを見た。
普通将官の予定は前の週にある週間予定の審議で概定し、前日には秘書から翌日の面会予定を聞いてプロフィール等を受け取るのだ。
だから校長のような破天荒な人間でない限り、こういう飛び込みは嫌われる。
マリーとしては分かっていてねじ込んだのだから、嫌味を言われたくらいでは怯まない。王命で動いているのだから、たかだか一中将に
「泥水よりは美味しいですよ? ここ1週間、貴師団の正面を視察していたのですがね。ああ、心配しないでください。兵と一緒に硬くなったパンと水だけで過ごしたので師団段列に負担はかけていません。だからこの代用コーヒーでさえも美味しく感じるのですよ」
(副音声:どうせお前らは前線を視察もしないで贅沢な食事と本物のコーヒーを楽しんでいたんだろう?)
「そうか、で用件は?」
(副音声:さっさと帰れ)
初っ端から喧嘩腰になってしまった。反省……
「第32師団で教育訓練を全く行っていない理由をお聞かせ願いたい」
「全く行っていないなどと、言いがかりではないか」
「他の師団も調べた上で言っているのですよ。ああ、割当弾薬や燃料のせいにしないでいただきたい。他の師団は少なくとも指揮所演習は行っている」
茶飲み話をしに来たわけではないのだからその位の下調べはしてある
「指揮所演習?」
ベル中将は鼻を鳴らし
「そんなものが何の役に立つ」
「そんなもの?」
異なことを。指揮所演習は将校の識能を高め、得られた教訓を反映して実働に繋げるために必要なことだ。
「我が師団が何と呼ばれているか知らないのかね」
「仲間内の愛称など、知るわけがないでしょう」
「近衛崩れだ」
「近衛と言うと儀仗のお飾り中隊と王宮警備中隊と特務中隊ですわね」
「その特務中隊というのは何をしているのか知っているか?」
「王族の暗殺や貴族の粛清と風の噂では聞いていますわよ」
「そうだ。貴族を表立って罪に問う事は平民の目があるので出来ないからな。闇のうちに一族郎党皆殺しにする必要があるわけだ」
「はぁ」
「急襲しても出来るだけ建物の資産価値を落とさないよう、拘束して毒を飲ませることが多いのだが、罰の意味合いもある毒だから3時間から6時間は苦しむわけだ」
「それが何か?」
「処刑に立ち会う兵は最後まで見届けなければならないが、幼子がのたうち回るさまを見て心が壊れた者や、楽にしてやろうと別の手段で死期を早めて処分された兵が我が師団に回される」
「それが師団の特性だと?」
「そうだ」
「だから、それが何だというのです?」
「なに?」
「どんな弱兵が配置されようとそれを戦えるように教育するのがあなたの仕事でしょう。その責任を放棄して道路清掃や草刈りにうつつを抜かしているのは次のポストを見据えたゴマすりではなくて?」
あ、しまった。主音声で話をしてしまった……
「あと、隷下の将兵は他の師団の将兵よりも群を抜いて神官からの免罪符の購入が多いってご存知?」
「いや、知らんが何の問題がある。教会への寄付と同じだろう」
マリーはそれには答えず黒い笑顔を浮かべた。
「彼らの魂が救済されることを祈りますわ」
胡乱気なベル中将に構わずマリーはマグカップを置くと立ち上がった。
多分これ以上話したところで思いはこの人には伝わらない。
早々にマリーはベル中将に見切りをつけ、参謀本部に戻り方面軍司令部から届いている筈の予定表を把握することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます