第20話  山の中

「マリー、やっほー、久しぶり」


ダンジョン入り口の影から勢いよく飛び出て来たエリスにマリーは驚きながらも

「エリス、こんにちは」と挨拶した。


「どうしたのどうしたの? 遊びに来てくれたの?」

帽子からはみ出たエリスのツインテールがぴょんぴょん踊る。

「落ち着いてエリス、お願いがあって来たの。ダンジョンのお話」

「なんだぁお仕事かぁ」

エリスは頬をぷくっと膨らませながら

「じゃあ、ちょっとそこに座ろ」

と切り株を指差した。


「うん」

幸い今日は二人とも戦闘服姿なので汚れても心配ない。

魔王軍の戦闘服は茶色と黒色が多く使われている。


「お願いってなあに?」

「来週の水曜日に射場をお借りしたいのだけれど」

「いいよ。ちょうど今訓練場整備週間になってるから全然問題ないよ。水曜は予備日だからね」

「整備週間とかあるんだ」

「これだけ大きい施設だからねー。休みなしで回している機材の整備っていうのもあるけど、弾頭を放置しておくとやっかいなの」

「弾頭が?」

「小火器の弾頭は鉛で作られているのが多いでしょ」

「うん」

すずとかで周囲を被覆ひふくしてたって土にめり込んだ弾頭からは鉛が出て来て地下水を汚染するのよ」

「なるほど」

「それで、土を掘り返してふるいにかけて弾頭を回収するの。他にも標的を修理したりやることは一杯あるのよ」

「あ、じゃあ、もしかしてお邪魔だった?」

「まっさかぁ。マリーだったらいつ来たっていいよ。ただ、今は廊下とかワックス掛けちゃって、乾くまで中に入れないの」

「そうなんだぁ」

「ね、あと2時間ほどで終わるからお昼食べてかない?」

「うーん、魅力的だけど…」

「何かあるの?」

「うん、今サバイバル訓練中でね」

「へえっ、面白そうなことやってるのね」

「うん、その訓練の最終日が水曜で、ここをゴールにして射撃をさせる予定なの。その日はゆっくり時間取ろうと思うけど、どう?」

「いいよ。シュークリン買っておく」

「じゃあ水曜日お願いするね」

「任せて、機材ばっちり整備しておくから」

マリーが立ち上がるとエリスは敬礼なんていらないとばかりにダンジョンに駆け込んで行った。




「畜生がぁ」


タクミは苛立っていた。


昨日出発前に見つけた食料を仲間に分けようとして

バナナの房を手に取ったらいきなり催涙ガスを浴びた。

余りの苦しさにのたうち回っていたら頭から水を浴びせられた。


「ゼンの野郎、勝手に先に行きやがって」


案内をさせる予定だったゼンは既に出発していた。

仕方なく、頭が良さそうなコウタを先頭に出発したが、行く先々で罠に引っ掛かる。


「隊長優しいな、わざわざ方向が違うって教えてやるんだものな」

仮戦友とかいう下士官どもは罠を教えようともせずに面白がっている。

それどころかいくつ罠にかかるか賭けまで始める始末だ。

「ほら、早く行かないとゼン君に追いつけないぞ」

休憩しようと足を止めるたびに下士官の誰かから馬鹿にしたような声が飛ぶ。

ゼンへの対抗心を利用して煽っているのだ。

おかげで朝日が昇るころには7人とも会話する元気さえ失っていた。





「バディー、いつまで寝てる」


靴底を蹴飛ばされてゼンが目を覚ますともうミラ軍曹が出発の支度を整えていた。


「あれ?」


「間抜けどもに追い抜かれたくないだろう。さっさと行くぞ」

「う、うん」

女子と肩をぴったり寄せ合って寝るという初めての体験に興奮していたはずなのだが、疲労には勝てず、いつの間にか泥のように眠っていたようだ。


「顔だったら拠点に着けばいくらでも洗わせてやる。すぐにここを出るぞ、歩けるか?」

「大丈夫、と、いてて」

ゼンの身体の各所から痛みの信号が送られてくる。

「身体が強張っているだけだ。肩を回せ、屈伸をしろ」

草むらの中で言われた通り屈伸をし、背嚢を背負うと

「一番乗りするぞ、ついて来い」

とミラ軍曹が爽やかな笑顔で言った。





「痛っったぁ!!」


ミクの叫び声が森に響き渡った。


「何するの!」

ミクの前を歩いていたタクミが足を止め、きょとんとした顔をした。

そう、自分が何をしたか理解していないのだ。


「ちゃんと後ろの事も考えてよ」

「うっせえなぁ」

タクミは顔をしかめるとふんと鼻を鳴らして歩き出した。


ミクはその場に座り込んだ。

後方に位置していた者はミクを超越して通り過ぎて行った。

ミクに構おうとする者はいない。


「ひでえなぁ」

ふっとどこからかミクの仮戦友であるアルト軍曹が現れた。

「見てたぜ。しなった枝を顔面にぶち当てられて、痛かっただろう」

「はい」

「よく顔を見せて…幸い傷にはなってないけど、どうする?」

「どうするって?」

「続けるにしてもやめるにしても、俺はサポートするぜ」

「えっと、あの人たちとは距離を置いて、続けたいですけど、いいですか?」

「うん、いいよ。じゃあまずはこれをお食べ」

そう言うとアルト軍曹はミクの隣に腰掛け、弾嚢だんのうから小袋を取り出した。


「本当はここにこんな物を入れちゃいけないんだけど、隊長には内緒で」

そう言いながら小袋から取り出した物をミクの掌に置いた。

「金平糖?」

「そう、よく知っているね。これを口に入れてゆっくり舐めな」

「はい」

猛烈に喉が渇いていたのだが、金平糖を口に含んだら自然に唾液で口が湿った。

「昨日から何も食べていないだろう。これもお食べ」

「これは?」

圧搾口糧あっさくこうりょうって言って小麦から作られているから、力が出るはずだよ」

「ありがとうございます」

ミラは自分がいきなり親切にされ頭が混乱した。

この世界に来てからずっと流されっぱなしだったせいもあり、周りが全く見えていなかったという事もある。

しかし、今まで自分達の庇護者のように振舞ってきたタクミより、恐怖の対象のように言われてきた下士官の方が優しいというのはどういう事だろう。


「君さ」

「はい」

「楽器が吹けるんだよね?」

喇叭を借りて軽く音を出したのをどこからか見ていたのだろうか。

「はい、トランペットという楽器を吹いていました」

「実は近衛の音楽隊に知り合いがいてさ」

「はい」

「次の休日、良ければ一緒に行かないか。紹介するよ」

「ぜひ、お願いします」

「じゃあ、この訓練を無事に乗り切らないとね。協力するからさ」

「はいっ」

アルト軍曹は自分の背嚢から棒状のアンテナを伸ばすとヘッドセットを掛け、太腿に電鍵でんけんを装着すると右手の人差し指と中指を黒いキーに置いてカタカタと高速で何かを打ち出した。

「オッケー」

軽い口調でアルト軍曹はミクにウインクをした。

「状況は報告したからのんびり拠点へ行こう。案内するから心配しないで」




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