第23話 第3王子の誕生日
本日は第3王子アレクセイ殿下の誕生日だ。
本来大々的に行われるべき関連の式典は戦時中という事もあり簡略化されたものとなり、夜間の招宴行事のみが派手に行われることになった。
行事への参集範囲は子爵以上の貴族と参謀本部の将校である。
マリーは参謀本部所属ではないのだが、例によって声が掛かり、家で礼服に着替えようとしたところミラーボ伯爵に「ドレスで」という注文を付けられ、届けられたばかりの新しいドレスに袖を通すことになった。
「各貴族は家族を帯同という事だからな」
あーこれは、王子の婚約者あるいは側室候補を探すという狙いのあるやつだ。
順当に王太子が次期国王になれば第3王子は公爵位を与えられ独立することになるだろう。確かにそれなら子爵家以上でなければ家格的に問題がある。
今回マリーは飲み食いに終始していれば良さそうだ。
とは言え、当然のごとくマリーの右手の上にはローズの左手が…
ないとは思うが、マリーまで王子の視野に入らないよう注意しなければならない。
「ローズ、会場に入ったら笑顔を絶やさないでね」
「はぁい」
ローズは王子になど媚びたくないのにといった態度である。
まあいいやと伯爵夫妻に続いて会場に入る。
会場はざっと見て侯爵家の夜会で使われたホールの4倍はあろうか。
各所にある柱はシャンデリアに照らされて白く輝き、立食用のテーブルについた人々のドレスが華を咲かせ、踊りはないとはっきりと意思表示をする長い赤い毛の
案内係にテーブルまで誘導されると
「伯爵閣下、お久しぶりですな」
「おぉ、大将閣下、ご壮健で」
ん? 大将って…
「幸い前線に動きはありませんので、
「それはなによりですな」
「本日は伯爵閣下もご家族皆様お揃いで…」
そう言ってマリーと視線があった途端
「ん?」
伯爵はわざとらしく咳払いをして
「おお、そうだ、大将閣下は初めてでしたな。娘のローズです」
「初めまして」
ローズはマリーから手を離し一礼した。
「それから第二夫人の」
「ダンジョン村の村長マリー・スピアースですわ、作戦部長閣下」
現時点ではただの愛人でしかない自分から第二夫人と名乗ると詐称だが、伯爵がそう紹介するのなら問題はない。
「どこかで見たと思ったら、やはり眠り姫だったか」
「どうです、ウイッグをつけただけで化けるでしょう」
そう言ってマリーはウインクして見せた。
「それ以上にお前が結婚していたことに驚きだよ」
「部長、後でお話が」
扇子で口元を隠し、そっと言う。
「こちらからもある。お祝いを申し上げたら本部の連中と一緒に
「了解」
任務受領でもない場で将官に尉官が了解などと言い放つことは本来失礼である。
「承りました」か「分かりました」と言うのが常識であるのだが、本人は気にもしていない。
「外務大臣 サミュエル・ド・ミラーボ伯爵」
王子への挨拶が始まって、そうコールされ、初めて伯爵が外相なのだと知った。
そりゃ、自分の領地経営どころではないだろう。
「本日は誠におめでとうございます」
祝いの言葉を述べる伯爵の後方3歩に右から第一夫人・第二夫人・娘の順に並んだ。マリーにとっては伯爵の背中に隠れられる絶好の位置だ。
「うむ」
王子は軽く眺めてそう言っただけでローズを気にも留めた様子がなかった。
右横から退出すると次に並んだ者がすぐにコールされる。
「ローズ、お料理いただきましょ」
「うん」
立席と言っても高位貴族のテーブルは上座に置かれている。
そんな場所で料理をぱくつくのはかなり目立つのだが、王子に気にされていないのなら気が楽だ。
他の貴族が手を付けようとしないためか、そのテーブル勤務の使用人が機嫌よく料理を取り分けてくれる。
「ホロホロ鳥の燻製でございます」
「美味しい」
「テリーヌはいかがでしょうか」
「いただくわ」
第一夫人は伯爵と挨拶合戦の渦中にいるが、愛人たる自分は気楽なものである。
「部長、来ました」
作戦部長に声を掛けると、
「おう、眠り姫」
そう言って作戦部長はマリーに強い酒の入ったグラスを渡した。
遠巻きに見ていた参謀本部の将校たちがマリーの変装?だと知って驚きの声を上げた。ドレス着てメイクしてウイッグ着けただけなのだが。
「お前のところ、週間予定では水曜に射撃するだろう」
国王直轄部隊の週間予定は方面各軍の予定と併せて御前会議に掛けられるので作戦部長が知っているのは当然だ。
「はい」
「参謀総長に視察してもらおうと思うんだが、嬉しいだろ」
「嬉しいですね」
マリーは少しも嬉しいという成分が入っていない声で答えた。
「じゃあ、視察計画作れ」
ほら来た。
「分かりました。明日にでも
「ああ」
「私の方からもお願いがあるのですが」
「なんだね」
「音楽隊を派遣していただきたいのです」
「慰問か、分かった。演奏支援命令を出しておこう」
慰問は総務部長の職掌なので作戦部長から命じられた作戦課の将校がいらぬ苦労をし兼ねない。マリーは噛み砕いて説明することにした。
「本当は慰問が目的ではないのです」
「うん?」
「音楽隊を熱望する子がいるんですよ」
「もしかして勇者候補生か?」
「はい、一人くらいそういうのがいてもいいですよね」
「まあ、いいが」
マリーは作戦部長から1人くらいドロップアウトさせてもいいという
「残念ながら私には音楽に関する素養がありません。音楽の専門技能者に見極めていただきたいのです」
「本来そういうのは人事だろうが、いいだろう、我々の仲だしな。言い含めて置こう」
「感謝いたします」
「音楽隊長一人でいいなら明日にでも行かせるぞ」
「では、作戦課に視察計画を提出した帰りにピックアップします」
「わかった。作戦課で朝からお茶を飲ませておこう」
作戦部長は明朝には計画が出来ていることを信じて疑わない。
「お礼は一緒にダンジョンマスターとのお茶会など、いかがでしょう。魔界のとっても美味しいスイーツがあるそうですよ」
「いや、それは遠慮しておこう。甘いものは好きだが軍医から止められていてな」
作戦部長は腹を
「マリー、お父様が」
ローズが袖を軽く引っ張った。
「はい、今行きます。それでは皆様、御機嫌よう」
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