第22話 不協和音

「おい、何で止まるんだよ」


木々からけて見える空は夕暮れ、しかし森の中はいち早く夜のとばりが下り足元が見えなくなりつつある。

コウタは困った顔をしてタクミを見たが、タクミがその表情を読み取れたかどうかは分からない。


「なんか、同じところを回っているような気がする」

「なんだよ、それ」

「方向が分からない。後ろから誘導してくれないか」

「そんなのお前の仕事だろ。ちゃんとやれよ」


「なんだ、どうした?」

ツバサが2人に追いつき、声を掛ける。

「こいつ、方向が分かんねんだとよ」

「ああ、もう暗いもんなぁ」


コウタは地図を見ながら歩いているので、暗くなるとお手上げになる。

だから後ろから方向を見て誘導してくれと言ったのだ。

方向の誘導など夜光塗料の塗られたコンパスの使い方さえ覚えていれば何という事もない話なのだが、タクミもツバサもコンパスを水平に保つという基本的なことすら出来ていない。それ以前にベルトにコンパスを着けていること自体忘れているようだった。


「とりあえず、このまま進んでもしょうがないから、この辺で休憩しない?」

コウタは建設的な意見を出したつもりだった。


「なんだと」


タクミは怒り出した。

「ゼンの野郎に追いつけなかったら、てめえのせいだからな」

「おい、それはないだろう」

ツバサが呆れた声で

「今まで一番前で歩いてたんだ。疲れたんだよ。休んでやればいいじゃないか」

「んだと。こいつが散々道を間違えたからこんなところにいるんじゃねえか」

「だったらお前が前を歩けよ」

「リーダーがそんな下っ端のようなことできるかよ。ふん、じゃ、ここで休憩だ」

何はともあれ休憩だと、一同はその場に腰を下ろした。


「それで、方向ってどっちに向かってるんだ」

「えっと、東にまっすぐのはず」

「じゃあ、朝太陽が昇ったらそっち行けばいいだろう」

「そうだね」

「そうと決まれば飯食おうぜ、おい、女子、飯作れよ」

「はぁ?」

チヒロがすぐ反応した。

「こんな真っ暗な中でご飯なんて作れるわけないじゃない。それに水、どこにあるのよ」

「ちっ、役立たずが…」

タクミは不貞腐ふてくされたようにその場に寝転んだ。



「ねえ」

暗闇の中でカオリが呟いた。

「いつまで一緒にいるの?」

「は?」

チヒロがいぶかしむ。

「他に頼れる人いないでしょ」

「チヒロはいいよ、タクミと付き合ってるんだから。それよりカリン」

「なに?」

「私たちだけで先行かない?」

「え」

「東に行けばいいみたいだから」

「でも、どうやって東ってわかる?」

「向こうの空が明るくなった。ってことは月が出たんだよ」

「あ、本当だ」

「だから向こうが東」

「本当?」

「月だろうが太陽だろうが、地球が回るより早く動けないって。だから昇って来た方が東なの」

高校生にもなって月が西から昇って来るなんて信じている人はいないだろうが…

「でも大丈夫かな」

「何が?」

「こんな暗い中、転ばないかな?」

確かに足元がよく見えないから不安になるのは分かる。

「ゆっくり歩くから大丈夫。怖いなら手をつなぐから」

「う、うん」

「それにここは暗いけど、森を出たら明るいって」

「そっか、わかった」

「じゃあね、チヒロ。先に行く」

「本当に行くの?」

「うん、ずっと思ってたんだけど、私、あの人を見下した態度、我慢できないの。じゃあね」

カオリとカリンはそっと隊列を抜け出した。




「コーヒーできたよ。お飲み」


アルト軍曹が固形燃料で沸かしたお湯に乾燥コーヒーの粉末を入れ、ミクの飯盒の中盒に注いだ。


「ありがとうございます」

香りが飛んではいたがコーヒーは美味しかった。

小型の鍋が外された固形燃料の炎はゆらゆらと揺れて、小さな岩の窪みに映る影を揺らす。


「えっと、アルト軍曹…」

「うん?」

「私、ここの訓練を終わったらどうなるのでしょう」

「そうだな、勇者候補生は試練の門を潜って、もし勇者の剣に認められて持ち帰れば勇者になって貴族扱いになる。それ以外の候補生は勇者の従者として一生勇者に尽くすことになるだろうね」

「勇者、にも従者にもなりたくない」

「ご貴族様には興味がない?」

「はい」

多分貴族というのは自分達のいた世界でいうところの国会議員みたいなものだろう。議員特権に釣られて能力もないのに担ぎ出されでもしたら誰も幸福にならない。


「それより音楽隊に入れるように口を利いていただいた方が嬉しいです」

「隊長に許可もらって口は利くけど、入れるかどうかは君の腕次第だよ」

「はい、わかっています」


「何の話?」


闇の中からぬっとマリーが現れた。

「隊長!」

「あ、いいからいいから、休憩してて」

「はい」

「この火目立っていいわ、遠くからすぐわかった。で、何の話なの?」

「ミク候補生が音楽隊を希望しています」

「ふうん」

マリーはミクをじっと見た。

「いいんじゃない」

「次の休み、一緒に近衛の音楽隊に行ってこようと思うのですが」

「うん、ちょっと待って」

「はい」


マリーは暫し思案を巡らせていた。


「ねえミクちゃん」


ミクって…

「は、はい」

「あなた、勇者になるの嫌?」

「はい」

「音楽隊なら、この世界に残ってもいいって思う?」

「はい」

ミクは即答した。


物心つくころから両親は放任で鍵っ子だったこともあり他人に対して興味がなかったミクにとって中学校で出会った楽器は唯一執着できるものとして高校に引き継がれた。

人数不足という理由でトランペットパートに選ばれた中学時代、そして即戦力という理由でそのままのパートとなった高校時代。

お小遣いが少なかったので、唯一の贅沢ぜいたくで買ったバニラの香りのクロスでマウスピースを拭いて毎日演奏を楽しんでいた。


「楽器さえ吹けるなら贅沢は言いません」

どんな世界であろうと、音楽でご飯が食べられるのなら、それだけでいい。


「わかった」


マリーはアルト軍曹に目配せをする。

撤収てっしゅう

「はっ」

「アルト軍曹はミクちゃんを連れて4時間以内にここまで来なさい」

そう言うと肩からぶら下げたひも辿たどってペンライトを出し

地図にグリス鉛筆で印をつけてアルト軍曹に見せた。

「了解」

「え?」

「ミク候補生、寝袋を背嚢にしまえ。縛着ばくちゃくを点検したら出発する」

「は、はい」

なにがなんだか分からないまま撤収を始めたミクであるが、寝袋を背嚢を押し込んで振り向くと、そこにはもうマリーはいなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る