おっさんチート 〜異世界転移した冴えない中二病のおっさんは、スキルでもって勇者する〜
第30話 どうもお父さんとダブって見えちゃうんですよね。そんなはずないと思うのですけど…………。(テラフォード侯爵家メイド セリーナ視点)
第30話 どうもお父さんとダブって見えちゃうんですよね。そんなはずないと思うのですけど…………。(テラフォード侯爵家メイド セリーナ視点)
もぞもぞと布団から這い出し、カーテンを開ける。
ベッドと机とタンス。
メイドにあてがわれた必要最小限のものだけが詰め込まれた小さな部屋に、強い日差しが入る。
普段こんな時間まで起きていたら、こっぴどく叱られてしまう。
でも、今日は休日。外は暖かな日差しに包まれ、買い物日和。
もうすっかり立て付けの悪くなったタンスの戸をガタガタと
思わず、にやにやにまにましてしまう。
大きさの割にずっしりと重たい。これは魔石だ。
*****
数日前、不本意ながらも私はタキタさんの担当になりました。
担当、と言っても、タキタさんにつきっきりというわけでもなければ、まして
この侯爵家にはメイドの他、料理人や庭師など大勢の使用人が勤めています。騎士様も勤めています。
そうして、全員とは言わないまでも、その内の少なくない人数が侯爵家で寝泊まりしています。かなりの大所帯なのです。
私などは、侯爵様方の暮らす建物には入ったことすらありません。
そう言えば、侯爵家の規模もおおよそ察していただけると思います。
下っ端メイドは、侯爵家を清潔に保つためにあくせくと働いているのです。
いつかはメイド長のような指導者的立場に、という野望を抱いてもいますが、どうにもそれはまだまだ難しそうです。
とまあ、それはさておき。
新たに入隊したという騎士様を誰が担当するか、というのが私たちメイドの中で問題になりました。
テラフォード侯爵家の騎士様は優秀と評判で、メイドたちの間での人気も悪くありません。
新人の騎士様と聞いたので、私を含めた皆皆は、それは
ただ一人時季外れの入隊という特殊性も相まって、いつも以上に期待が高まっていたと思います。
そうして、その方を見た私たち下っ端メイドの意見は一致しました。
あまり良くない方向に。
人間、外見だけで判断するべきでないということは重々承知しております。
しかし、そう思い落胆する気持ちは誰に止められるものでもありませんでした。
なにせ、私たちはまだ辛うじて若い。
憧れの騎士様とのあれやこれを妄想していられるくらいの
結局、だれが担当になるかという議論は、それまでの想像に反して押し付け合いに発展しました。
結果的に、担当する者の最も少ない私が選ばれてしまったのです。
何やら家の事情で騎士団を抜けたマルクさんに、鉄槌をお見舞いしてやりたい気分でした。しかしそれはできないので、代わりに、内心で散々毒を吐いてやりました。
さて、担当になったからには、ぐちぐちと文句ばかり言ってもいられません。仕事は仕事、しっかりと果たさなければなりません。
これでも、責任感は強い方であると自負しております。
そこで、ルイスさんとの試合後、タキタさんがお目覚めになりご入浴をされるとのことでしたので、新しい清潔な衣服を手にお風呂場へ向かいました。
そこでラッキーハプニング!
ちょうどロニーさんと遭遇してしまいました。
第三部隊の隊長を務める立派なお方です。
体格はがっしりとしていて逞しく、お顔はワイルドな感じで髭が良くお似合いです。
時折見られるクシャっとした子供っぽい笑顔がメイドの間では大人気。その上、私よりも少し年上というのがまた心惹かれます。
お仕えするなら、タキタさんよりも断然ロニーさんがいいです。当たり前です。自然の摂理です。
でも、テラフォード侯爵家メイドとしての矜持があります。仕事は仕事。待遇に見合った働きをするのは当然のこと。私は真面目な女なのです。
「……えっと、メイドのセリーナです。タキタさんの替えの衣服をお持ちしました。それと、洗い物を取りに来たのですが……」
とはいえ、せっかく憧れの方とお話できるチャンス。これはきっと、働き者の私に対する、神様からの贈り物です。逃す手はありません。
ちょっと俯き照れたような感じで声を上擦らせ、顔を傾け上目遣い。
これは刺さったのではないでしょうか?
庇護欲を掻き立てられてしまっているのではないでしょうか?
何と言っても、都会育ちのけっこうモテる同僚が伝授してくれた必殺技です。
「うん、ありがとう。助かるよ」
野性的で無垢な瞳に上から見つめられ、低いバリトンの声が降ってきました。
それと同時に、私が持っている着替えを持ち上げたロニーさんと手が触れ合います。
ごつごつと血管の浮き出た男らしい手です。全てにきゅんとしてしまいます。
「ちょっと待っててくれるかな? すぐ取ってくるから」
あろうことか、私はロニーさんの声を無視し、しばし呆然としていました。
完全にハートを持っていかれてしまいました。
ロニーさんは脱衣所へ入り、言葉通り数秒も経たぬうちに戻ってきました。
「お疲れ様。ありがとう」
ロニーさんが、タキタさんが着ていたと思われる衣服が入った籠を渡してくれました。
差し出されたそれをサッと受け取ると、お顔を拝見することすら恥ずかしくなり、私は籠を抱えてそそくさとその場を去ってしまいました。
あれは今でも心残りです。
もっとお話しできたはずなのに……。
その時の反省を生かし、今では毎日、エアロニーさんと共にお話しする訓練をしています。
と、大分本題から逸れてしまいました。
思わずロニーさんのお話ばかりしてしまいましたが、本題はタキタさんのことなんです。
それで、その後洗い場に着いた私は、さっそくタキタさんの服を洗おうとしました。
仕事は早く終わらせるに限ります。そうでないとあれもこれも溜まってどうしようもなくなってしまいますから。
そこに入っていた服は、手に取るまでもなく汚れていました。
まあ、それだけなら問題ないのです。
これから洗おうというのですから。
しかし、擦り切れているところも見受けられました。
試しにシャツを持ち上げて広げてみると、複数箇所が擦り切れ、大小さまざまな穴まで空いてしまっているではないですか。
これでは洗っても仕方がないでしょう。
そう思ったものの、洗い物として渡されている以上、洗わないわけにもいきません。
きつい臭いを我慢しながら、今度はパンツを持ち上げました。すると、不自然な重さに疑問を覚えます。どうやら、パンツのポケットに何か入っているみたいです。
あ、私はパンツをズボンと呼ぶ父が少し嫌いです。語尾を上げて発音してよっ、て感じです。
私はオシャレ上級者なんです。なんたってそうなのです。都会っ子のお友達がいるのですから。ふふん。
と、さておき、ポケットに手を突っ込むと、ずっしりと重たい魔石を発見しました。
魔石は生活必需品です。
無くても生活はできるけれど、有るのと無いのとでは大違い。快適さが全くと言っていいほど違ってきます。そういう品です。
侯爵邸で寝起きすることになり、そのことを知りました。
魔石は魔法を使用するときに必要なもので、魔法は一般に知られています。
特別習うことのなかった平民である私でさえ、
そのため、魔石についてもある程度知っているのです。そして、こんなに立派な魔石を見たことはありません。私の拳よりかは少し小さいくらいですが、市場に並ぶものや、普段私が侯爵邸で見る魔石はもっと小さいものばかりなのです。
もちろん、私の魔法の心得など無きに等しいため、実際にどれ程のものなのかは分かりません。もしかしたら、魔法に長けた人たちや高貴な方々すれば大したものではない可能性もあります。
でも、私の中では紛れもないキング・オブ・魔石。
ですから、迷いました。
言うべきか言わざるべきか。
返すべきか返さざるべきか。
くすねるか否か。
そりゃあ、分かってますよ。
一応、信用されて雇われている身。それを仇で返すような事はしたくありません。盗人とバレでもしたら、侯爵様にも迷惑がかかるはずです。
けど、くすねちゃっても大丈夫な気もするのです。
だって、あのタキタさんですよ?
とても強いのだということは良く聞き及んでいました。
なんでも、お嬢様の従者であるルイスさんに勝ったとか。
私はその試合を直接見たわけではありませんでしたが、騎士様たちの話が流れに流れ、私たちメイドの間で噂になっているのです。
ただ、私はそれを嘘だと思っています。
だって、タキタさんはどう見ても普通のおじさんです。侯爵邸にいるおじさまたちと比べても数段劣って見えます。
こんなこと、本人の前では決して口にできませんが……。
でも、それは確かだと思うのです。
そうでなければ、タキタさんのメイドをする際に気楽でいられるわけがありません。
本当に強いのならば、もうちょっとこう、私を緊張させる程度の威圧感があって然るべきだと思います。
ルイスさんも柔和であまり威厳を感じるようなことはありませんが、それは年齢の問題もあります。
それに比べ、タキタさんはあまりにもあんまりです。父と一緒にいる時よりもほのぼのしていられるかもしれません。
とまあ、ともかく、タキタさんの魔石であれば大丈夫。そんな気がするのです。
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