第38話 時にはセンスという垣根を超えた選択も必要だと思う。


 歩いてニ十分。

 フランクおすすめの店に着いた。


 頭上には、いつか見た「ロトロア服飾 第三号店」と書かれた立派な看板。


 大きな扉を潜る。

 少し心配していたが、癖のない店のよう。

 

 レディースからメンズ、バッグから小物まで、何でも揃う! て感じだろうか。

 

 ここまで大型の店があることになんだか驚いてしまう。


 「これなんか、おっさんに似合うんじゃないか?」


 適当に見回りながらフランクが手に取ったのは、ロングコート。


 さすがにもう厳しいだろうと思わせるほど若々しくもないし、何か諦めを感じさせるほど年寄り臭くもないデザイン。


 三十代半ばという、「若く見られるのはなんかしゃくだし、上に見られるのも普通に傷つく」というめんどくさい盛りのツボが上手く押えられた、年齢相応のベストチョイスと言えるだろう。


 フランクは若くして、そこら辺の機微を熟知しているらしい。

 こいつ、上司に好かれるタイプだな。


 色はネイビー、フードには毛皮もついている。表面はシャカシャカした生地のやつだ。

 

 受け取ると、厚みも重量もけっこうある。

 ファッション性がありながらも、しっかりとした防寒着のようだ。


 袖を通す。

  

 「うん、似合ってんじゃねぇか?」


 「はい、似合ってると思います」


 フレッシュな青年二人からの反応は上々。

 

 この状況、めちゃくちゃ恥ずかしい。中学生かよ。


 「これ、ほんとにあったかいですね」


 「だろ? 衣装熊ドレスベアの毛が使われてんだ。ちょっと重いのが難点だけどな」


 「……それって、前に狩った?」


 「ああ。さすがにその個体ではないだろうけどな」


 おお、なんだかすごい。


 こうして営みの循環を肌で感じることなんて、日本の都会で暮らす中ではなかった。

 不思議な気分である。


 「それを着とけば、冬でも死ぬことはないぜ」


 そう言ってフランクは笑うが、裏を返せば、防寒対策を怠れば死ぬ、ということだろう。

 

 怖い。


 「でもこれなら、水も弾いてくれそうですね」


 「ああ、そうなんだ。表面はキュノプの皮でできてる。ちょっとやそっとじゃ濡れねえぜ」


 「……うへぇ」


 変な声が漏れた。


 仕方ないだろう。

 あの青単眼を纏っているも同義なのだ。


 「……でも、キュノプってもっと明るい色じゃなかったですか?」


 「青っぽい色をしてるのは共通してるが、色合いは個体によってまちまちだな。それに、キュノプは死んでしばらくすると、色が暗くなんだよ」


 「へえー、面白いですね」


 「もっと出せるなら他にいいのもあると思うが、どうする?」


 いまだ給料日は来ていないが、当面の生活費が必要だろう、ということでナイスガイから幾らかお小遣いを貰っていた。

 が、フランクが視線を向けるコートの値段を見て、


 「これにします」


 即断した。

 

 自分は、騎士である。言い方を変えればテラフォード侯爵家という会社に勤めるサラリーマン。


 憧憬抱く響きを持っていても、給料日に喜びを感じる身分であることに違いはないのだ。無理はできない。


 ともあれ、特に悩むこともなく早々に購入を決め、とりあえずの目的を果たした。

 オリバーとフランクの二人も、それぞれの買う用を済ませたよう。


 「それじゃ、次はプレゼント探しだな」


 「……あ、うん。頼みます」


 付き合わせるのは悪いような気がしたものの、ついてきてくれるというのなら心強い。


 贈り物をする相手とひと回り以上年が離れているとなると、世代間ギャップが怖いところ。


 セリーナさんと同世代の若者に任せるのがベターであろう。

 贈り物のセンスも抜群かもしれないし。


 そして三人、良さげな店へ行こうと出口を目指して歩いていると、


 「あれ? オリバーも買い物?」


 包容力に満ちたどこか聞き覚えのある声。

 

 引き寄せられるように顔を向けると、そこには、金髪ママがいた! 

 この世界におけるぼくのママだ!


 「フランクくんと、それにタキタさんも」


 温かい笑顔を向けてくれた。名前も憶えていてくれたみたいだ。嬉しい。


 でも少し悲しい。

 最後であることが悲しい。

  

 自分は一か月前に一度会っただけ。

 それに対してオリバーやフランクはもっと長い関係なのだろう。   


 そりゃあ、分かってるさ。でも、やっぱり最初に呼ばれたいじゃん?


 それより、オリバーとはどんな関係なんだ? オリバーだけ呼び捨てだったし……。


 中高生以来の悶々とした気持ちが渦巻く。

 

 もしかして、オリバーはぼくのおとうしゃんなのか……。


 そうであればまだ、納得できる。自身の心をへし折り、何とかぎりぎり納得することができる。


 でも……ああ、あの二人すんごいべたべたしてるよぉ。

  

 やっぱ、そうなのか? そういうことなのか? いいなあ。


 「あっ、弟に構ってくれてありがとうございます」


 ママが少し照れたように言った。


 「いや、そんなんじゃないし……。ウザいから」


 オリバーが呆れたようにママを突き放す。


 これはいかん。って、朗報朗報! 

 姉弟らしい。ほっと一安心。

  

 でもあんま似てないな。いや、よくよく見ると意外と似てるのか? 

 にしてもママ、姉してるときはけっこう陽気な感じになるのか。それも、いい。


 「そうだ、マリアさんは何かいいアイデア無いですかね?」


 フランクが金髪ママに訊いた。


 「アイデア?」


 「おっさんがメイドの人に贈り物したいみたいなんですけど、いいのがないかなあ、と」


 「ああっと、贈り物って言っても、仕事上の単なるお返しなので、なるべく無難なものがいいんですけど……」


 一応、付け加えておく。

 でも、ナイスだフランク!


 「ん~、そうですねえ~」


 金髪ママは近くを見回り、


 「それじゃあ、これなんかどうですか?」

 

 と、笑顔で小洒落こじゃれた小瓶を見せてくれた。


 「これは何なんでしょう?」


 「ベルガモットの香水です。今、すっごく人気なんですよ。きっとその方も喜んでくれるはずです」


 ……いや、これはどう考えてもアウトだろう。


 さして親しくもない年下女性へのプレゼントとしては最悪の選択。

 好みが大きく分かれるし、身にまとうものだし、なかなか無くならないし、重圧感じるお値段設定。


 何より、絶望的に気持ち悪い。

 こんなものを渡した日には、「もしかして私のこと狙ってるの? 俺好みに染めてやろう的な? キッモ」認定されること間違いなし。


 やはり、リスクが大きすぎる。

 そも、ただのお返しなんだから、リスクなんてゼロでいいんだ。


 訳の分からない冒険をする必要は皆無。 

 そんな愚かな選択はしない。


 …………普段ならば。


 ああくそっ! やはりママの提案を無下にすることなんてできない! 


 この善意満タンの、にこっ、には勝てない!





*****





 「ありがとうございましたー」


 気づけば、買っていた。

 

 いやー、良い買い物した。うん。そうであるはずだ。


 「あの、本当にそれで良かったんですか?」


 金髪ママに別れを告げて店を出た後、オリバーがちょっと申し訳なさそうに訊いてきた。


 彼もコレジャナイ感を覚えているらしい。


 「うん。これで良かった。いや、これが良かったんだ」


 「そうですか……。ならいいんですけど……」


 「案外あっさりと用が済んだな」

  

 フランクが言うように、まだ昼時を迎えたばかり。道沿いの飲食店は、ようやっと活気が出てきた頃合い。


 「んじゃ、さっさと帰るか」


 「え?」


 続くフランクの言葉に、思わず反応してしまった。


 「ん? まだ何か買うもんがあったか?」

  

 「ああ、いえ……」


 そそくさと侯爵家へ帰る。


 正直、昼は外でとるものとばかり思っていた。そのために金も多めに持ってきていた。


 まあ、使わないで済むならそれはそれで構わないけど。

 

 でも、なんかあれだな。

 騎士など、戦闘に携わる職業の人は酒好きで豪快。勝手にそんなイメージをしていたが、オリバーやフランクはそれとは程遠い。


 これは二人に限らずのこと、テラフォード侯爵家に仕える騎士たちは、その家に仕える者としての何らかの矜持きょうじを持っているらしい。


 酒をたしなむ者は少なくないが、あおるように呑むような者はおらず、自身の健康管理を怠らない。


 つまり、めちゃくちゃストイックなのだ。


 昼はささみと決めている、みたいな流儀があるのかもしれない。

 オリバーは分からないが、フランクならありそうだ。


 二人は帰った後、自主訓練にはげむらしい。

 

 まあ、自分の仕事に誠実な人は嫌いじゃない。が、だからこそ訓練がきついんだよなあ、と思い出し胃がキリキリしだした。


 いや、手に下げるプレゼントのせいかもしれない。


 「大丈夫か? おっさん」


 「ああはい。大丈夫、大丈夫です……」



 

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