第39話 誰にでもできる簡単なお仕事



 休みが明けた日の昼。

 朝の軽い訓練を終えたのち、自分は侯爵邸の広場で隊列を組んでいた。


 数は十人、と十頭。

 他の皆が整然と並ぶなか、自分はシラユキのご機嫌とりに必死である。


 しかし、これでも何とか乗ることができるようになったのだ。

 褒めてもらいたい。おっさんが褒められる機会はそうそうないからして。


 ともあれ、なぜ並んでいるかというとだ。

 

 今日は護衛をするらしい。

 初めての騎士っぽい、というか、お仕事っぽいお仕事である。


 なんでも、ナイスガイがナイスバディな奥さんと美幼女を連れてお友達の家に遊びに行くらしい。


 お偉いさんがそんな軽い感じでお出掛けしてもいいの? と心配になるが、毎年の恒例行事であるという。

 

 ロニーやオリバーにフランク、その他居並ぶ面々も、決して緩んでいるわけではないが、ガチガチに緊張しているような感じでもない。


 お隣のグリーン伯爵家へ行って、一日お泊り。それからまた帰ってくる。

 それまでの、ナイスガイたちの護衛。


 そんな簡単なお仕事らしい。


 

 「さあ、出発しようか」


 にこやかなナイスガイに続き、ナイスバディな奥さんが美幼女の手をとって馬車に入る。


 それを見て、我々騎士たちは馬にまたがり各々配置につく。


 我々騎士たち、だって。

 何かカッコよくね。背筋も伸びるってもんよ。


 自分は馬車前方につき、発進を待つ。が、なにやら馬車内で美幼女がごねている様子だ。

 

 窓をへだててなお、むずかる幼女らしい声が届いてきた。

 普段、変質者あるいは不審者扱いされている自分には知るよしもない一面を垣間見て、びっくり仰天。


 ん、なになに? なんだか興味をそそられて聞き耳を立ててみる。


 「ルイスもいっしょ! いっしょにのるのっ!」


 ちっ、またルイス関係か。


 てか、ちゃんとこんな駄々こねるのね。美幼女、普通に幼女してたのね。

 これまでの寡黙な姿と重ねては、驚きも一入ひとしおである。


 馬車の隣につくルイスに視線を向けてみる。


 困ったような、しかし余裕のある表情。相変わらずの美青年。


 なに、美幼女はルイスラブなの? 

 将来はルイスのお嫁さんになるっ、な感じなの?


 M戦士な方々なら、ルイスにはあれだけ固執しながら自分だけさげすまれるという状況に、これもまた愛! と興奮することもできるのだろうが、自分はあくまでソフトM。


 第三者の身分でおこがましいとは思うが、これだけ愛らしい姿を見せられてしまっては、自分も気に入られたい! という欲求がむくむくと立ち昇ってくる。


 そこで――ドガバンッっと馬車の扉が勢いよく開け放たれ出てきたるは、くだんの美幼女。

 

 ルイス愛が爆発、我慢できなくなってしまったらしい。

 えらい飛び出し様である。


 ちらと見えた車内には、あらあらと困ったような笑みを浮かべる奥さんと、ちょっぴり傷心した様子のナイスガイ。


 ナイスガイが美幼女大好きおじさんであるという情報は耳に入っている。

 美幼女が他の男の元に行ったことがショックなのだろう。仲間である。


 そしてふと、美幼女の顔がこちらを向いた。


 意図的にそうしたわけではないのだろう。

 が、自分と目が合うと「あんたも居るのかよ」みたいな微妙な瞳。


 おうふっ。これはけっこうなダメージ。

 ルイスと同じステージには行けないよう…………。


 そんなおっさんを傍目に、自身を求めてやって来た美幼女を、ルイスは優しい微笑みで迎えた。

 馬を降り、膝を落として目線を合わせる。その一連の流れは王子様そのもの。

 

 それを見た美幼女はメロメロ。全身から嬉しいオーラがほとばしっている。目がハートになってるまである。


 いやこれ、本当にれてんじゃないの? 


 美幼女が美幼女じゃないみたい。私は、美幼女影武者説を提唱したい。


 「……ルイスも、いっしょにのろ?」


 少し恐れながらも期待したような声音。


 美幼女のおねだり、効果はバツグンだ! 

 おっさんタイプは幼女タイプにめっぽう弱いのである。傍で聞いていてこれである。


 「リティア様。申し訳ありませんが、それはできないのです」


 にもかかわらず、ルイスは、優しくも毅然きぜんとした態度で美幼女からの甘い誘いを断った。


 これぞ鋼の精神力。やはり、ルイスはただ者でない。


 美幼女は悲しさを滲ませ、静かに目を伏せた。

 

 その姿を見ては、どういう魔法だろう、自分の心にまで切なさが溢れてくる。

 今すぐにでも抱きしめたいでござる。その沈んだ表情を笑顔に変えたいでおじゃる。


 「リティア様たちを外から護衛するのが私たちの仕事なのです。途中、宿に着いたらまたお話の続きをする、というのはいかがでしょうか?」


 「……うん、わかった」


 晴れ晴れ、とはいかないものの、ルイスの言葉を聞いて落ち着き、幾分表情も柔らかくなった美幼女。

 ちら、ちらちらとルイスに流し目など送りながら馬車に戻る。

 

 ルイスはにこやかに馬上に戻った。ナイスガイも笑顔を取り戻した。おっさんは全てに負けた気になった。


 万事解決。いざ出発。

 てことで、仕事は順調に始まった。





*****




 

 予定では、暗くなるまでにテラフォード領を抜け、グリーン領にある行きつけの宿に一泊するらしい。


 まだ雪の気配は感じないものの、夏は過ぎた陽気だ。徐々に日没も早まっている。

 

 にしても、いくら昼出発とはいえ、お隣へ行くのに泊りがけ。

 ナイスガイの領地の広大さに驚きを禁じ得ない。


 軽快に街を走るなか、にこにことこちらに手を振る男の子と、その行動に苦笑しながらもお辞儀をする母親。形は様々だが、そのような光景があちこちで見られた。

 もちろん、無関心な者もいる。が、特別敵対的な感情をぶつけてくるような危うい人物は一人も見かけられない。


 そんな領民たちの姿を見て、自分はうんうん、と寛容な眼差しを向けて小さくそれに応えていたが、当然、自分に向けられたものではなかっただろう。

 目が合った人になんか変な顔されたし。


 ナイスガイは領民からの支持も厚いらしい。ほんと、すごい人なんだな。

 ただの美幼女ちゅきちゅきおじさんではないらしい。



 その後も順調。

 たまに魔獣が出現するという地点に差し掛かっても問題は起こらず、陽が落ちる前に、予定通り宿に着いた。


 シラユキとの初任務とあって、内心ハラハラドキドキしていたが、その心配も杞憂きゆうに終わって何よりだ。


 そも、我がお姫様はクロヌリにゾッコンの様子だから、オリバーの後についていれば今後の道程も心配いらないだろう。


 宿はというと、質を重視していると思わせるには充分な、どこか伝統の格が漂う外観をしていた。

 

 大貴族が泊まるのだから安宿はないと思ってはいたものの、これは想像以上。

 「旅館」と言わねば失礼な感じだ。頭に「高級」をつけるのも忘れてはいけない。


 風情というのはこういうことを言うのだろうなあ、と、荘厳そうごんさ溢れる樹齢ウン百年な感じの大樹をまじまじあおぎ見て思った。


 小市民的価値観の奴なら気後れすることけ合い。

 現に今、ちょっとビビってるし……。


 皆が馬から降り、ナイスガイを始め、ナイスバディな奥さんと美幼女が馬車から出る。そうして、完璧なタイミングで、すでに門前に控えていたプロフェッショナル感を醸し出す女将おかみさんから歓迎の言葉が発せられた。


 「ようこそお越しくださいました」よりも幾分丁重で、尊敬語の二段階上をいくような、ごてごてと装飾の付いた言葉は、不思議とスマートに聞こえた。


 これをスマートに聞かせるために長年訓練してきたのだろう。

 これぞプロフェッショナルの為せる業。さすがである。


 なんだか自分までもが偉いような気分になって、それもまた悪くない。


 ルイスやロニーは、女将さんの案内の元、ナイスガイ一家と共に建物内へ入っていく。残された自分たちは、馬を引いて裏へ回る。

 

 建物自体は二階建てで、さして大きくはないものの、その周りを囲う敷地は広々としていた。


 よく手入れの行き届いたうまやに馬を入れる。

 寝藁ねわらふかふか。馬たちにとっても良い環境だろう。

 

 馬たちも不満を見せることなく、大人しく馬房に収まった。


 いやまあ、シラユキはちょっと不服そうにしてたんだけどもね……。


 その後は、交代で警備しながら、自分たちもプロフェッショナルな料理に舌鼓したつづみを打ち、束の間の休息を満喫した。


 

 

 明けて翌日。


 名残惜しさを覚えながらも、「では、またお待ちしております」より幾分丁重な言葉と共にお見送りされ、再び馬を駆る。


 そういや帰りもこの旅館に泊まるれるんだよな、と思い出し、仕事へのモチベーション増し増し。


 そんなこんな、一泊挟んで到着したのは、漆喰しっくいづくりの温かみを感じる屋敷。豪邸である。

 

 ただまあ、侯爵邸での暮らしにすっかり慣れてしまった自分としては、こじんまりしているように見えてしまう。


 どうやら、伯爵家であるからそれなりの騎士も雇っているが、騎士たちの宿舎は別のとこにあるということらしい。

 その分使用人の数も少なく、テラフォード侯爵家と比べると敷地も小さなものなのだとか。


 そりゃまあ、多くを住まわせるわけでもないのに大きくする必要はないわな、と納得。


 ナイスガイファミリーは、親愛の乗った笑顔を浮かべる、痩身の几帳面そうな男性――おそらく伯爵だろう――とプライベートな空間へ入っていった。


 自分たちは別の客間へ通され、また交代で警備にあたる。

 途中、栗色のお団子ヘアーなメイドさんが、我々騎士のためにお菓子を持ってきてくれた。


 道程で疲れた体にはありがたい。

 乗馬って、マジでつらいのだ。腰にくるのだ。


 本当に癒される。可愛いメイドさんに。

 バンザイ。


 

 楽しい時間ほど早々に去ってしまうもので、日付が変わり、朝を迎えた。

 

 慌ただしくも帰宅である。

 ふたたび、プロフェッショナル女将のいる旅館へ。

 

 何かもう、最高の仕事である。

 タダで最上の飯を食らい、サクッと警備し、スヤぁっと眠る。


 なんとかこのループで稼げないものか。


 ともあれ、今夜は深夜番なので、早めにベッドに入り仮眠をとることにする。


 おやすみなさい。


 



*****




 

 不穏な騒がしさに目が覚めた。


 日が傾き、街の灯りがついた頃合い。自分の番にはまだ早い。


 さてこの騒がしさはなんだろうか。

 今更ながらイベント到来の予感。


 そしてそれは見事当たった。

 

 こんなテンプレはいらん……。それに、よりにもよって…………。


 




 ――美幼女が、消えた。


 

 大仕事の始まりである。




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