第40話 連帯責任という呪縛に囚われた体育会系職場においては義理人情がなによりも優先される



 美幼女の失踪しっそう


 誰に言われなくとも分かる。これは問題、大問題である。


 こちとら、面倒なことには首を突っ込まない。

 これが賢く生きる秘訣だと、信じて疑わないおっさんである。


 ここは余裕のスルーでいきたい。

 私は関係ありません、な感じでいきたい。


 だけど、今回の件に関しては……、最初から当事者なんだよなあ…………。


 『連帯責任』という嫌な四字熟語がよぎる。

 木陰を綱渡りしてひっそり生きてきたおっさんにとってはなかなかヘビーな言葉である。聞くだけで辟易へきえきとしてしまう。


 諦めにも似たため息が洩れた。

 

 いや、実際どうなるのかは分からないけど、自分にもお鉢が回ってきそうじゃん。

 騎士ってゴリゴリの体育会系だろ? どうせ。


 ルイスはなにをしていたのか。今頃楽しくお話の続きとやらをしていたのではなかったのか。

 出発前に散々イキっていたくせに。……いや、イキってはいなかったか。


 王子様なのであればしっかり守ってほしいところである。  


 こうしていても愚痴が出るばかり。とりあえず、外に出よう。外気に当たればよい考えが浮かぶかもしれない。


 

 ドタバタと慌ただしくする皆にならい、少し遅れて自分もうまやへ。


 そこにはすでに白毛の一頭しかいなかった。無論、シラユキである。

 この事態にもかかわらず、我がお姫様はででんと横たわり、いびきをかいていらっしゃる。

 

 何故か難癖をつけられていると思ったらいきなり蹴ってきたり、かと思えばこんな騒々しい事態になっているというのに眠りこけていたり。

 繊細なんだか図太いんだか……。先日の不服アピールは何だったのだ、と問いたい。


 まったく、女というのは種族域を超えて不思議生命体だとでもいうのか。


 ま、起こすのは気がとがめる。残業のかったるさを味わってきた身としては、予定ない時間に駆らせるというのははばかられる。


 というのは表向きの理由として、本当のところ、やっと上手いこといっていた関係を悪化させるなんて御免なのだ。


 これ、起こしたら絶対機嫌損ねられるやつ………と何となく察しがつく。

 不本意ながら、パワーバランスが傾いているのだ。物理的に尻に敷いてるのはこっちだというのに。


 それはともかく、どうするか……。


 いや、待てよ。

 シラユキ爆睡状態。これはお嬢様捜索不参加の口実になるのではなかろうか?

 

 おお、なんという名案。それはいい。


 ……いや、美幼女が居なくなったというのに自分だけのんべんだらりとしていたなんて知れたら、やっぱり首が飛びそうだ。物理的に。


 うん、ダメ。これは却下である。


 というか、これまでの思考を省みるに、自分、めちゃくちゃ逃げ腰である。デフォルトで『逃げる』が設定されていた模様。

 

 現代社会で培われた自己防衛能力が遺憾なく発揮されているわけだが、……おっさんは少し情けなくなった。


 自分は異世界召喚者である。勇者である。チートスキルまで使えちゃう。なら、逃げちゃいかんでしょう。

 てな具合である。


 それに、皆には少なくない恩を感じてもいる。

 ロニー、オリバー、フランクはもちろんのこと、ナイスガイが居なければこんな安定した生活は送れていないだろう。


 ルイスにしたわれているのも悪い気はしていない。

 というか、ルイスにはコインの件で迷惑をかけている。


 美幼女に何かあっても後味が悪い。彼女はSM女王様界、期待の新星なのだから。


 それにまあ、子供っていうのは周囲の大人に守られるもんだとも思うし。


 うんうん、踏ん切りがつきそうだ。に落ちてきた。納得できるぞ。


 よし。美幼女を助けに行こう。うん。


 そうと決まれば、多分こうするのが一番だろう。


 「闇にまみれて、いとう。すい天鵞絨てんがじゅうえん黒白こくびゃく耽美たんびよく。天に憧れ、こいねがう。未知の鳥瞰ちょうかん、自在の空、よいの舞踏。〔夜天の翼イーカロス〕」

 

 葉を透かす淡い月光が、豪奢ごうしゃな烏羽色を浮かびあげる。


 どこかでひとり、しくしくと泣いている美幼女を颯爽さっそうと助ける。

 そんな光景を思い浮かべると、心の内が熱くなってきた。何か湧き上がってくるものがある。


 なんだ、燃える展開じゃん。


 翼を広げ、上空に舞った。






*****




 

 と、意気揚々飛び立ったはいいものの、美幼女について知っていることなど皆無に近い。


 さて、どこに行けばいいものやら。


 とそこで、馬を駆ける小集団を発見。ロニーたちであろう。

 彼らの方でも美幼女の場所に当てがないのか、あるいは可能性を捨てるリスクを避けたのか、東西南北ばらばらに散っている。


 うーん、どうしたものか。


 焦りは禁物。ひとまずシンキングタイムに突入である。

 じっとしていると頭が働いてくれないので、てきとーに翼をばさりとやりながら。




 まず、あの大人しめ幼女が一人で外へ飛び出した! なんてお転婆てんばな行動をするとは思えない。


 すると可能性が高く思われるのは、やはり、誘拐か拉致。甘言に惑わされたか、ふん縛られ連行されたか。


 大貴族の令嬢という点を考えれば、身代金目当ての犯行というようなことが容易に想像できてしまう。もしくは、人身売買とか。


 まあ、そこはいくら考えても仕方ないところか。自分にとっては目的なんてさほど重要じゃない。

 ともかく、美幼女が自ら望んでいる展開ではないという見当がついた。それだけでいい。


 そうとなると、テラフォード侯爵領方面――つまりは北――へ行ったという線は消えるだろう。


 まさか、美幼女が貴族令嬢であると知らずに事を起こしたとは考えにくい。もしそうだとしたら、犯人は相当にマヌケだ。

 無計画な犯罪者に翻弄ほんろうされるほど警備はザルじゃなかったはずである。

 

 それに何より、美幼女はとても貴族然としている。一目でやんごとなき身分の御方であることは分かっただろう。


 これは何も、美幼女が偉そうにしているだとか特別上品な振る舞いをしているだとか、そういうことではない。英才教育を受けてはいるのだろうが、まだまだ普通に子供だ。

 

 しかしそれでも、高貴な生まれなんだろうなあ、と思わせる雰囲気を持っている。

 それは洗練されたものというよりも、生まれつき持った一種の才能なのだろう。

 

 端的に言おう。

 美幼女は、容姿端麗なのである。

 

 小さい頃は皆可愛く映るもんだが、美幼女はそんなもんじゃない。傍目はために初めて見たとき、「えっ、天使?」と冗談抜きで魅入ってしまったほどなのである。

 それに、平民に扮装ふんそうしているというわけでもないため、服装からでも察しがつくはずだ。


 故に、今回の事件はある程度計画的な犯行である、と素人探偵は推理した。


 この考えが大きく外れているということはないはずだ、という満足感を持てたので、次。


 あとは、東か西か南、どこへ向かったのかということである。


 人差し指をちゅぱっとしゃぶって離す。

 

 風を感じるぜ……。

 

 よし、なれば南だ。


 つまりは勘である。


 まあ、こういうのは時間との勝負でもあるわけだし、……うん、ここは4分の1が3分の1になったことが重要なのだ。


 てことで行こうか。





*****


 



 侯爵領とは反対、南方向へばさりばさり羽ばたいて少し。


 眼下を見回すと、遠目にとある二頭立ての馬車が目についた。カンテラの灯りに浮かぶ御者の姿が、何か焦っているように感じられる。

 

 気になる。アンテナビンビンである。


 自身の存在を悟られないように高度を保ちながら追尾する。

 馬車は迷いなく街の中心部を抜け、ひと気のない郊外を進んでいく。


 魔力燈で明るい中心部と異なり、郊外は暗闇に満ちひっそりとしているため、馬車を追うのは容易なことであった。

 しばらくして、馬車はわずかに光のれる建物内へこっそりと入っていった。


 倉庫だろうか? 

 長方形で高さがあり、体育館を思わせる巨大な建物だ。

 

 辺りの民家と距離を空けて佇んでいる。全体的にすたれている。外壁はコンクリートだが、屋根は後付けしたかのようにトタンが張られており、さびだらけ。

 そして、何とも都合の良いことに、その屋根の一部ががれていた。


 十二分に注意して、そのいびつな穴へと近づく。

 音が出るのを避けるため、屋根の上には降りず、そのまま中の様子をうかがう。


 幾つか灯るカンテラが、建物内を淡く照らし出していた。

 建物のほぼ中央、長辺の壁に沿うように、入り口に尻を向けて先ほどの馬車が停められている。その近くには、馬車の二頭とは異なる、長い杭に紐をつなげられた馬が四頭。杭はコンクリートに無理やり打ち付けられたようで、周囲の床は波状にひび割れている。


 人影は、六つあった。

 

 一塊になり何やら話している五人の男は、薄汚れた服装をしている。

 が、その割には顔や髪に清潔感が見られる。その五人全員が、取り回しのよさそうな武器を携帯している。


 そしてもう一人は、美幼女。


 あまりにも怪しいから、そうだろうと思ってはいた。が、本当に見つけてしまうとは……。


 荷台の端に、す巻きの状態で転がされている。

 頭と足だけが出ており、足がもそもそ動いていることから、生きていることは間違いない。ただ、口にまで縄を噛まされ、どうすることもできないといった様子。


 完全に貧乏くじを引いてしまった形である。

 見つけたら見つけたで、面倒極まりない。


 ああ、……冷静に冷静にと努めてはいたものの、呼吸が詰まってくる。汗が熱をもって肌を伝い、夜風に当てられる。ぶるりと身が震える。

 細かな震えはなかなか収まってくれそうにない。


 このままじゃ本当に美幼女がどうなるか分からない。


 いまいち現実的になれない思考のなか、危機感ばかりがつのっていく。


 こんなんじゃどうしようもない。できることもできない。少し焦り過ぎだ。


 一度瞑目めいもくする。……ふぅ。


 よし。クールに、クレバーにいこうじゃないか。


 

 

 さて、と。


 ではどうするのがいい? 美幼女救出の具体案だ。

 

 とりあえず、街中を駆け回っているであろうロニーか誰かに報告するか? 


 いや、それはできない。

 誰かしらを見つけることは可能だろうが、シラユキを連れていないことに対する上手い言い訳がない。変に勘繰られるような行動は避けたい。

 これは却下。


 ……それに、そうか。シラユキを置いてきてしまった以上、何らかの手柄がないと合流しづらいな……。何もせず戻れば、疑問を持たれることは逃れえない。


 じゃあ、どうやって手柄を上げる? いや、そもそも、このまま逃げてしまうという手だってあるんじゃないか?


 美幼女をこの手で助けられたら、という思いはもちろんある。それは、純粋に美幼女の身を危惧するものであったり、英雄的行為に対するあこがれであったりするわけだが、確かに存在する。

 

 どうも自分はあまり好かれていないようであるが、美幼女はただそこにいるだけで目の保養になる。それだけで、不幸になってほしくないとは思う。


 しかし、救助することに躊躇ためらいがないと言えば嘘になる。

 皆への恩を考えても、自身の身をていしてでも! とはなれそうにない。


 それに、自分には宮廷魔法師級の力があると分かった。覚悟さえ決めれば、大抵の脅威は排除できるんだろう。 

 それなら、他の地へ行っても生きていくことはできるはずだ。


 であれば、ナイスガイにすがりつく必要もない。

 このまま遠くへ飛んでって、新たな地で一から始めるというのもいいんじゃないか?



 …………っていやいやいや、そうじゃないそうじゃない。そうじゃないだろう。


 まったく、こういうとこがおっさんの悲しいさがである。

 もしかして気づかぬうちにステ振りされちゃってたかな? 『自己保身』に全振りされちゃってたかな?


 まあ、それが悪いこととは思わないけど。


 けど自分は、『美幼女を助ける』と決めて飛び立ったのだ。ここまで来たのだ。


 自分は勇者である。異世界からやって来た勇者である。異世界勇者、チート持ちである。


 異世界でチートを持って勇者をしている。それだけが自分のり所だ。でもそれだけでいい。それだけで完全無欠。パーフェクトだ。


 なれば、ここに来て逃げはなしでいこう。


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