第41話 元サラリーマン舐めんじゃねえぞッ!
では気を取り直して、どうやって助ける? ここからいけるか?
使えそうなスキルがいくつか頭に浮かぶ。が、どれも上手くない。
美幼女と男たちとの距離が近すぎる。しかも、全て致命傷を与えかねない。
威力の調整ができない以上、そんなものは使えない。
美幼女は身動きを取れなくされているが、言ってしまえばそれだけ。いくら美幼女のピンチとはいえ、今の自分が殺しを許容できるとは思えない。そのような覚悟は持てない。後悔するのが目に見えている。
ならどうすればいい? 頭をフル回転させる。
となると、これくらいだろうか……。
常にない
割とリスキー。
成功するかどうかは、あの犯人たちの常識による。
が、たぶん大丈夫な気がする。
誘拐犯五人は粗野な印象を与える身なりをしているものの、着させられている感が強い。つまり、本来はそのような人物ではないということだ。
無計画な、どうしようもない犯行ではないはずだ。だからこそ、こちらは相手に常識を求めることができる、と思う。
そうなんじゃないだろうか……。
賭けだ。でも、きっと上手くいく。
すうぅぅ、はあぁぁぁぁぁ。うん、いける。いけるぞ。
行くか。
*****
五人がこちらに気を向けていないことを確認し、倉庫の入り口付近へ音を立てないようゆっくりと着地。〔
取り壊し途中であったのか、荒らされたのか、扉があったのであろう部分はぽっかりと空いていた。何から何まで、好都合。
嬉しいやら悲しいやら…………。ま、やるっきゃない。
新入社員になったとき恐怖していた先輩のことを思い浮かべ、その人を
その先輩に飲みに誘われたとき、同期の者たちの間ではいつも緊張が走った。
ご指名されることだけは避けようと、皆がその先輩に好かれることを恐れていた。
いつしか、
当番の者が欠勤した日には、日にちの予期せぬ繰り上がりに、次の者が戦々恐々と蒼い顔をした。
そんな過去の思い出、負の思い出。
杖とダガーを置き、騎士服を脱いでワイシャツスタイルに。
両手でワイシャツを揉みこみ、よれよれにする。ヘッドバンギングして、リアリティーの追求。
さあ、準備は万端。イッツショータイムだ。
五人の前へ歩みを進める。
「なんだ、あいつ?」
敵との距離は三十メートル。五人のうちの一人がこちらに気がつき、
それから集まる他四人の視線。と、不審者を見るような美幼女の冷たい視線。
おいおいおい、こんなときまでSっ気発動しちゃって。何なの? 余裕な感じなの? てか俺、あなたの知り合いですよ。あなたの
まさか、俺と知っていてそんな目を向けているわけじゃないですよね? へべれけで見慣れない姿だから誰だか分かっていないんですよね? せめてそうだと言ってください。そうでないなら泣きます。
「ぁあ、シラユキ~シラユキ~。どうしてお前は分かってくれないんだあ。ぅ……ひっく。俺はこんなに頑張っているというのにぃ、ひっく」
右へふらふら左へふらふら、一歩進んで二歩下がる。
美幼女の態度に心をくじかれそうになるものの、
「ちっ、こんな時に」
「酔っぱらいか」
「どうする?」
「適当に追っ払っちまいましょう」
外の闇から冷たい風がひゅうっと吹き、建物内を通り過ぎていく。
あちらさんは自分が酔っぱらいであることに疑いを持っておらず、完全に油断している模様。声を
予定通り。
やはり、一般人をむやみやたらに殺すような連中ではないらしい。良かった。
長身痩躯の一人がこちらへ歩いてくる。
「どうしましたか? 道に迷いましたか?」
男は、柔和な笑みで優しく尋ねてくる。
それをガン無視。
全く耳に入ってない風を
男は
「もしかしてトイレですかね? あはは、ここにはありませんよ。ほら、あっちです、あっち」
男は両肩に優しく手を置き、入口の方へ戻るように
内心ほっとしながらも、まさか
長身痩躯の男は心底
「いっそのこと、
とさらり一言。
……え。
なんで「追っ払っちまいましょう」が五秒後には「殺っちまいましょう」に変わっちまってるんでしょう…………。
だ、大丈夫。大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、金玉に活を入れる。
「……手間が増えるだけだ。止めとけ」
少し考えるような沈黙の後、四人の内の一人が答えた。
…………よ、よし。
そのままのらりくらりと歩みを進め、長身痩躯の男は元の位置。
男五人は、荷台の美幼女を隠すようにして先ほどと同じように一塊になった。
男たちとしては、なるべく酔っぱらいたる俺を美幼女に近づけたくないのだろう。
といったところか。
ま、そんな考えはこちらとしても好都合。
おかげで、俺と美幼女とで男たちをサンドイッチしている最高の構図が出来上がっている。
救出するには最高のポジションである。
間合いも完璧。
ルイスとの試合後、これは重宝すると判断して距離感を入念につかんできたのだ。失敗はない。
てことで、スキル、発動。
アニメや漫画のような敵がいないことは百も承知。当然、無詠唱である。
ここではロマンより確実性。致し方あるまい。
酔っぱらい演技は継続。決して上は見ない。スキルへの信頼は絶対。
発動すれば、いつだってどこでだって、必ず同じ形で現れる。
後はとにかく、男たちの気をこちらから
自らがスキル範囲に入らないよう注意しながら、覚束ない足取りで敵の気をひく。
敵はスキルの発動に誰一人気づいていない。
今すぐにでも七つの光矢が降り注ぎ、五人は鋼鉄の網もろとも縫い留められることになるだろう。
勝った。俺の勝ちだ。
そう確信し、自然と笑みが形成されていくなか――
――「散開!」
突如後方から大声が飛び出した。
ぎょっとして振り返ると、身を低く
まだいたのかっ!
左手には短剣。標的は俺。すでに数メートルにまで迫っていた。
速い。けど、ルイスやフランクほどじゃあない。常識の
一か月の間に叩き込まれた最低限の対人格闘技術。それが生きたのか、股から右肩までを切り裂くような初撃を
さらにこちらの強引な膝蹴りも、運よく顔面に入る。敵はたたらを踏んで後退した。
こいつ、小柄だ。多分、ごり押しでもなんとかなる。
我ながら大胆な決断だ。
熱に浮かされている状態であることを半ば自覚しながらも、即座に距離を詰め、追撃を加える。
短くも鋭く、右拳に
ここで戦闘不能にする。
それだけを念頭に左拳を振るおうとしたとき、「ん~! ん~!」と幼い
はっと慌てて振り返ると、網の中に倒れるのは四人。長身痩躯の奴が、美幼女へと接近していた。
くそっ。
同時、指先に出現するは
異なる軌道で前進する弾丸は決して速くはない。気を向けていれば回避可能なものだ。
しかし、今なら――。
「ジャック! 左だ! 避けろ!」
網に囚われた内の一人が注意を促す。
長身痩躯の男は仲間の声に従い左を向き、ぎょっとした様子で弾丸を視界に入れた。
軽やかな動きで、一つ、二つと避けていく。が、最後の一つがこめかみに直撃。
苦悶の声を上げ、美幼女の目の前で崩れ落ちた。
さらに、
当たり所がよかったらしい。五人全員がダウンしている。
ツイてる。望外の結果だ。
そして小柄な男はというと、こちらから距離をとっていた。
無詠唱の魔法を警戒してくれたのか?
そいつはどこか、
ははっ、好都合だ。
さあ、どうしようか。
美幼女を抱えて逃げる、なんてことは到底できそうもない。ロニーあたりなら難なくこなすんだろうけど。
ともかく、眼前にいるこいつをどうにかしないといけないわけだ……。
けど、正直なとこ、もう打つ手なしって感じだ。
〔
それで無理だった場合に備えての〔
次のカードは特に用意していない。
〔
近接で
いや、さっきのはまぐれだ。その上、こちらは無手。
どうすっかな…………。
…………え、……なんで?
気がつくと、自分の視点が低くなっていた。どうしたことかと頭を動かす。
ぺたりと地面に尻をついているようだった。
いつ攻撃を受けた……? と考え、そこでようやく思考が空転していることにも気がついた。
まったく、わけがわからない。
足がわけわからないほどがくがく震え、止まらない。
腰が完全に抜けていた。
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