第15話 この人と長旅なんてヤだよぅ……(ヒュゼン神国下級神官 ナミア視点)


 「じゃ、今のうちに目的を話しておこうか」


 「はい、おねが――」


 「目的はずばり、人探し!」


 おう、なんか勢いが凄い。んで、そのノリも良く分からない。本当にこの人の相手をするのは骨が折れそうだ。

 シンプルに帰りたい。


 「人探しで――」


 「昨日、召喚の儀ってのを行ったんだ。なんか昔から神国に伝わる特別な魔法らしいんだけどね。情報規制でも敷かれてるのか、僕もその魔法の詳細は分からない。でもまあ、そういうものを使ったわけだ。レキノワが言うならってことでね」


 だから、言葉を遮らないでください! 


 今は私の反応待ちだよね? 

 って、レキノワ!?


 「……レキノワって、あの占術師レキノワですか?」


 「そ。今のうちに召喚の儀を執り行えとかなんとか、そんなことを言われたんだって。これも詳しいことは良く知らない。レキノワなんて、顔だって見たことないし。まったく、どんだけ恥ずかしがり屋さんなんだか」


 「……はあ」


 当代のレキノワは歴代最高だと聞いたことがある。

 何でも、三十年前の飢饉ききんも、十三年前の大洪水も、当代のレキノワにより予言されたことで被害を最小限に抑えられたんだとか。


 「で、神官長以上の者たちが集められた。そんで、しかめっ面をしながら古ーい書物と格闘して、なんとか召喚の儀の準備が完了した。こんなこと、ほんと滅多にないんだろうね。僕はおろか、あのばあでさえそんな調子だったんだから。全く、参っちゃうよ」


 「……なるほど」


 「んで、いざ実行! てなって、最初はいい感じだったんだよなあ、最初は。それが、途中からあれっ? てなり始めてさ。後に気づいたことなんだけど、それがどうも、じいが魔法陣の一部を書き間違えてたらしいんだ。ったく、いい年して自分自身の老いを自覚してないんだな、これが。もうその後はよってたかって爺をタコ殴り、と、僕としてはそんな感じでいきたいとこだったんだけどさ、さすがにそれをするには爺が偉すぎたし、何より、いじめになっちゃうだろ? だから、自重したんだ。僕にしては良くこらえたと思うよ、うん。……ま、そんなわけで召喚の儀は大失敗。いや、召喚できたにはできたんだけどね、その座標がぶーれぶれ。全然違うとこに召喚しちゃったってわけ」


 「…………」


 「うん。それでようやく今回の目的の話に行き着くんだけど、……要するに、召喚された人を探そう!  てこと。これで目的は分かってくれたかい?」


 「あ、はい。まあ何となくは。……けどそもそも、なんでレキノワは召喚の儀を行うように言ったんでしょうか?」


 「さあ、どうなんだろうね。その意図は掴めないけど、『召喚の儀により呼ばれた者は英雄の器を持っている』、レキノワはそんなことを言っていたらしいよ」


 「英雄の器、ですか?」


 「うん。僕はまだなあんにも危機感なんて覚えてないんだけどね。だって、今の世の中ってそこそこ平和だし。でもきっと、近いうちに良くないことが起こるんだろうね。レキノワが言うならそうなんだろう。そのための英雄なんじゃないかな? と、僕はそう思ってる」


 「そんなことになってたんですね。……でも、それを私に話しても良かったんですか?」


 「どうだろ? ちょっとまずかったかも。召喚の儀に関しても一部の人しか知らないことだし」


 「えっ、それって……私は大丈夫なんですか! 口封じのためにいきなり殺されるなんてことないですよねっ!」


 「さてね。まあでも、今聞いたことをペラペラ話してやろう! とか思わなければ大丈夫なんじゃないかな」


 あはは、と大口開けて明朗快活に笑うパジムさんはけっこうハンサムで、不覚にも魅力的に映ったけど、それでも、なんだか無性にどつきたくなった。


 やはり見た目が全てではないのか。


 「つまり、僕たちは人探しは人探しでも、英雄を探しに行くんだよ! なんというかこう、ワクワクしてくるものがあるだろう!?」


 「……ええまあ、それは、はい。ですが、その召喚された人を特定する方法はあるんですか?」


 「良い質問だ! それは、ほらこれ。召喚石って言うらしいんだけどね」


 そう言ってパジムさんが懐から取り出して見せてくれたのは、拳大ほどの石だった。


 「なんか色が薄いですけど、魔石みたいですね」


 「お、ナミア君は勘が鋭いな!」


 「へ?」


 「これ、元は単なる魔石らしいんだよ。ただ、召喚の儀に使ったから特別な力があるみたいだ。何でも、召喚された者に近づけば近づくほど色が濃くなるそうなんだ。それで、召喚された者が触れると光り輝く! らしい」


 「へえ、凄いですね」


 「うん。ただ、色が濃くなるって言っても、範囲はせいぜい一つの街くらいみたいなんだ。別の街にいたら、何の反応も示してくれないみたいだし。ほら――」


 パジムさんが召喚石を私の目の前に掲げてくる。

 いや、近い近い。


 「――特に何の反応もしてないだろう?」


 「え、ええ……確かに。でも、これで召喚された人は神都にはいないってことが分かったことになるんですよね?」


 「ああうん! そうだね! ナミア君のその前向きな姿勢、ほんとにいいよ! やっぱ同行者が君で良かった!」


 「あっ、はい。……ありがとうございます」


 なんだろう、悪い気はしない。てかなんか照れる……。


 「……ち、ちなみに、私を同行者に選んだ理由は何なんですか?」


 「ん、そんなのないよ? 別に僕が選んだわけじゃないし」


 「へ?」


 「さっきまで、君の事なんかこれっぽっちも知らなかったからね。僕が指名できるはずもないよ」


 「え、でもいま――」


 「まあでも、暇だったからじゃないかな」


 「はい?」


 「ばあに言われたんだよ。絶対同行者を連れて行くようにって。僕としては一人でも全然かまわなかったから、別にそんなのいいよって言ったんだ。でも、それで早速出て行こうとしたら必死の形相で止められたんだよ。いやほんと、あれにはびっくり。ナミア君が見たら卒倒必至だったろうね」


 「…………」


 パジムさんはとても楽しげに大笑いしていらっしゃる。普段ならその笑いが伝染していただろう。が、今は全くもって楽しくない。 

 

 やっぱり、上げてから落とすパターンなんですか。そうなんですね?


 「それで、ばあ五月蠅うるさいもんだから仕方なく同行者をつのることにしたんだ。でも、それがなかなか見つからなくてさ。知人を誘ってもみたんだけど、皆忙しいらしくて。そりゃあそうだろう? 何たって、昨日の今日なんだから。けど、婆は強情なんだな。これでも全然引く気を見せなくてね。なにそんな必死になってるの? って、チンプンカンプンになるほどだったよ。それから、婆が手当たり次第に手紙をしたためてあちこちの神殿に送ったんだと。それでやって来たのが、君。と、まあそういうわけさ。でも良かったよ、本当に。これで同行者が来てくれなかったら、婆の余命が尽きちゃってただろうから。いやー、それにしても、年だってのにかなり頑張ってるみたいだったからな。旅の途中にころっとっちゃうんじゃないかな、婆のやつ」


 にこにこと喋るパジムさんを見て確信した。


 それはあなたを一人で世に放つのが怖かったからではないでしょうか、と。

 ハラハラドキドキさせてくれること間違いなし! と、パジムさんの顔が雄弁に語っている。


 「……ちなみに、先ほどから度々登場しているじいばあというのは、誰のことを指しているんでしょうか?」


 「ああ、ゼノじいとムユばあのことかい?」


 「ぜ、ぜぜぜぜぜ、ゼノ様ですかっ! それにムユ様まで!」


 「うん」


 「な、何考えてるんですか! いくらこの場に居ないからってそんな呼び方! 神官長だからって殺されてしまいますよ!」


 「ぁあははははっ、大丈夫大丈夫」


 「大丈夫って、そんなわけないじゃないですか!」


 「ん? でもいつもこんな感じなんだけどなあ。爺も婆も普通に受け答えしてくれるし。なんか最初の頃は怖かったけど」


 「な…………」


 二の句が継げなくなった。

 神殿庁のトップに座す方々に対し、身内のような軽いノリで接しているなんて……。

 おかしい、なにかがおかしい……。


 何だ! この絶対に分かり合えなさそうな生物は! 私はこんな人と行動していかなきゃならないのっ!? 

 セス神官、あなたを恨みます!


 「どうかしたかい? そんな神殿の大掃除を一人でやるように言いつけられたかのような顔をして」


 言いながらこちらの顔を覗き込んでくるパジムさんは心から不思議そうにしており、本当にからかっているわけではないと分かってしまう。そんなところが、余計腹立つ。


 「……いえ、別に何もありません」


 てゆうか、一人で掃除を言いつけられたことなどない。パジムさんはあるのだろうか?  

 ありそうだ。何かを仕出かしていそうだ。


 悲しいかな、容易に想像がついてしまった。


 「そうか! それならよかった! でも、ちょっと巧いこと言いすぎたかなあ。あははははっ」


 くそう…………殴りたい……。一発ドカンとでかいのを食らわせてやりたい。

 けど、そうしたところで相も変わらず飄々ひょうひょうとしているパジムさんの姿が浮かぶ。


 ……もう、そういう人なのだと割り切ろう。そうして我慢するしか……。

 そうだ! これは忍耐を鍛える新しい訓練なんだ! きっと……。


※ 


 神殿庁を出ると、人々の活気が目に映り始めた。


 昼時とあって、通りの食堂から賑やかな声が聞こえてくる。


 「遠出するのは分かりましたけど、その、……武器はいるんですか?」


 「ああ、これかい?」


 パジムさんが錫杖を持ち上げると、金色の輪がシャランと鳴る。


 「ま、ナミア君は気にしなくていいよ。そんな大層なことにはならないだろうし、それに、何かあっても君が怪我するようなことにはならないからさ」


 いや、さらに気になっちゃったんですけど。


 「おっ、そろそろ時間みたいだ。ナミア君、少し急ごう!」


 言いながら、パジムさんはさっと駆け出してしまう。


 「えっ! パジムさん!」


 状況がつかめないまま、とにかく追いていかれるわけにはいかないと思い、それはもう必死に走った。


 だって、パジムさんめちゃくちゃ速いんだもん! 


 「どうしたんですか! 何の時間なんですか!」


 やっとの想いで隣に並ぶと、息も絶え絶えに問う。


 「あともう少しだから、頑張って!」


 いや、だから何を……。

 てか、シャラシャラシャラシャラうるさい! 


 内心文句を垂れながら、こんなに走るのいつぶりだ? てくらいの全力ダッシュ。


 この人絶対モテないよ! 曲がりなりにも女子に、ここまで走りを強要することなんてある!? それに、神官が街中を疾走って、その、…………もう色々と大丈夫なの!? 


 あー、やっぱり愚痴が止まらなーい!


 「何とか間に合いそうだね」


 そう言われ、ぜぇはぁと下がっていた頭を持ち上げてみると、


 「えっ、もしかしてあれに乗るんですか!?」


 浮遊板の発着場があった。


 「うん」


 「本当ですかっ」


 不覚にも、テンションが上がる。


 浮遊板は神国の技術の粋を結集させた、最近運行が始まったばかりの乗り物だ。

 平地が続く神国ならではの特別な移動手段。


 まだ乗ったことがないため、非常に嬉しい。しかし……、


 「はぁはぁ……、でも私、そんなにお金持ってませんよ?」


 利用料がめっさ高いのだ。財力に余裕のある貴族くらいしか安易に手を出すことができない、リッチな乗り物なのである。


 「そらなら心配いらないよ。ほら」


 チケット売り場も目前、ようやく足を緩め、パジムさんが懐から布袋を引き出した。

 パンパンに膨らんだ、随分でぶっちょな布袋だ。


 「二人分ください」


 私が疑問を差しはさむ間もなく、パジムさんは金貨二枚を取り出して、ささっとチケットを購入してしまった。


 「あの、いいんですか? 私の分まで……」


 「何の問題もないよ。道中、お金の心配はしなくていい。ナミア君に払わせるわけにもいかないしね」


 パジムさんはさらっと言ってのけた。一人につき金貨一枚。私にとっては、とても手の出せる金額じゃあない。


 「ありがとうございます! 実は前から乗ってみたかったんです!」


 「それは良かった! 僕も初めてだから、ワクワクするよ!」


 ほがらかに笑うパジムさんと、浮遊板に乗り込む。


 一人一人が寝転がれるほどに広々とした、定員十名の透明な板は、運よく貸し切り状態であった。


 「おっ、動き始めたね」


 「はいっ、本当に浮き上がってますよ、パジムさん!」


 「ああ、見事なもんだ」


 静々と浮上し、地面が徐々に離れていく新鮮さに、私のテンションは振り切れていた。


 「にしても凄いですね! ぱっと金貨を出しちゃうなんて!」


 現金なものかもしれないが、パジムさんを少し見直していた。

 やはり、できる大人の男性なのだ。


 「そうかな?」


 「そうですよ、さすが神官長って感じです!」


 「あはははっ、それじゃあ爺と婆からふんだくってきた甲斐があったよ!」


 「……はい? …………って、それ! ゼノ様とムユ様のお金なんですか!?」


 「うん、そうだよ。でも何の問題もないよ」


 「問題しかないですよ!」


 「大丈夫だよ。あの二人はもう使いきれないくらい貯め込んでるんだから。この程度はした金さ。これで僕たちの懐も痛むことはないし、まさに理想的なウィンウィンの関係だね!」


 「なに訳の分からないこと言ってるんですかっ! いくら任務とはいえ、貰い過ぎですよ! あの布袋、張り裂けちゃいそうでしたよ!」


 「いやー、これくらいは貰っとかないとね。なんせ、爺や婆たちの尻拭いをしてあげようってんだから。思う存分、使ってやろう! ほんと、楽しみだ! なあナミア君?」


 「……そうですね…………。あはははは」


 この先、私はどうなってしまうんでしょうか…………。

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