第16話 エンジョイしてますっ、四畳半!


 よくわからないまま牢にぶち込まれましたタキタです。


 牢生活十五日目。

 住めば都、とでも言うんでしょうか。この生活にもだいぶ慣れてきました。



*****



 おそらく、食事は朝と夜の一日二回。毎回決まって、同じ青年が届けてくれる。


 内容は、パンとスープ。腹が膨れないのは難点だが、味は悪くない。

 手枷をつけての食事も慣れっこである。


 お隣の推定美女さんに無理やり手枷をめられてペットのような扱いを受けている、という想像を働かせれば、存外楽しいものである。


 一分で食事を終えると、それから二十九分後、青年が盆を下げに来る。

 さらに一時間後、牢の中の唯一の光源である、天井から吊り下げられた石の光が消える。

 その十一時間後、再び石に光が灯り、三十分後にまたパンとスープが運ばれる。


 これら、牢での生活サイクルを把握するのに、〔波視豚クロノグラフ〕がとても重宝した。


 豚を模した、アナログ式の置き時計を出すスキルだ。


 手乗りサイズで大きさだけは愛くるしい。

 だけは。


 豚の表情はいけ好かない。

 めちゃくちゃ機嫌悪そうにしているのだ。さらに、時折癇癪を起したかのように鳴きやがる。


 鼻の穴が広がりだしたら、マジで声する五秒前。最初聞いたときは突然のことでパニックった。


 お隣の推定美女さんはそれ以上にビックリしてしまったようで、「キャッ」と短い驚きの悲鳴を洩らしていた。


 思いのほか高い声に胸キュンである。

 可愛らしい声だった。


 ナイス豚。


 ということで、適当に頭を撫でてやったが、相変わらず不機嫌な面をしていた。


 なにはともあれ、スキルを使用したことが他に気づかれなかったのは僥倖ぎょうこうであった。


 

 夜の食事時間を迎え、青年がやって来る。

 彼も嫌そうに顔をしかめ、盆を置くとすぐに去っていく。


 床が濡れている事実に気がついたのに違いない。


 自分のいる牢の石床は、広範囲にわたり黒く変色していた。


 断固として言うが、これは、スキルを使用していたからだ。


 第一階梯、〔聖水イェロウ〕。

 右手人差し指からちょこっとの間ちょろっと水を出すスキルだ。


 青年が、まあイケてなくもない顔を歪めていた理由も大体察しが付いている。


 お漏らしだとでも思っているのだろう。いい年した働き盛りのおっさんが漏らしている、と。


 いや、そんなわけないじゃん。


 ちなみにこのスキル、色は黄みを帯びていて、ちょびっと甘い。


 うん、謝ろう。


 ごめん青年。これはほとんど尿だ。尿にほど近い何かだ。いや、水だが。


 てか、尿が甘いのかは知らないけど。

 これほんとう。


 糖尿病患者の尿だったら甘いのだろうか。あるいは理想のあの子のものだったら甘いのだろうか、それともほろ苦いのだろうか。

 まあ、今は関係ないな。


 ともかく、元々そんな感じで考案したスキルだ。青年の反応はむしろ健常と言えるのかもしれない。


 よし。

 一応自身の名誉の保護も青年の擁護ようごもできた。


 とりあえず、今宵こよいもパンとスープをかっ喰らおう。


 ここではスピードが要求される。

 

 推定美女さんが「早く食え!」と尻を叩いてくるからだ(妄想)。


 ぱくぱくごくごくぱくぐほっ…………ごくごくごく…………ぱくぱくごくごくぱく……ごっくん。



「ふぅ……」


 むせながらも食事完了。


 推定美女さんは基本厳しいが、少し優しい。


 記録更新を果たした自分の耳を犯すようにねっとりと脳に絡みつく声音で、「良い子」。

 小さく囁いてくれる(妄想)。


 ここ数日で確立されたルーチンをこなし終えた。


 にしても、推定美女さん像が定まらないな……。


 まあ、よい。


 では、残りの二十九分の間にこれまで行ってきた実験結果をまとめてみよう。


 手を前に出して、〔聖水イェロウ〕を発動。


 人差し指の先からじわぁあと出てきた水がぴちゃぴちゃぴちゃと床を叩く。

 元の色を取り戻しかけていた床が、再び黒く染まる。


 水を舐めてみる。

 うん、ちょびっと甘い。


 ねっとりとした感じではなく、爽やかな甘さだ。なんか安心した。


 さて、と。

 尿漏れおっさん疑惑を掛けられながらも何食わぬ顔で〔聖水〕を使い続け、スキル能力について調査してきた。

 使用制限・発動範囲・石板についてだ。



 まずは、使用制限について。


 リキャストタイムや発動条件があることは確認済みだが、今回確認しておきたかったのは、魔力的なサムシングが存在するのか、ということ。


 茶髪くんが魔法を使うところを見たが、あんな魔法をそう何度も使えるとは思えない。

 やはり、何か魔法の使用を制限するような仕組みがあるはずだ。この世界にそういった概念が存在するのは確かだと思う。


 そこで問題になるのが、自分にもその力が宿っているのか。それがあった場合、リキャストタイムや発動条件をクリアしていてもスキルを使用できないといった状況が発生するのではないかという懸念があった。


 もちろん今まではそんなもの持っていなかったが、こちらの世界に転移してきたことで身体構造が変わっているということもあり得る。

 そして、もしそれを持っているのなら、自身の限界を早めに知っておきたい。


 結論を先に言うと、身体のあちこちに気を巡らしてみたのだが…………結局、不思議パワーを感じることはできなかった。


 そこで思ったのが、自分が持つのはやはりスキル能力であるということ。


 そもそも、この能力をスキルと呼んでいるのは、石板にスキルガチャと出ていたからである。


 この世界に照らし合わせれば、魔法ガチャとなっていてもおかしくない。というか、それが自然に思える。

 

 にもかかわらず、自分が持つのはスキル能力。魔法とスキル、両者の事象は明確に区別されている可能性がある。

 

 そして、スキルであれば、魔力よりもMPがしっくりくる。

 意味は変わらないはずだが、なんかMPの方がゲーム的な感じだ。であれば、スキルを多用すればMPが枯渇し、発動したくてもできない状態になるのではないか。


 これらの考察を経て、スキルを連続使用してみることにした。


 選んだスキルは、〔聖水イェロウ〕。 

 水を出すだけであるから事故の危険もないし、ほぼノータイムで発動可能。実験にはうってつけだ。


 それから、青年が来るときを除き一日中牢内に水音を響かせた。


 そうして判明したのは、恐らくMPも存在しないということ。

 睡魔に襲われるまで、身体に異常をきたすことはなかった。この睡魔が副作用ってこともなさそうだ。


 〔聖水イェロウ〕は第一階梯であるため、もっと階梯の高いスキルではどうなるか分からないが、ひとまず心配する必要はないと判断した。



 次に、発動場所について。


 引き続き〔聖水イェロウ〕を使用し、スキルの起点範囲を探った。


 右手人差し指以外――左手人差し指、親指、足の指、頭頂部、息子――、とにかくいろんなところからスキルを発動させようとしたが、どんなに頑張っても右手人差し指からしか出なかった。


 スキルの起点は固定みたいだ。


 実に、スキルっぽい。

 応用が利かないのは残念だが、これは念のため行った実験であるから予想通りでもある。


 というのも、スキルの説明欄に『右手人差し指から出る』と書かれているのだ。

 〔聖水イェロウ〕に限らず、概ねどのスキルにもスキルの起点が書かれている。


 あの時はそこまで考えが及ばなかったが、ゴブリンに追いかけられていたときや彩小鬼戦のときに〔香炎柱フランベ〕が思ったとおり発動しなかったのにもこれで合点がいく。


 〔香炎柱フランベ〕は、発動時点における自身の位置より前方五メートルの場所に発動するスキル。

 背後のコブリンや左方の彩小鬼には当たるはずもないってことだ。


 また、スキルの説明にスキル範囲も書かれていることから、範囲も固定と考えられる。


 これもまあ、想定の範囲内だ。

 魔力やMPがない以上、スキルを強化させることができるとは考えづらい。剣などを使用するスキルについては、範囲に曖昧な表記が見受けられるため、微調整が可能なのかもしれないが。


 ともかく、この能力はやはりゲーム的だ。条件さえクリアしていれば確実に発動するという安心感はあるものの、その場の状況に合わせて対応させるというのは難しいだろう。

 

 でも、この年から鍛錬を積むってのも億劫だから、修行シーンカットってのは純粋にありがたい。

 

 単一のスキルを応用させることができない分、質より量って感じで、スキル量が生存力に直結しそうだ。


 難しいのは嫌いだし、うん、単純明快でいいじゃん。


 そういうことにしておこう。


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