第17話 牢屋生活のおっともだち〜


 スキル調査の最後は、石板について。

 つまり、スキルを使用する度いちいち石板出さなきゃいけないの? ってことである。


 これは一番重要だ。ムォストウィンプォータァントスィングスゥだ。


 そもそも、石板を呼び出すという行為には三つほど問題がある。



 第一に、時間の問題。


 石板からスキルを選んで発動、というのは時間がかかり過ぎる。

 

 思い出されるのは、コブリンに追われたあの森での出来事だ。

 仮に有用なスキルを手にしていたとしても、魔獣から追われている状況下、石板を呼び出し目的のスキルを選択して発動。そんな過程を踏めるだろうか?

 いや、無理だろう。



 第二に、立場の問題。


 当面、この能力は隠しておきたい。

 特異な能力を持っていることを明かすことで、自分の立場がどうなるか分からないからだ。


 悪魔認定されて公開処刑! なんてことになったら、糞尿垂らして死ぬ。

 それは絶対に

 

 幸い、ロニーや茶髪くんなどにもまだばれていないようだから、安心材料ができるまではこのまま隠し通す所存だ。



 第三に、演出の問題。


 これまではそんな余裕なかったし、これからもそんな余裕があるかわからい。


 けれど、やはりスキルはカッコよく使いたい!

 自宅のノートには詠唱やポーズを詳細に書き記してあるのだ。


 どうせなら、最高の状態で。スキルたちもそう願っているはずだ。


 それなのに、どうだろう。発動する度に石板を呼び出していたら。画面をスクロールしてスキルをポチってたら。

 めちゃくちゃダサいじゃん。全然恰好つかないじゃん。



 とまあ、そういうわけで、石板に出てきてもらっては困るのだ。


 そんで、ぅうぅぅむぅぅうと石板を奥の方に閉じ込めるような意識で唸りながら〔聖水イェロウ〕を発動しようと試みたが、ことごとく失敗に終わった。


 石板を呼び出し、八つ当たりした。蹴り上げた。


 「……くっ、ぃてぇえ」


 ぷかりと軽そうに浮かぶ石板は微動だにせず、かわいいあんよにじいんと鈍い痛みが走った。


 以降、石板の呼び出しがスムーズに行えなくなった気がした。牢屋生活三日目のことである。


 もしかしたら、ねてしまったのかもしれない。

 そう思い、石板への態度を改めた。


 そうだ、石板は命の恩人だ。こいつがいなけりゃとっくに死んでいたんだ。なのに、そんな恩人に八つ当たりするなんて…………。

 自分が馬鹿だった。愚かだった……。


 それから、石板と心を通じ合わせる努力をしてきた。


 石板はともだち。


 某サッカー少年の言葉を思い浮かべ、牢の中で共に生活した。

 石板を丁寧に丁寧にぬぐい、時に笑い、時に泣き、時に真っ向からの喧嘩をした。


 つまるところ、自分の精神は病んでいた。なんせ、投獄されて十五日。たかが十五日、されど十五日である。


 転移してバトって投獄されて放置プレイ。

 娯楽も何もない空間に閉じ込められ、この先どうなるかも分からない。


 石板を擬人化しても、石板とおともだちになっても致し方ないと思うのだ。

 

 隣の住人、推定美女さんのあんな姿やこんな姿を妄想し、なんとか精神を保ってきた。いまや、盆の上げ下げを行う青年のしかめ面が癒しにすらなっていた。

 そんな状態が、つらかった。


 

 でも……、その甲斐あり、ついさっき成功した! 

 これがっ、その成果であるっ!


 腕を高々と上げ、仁王立ち。顔を天井へ向け、口を大きく開ける。右人差し指をくいっと折り曲げ、口内をロックオン。脳内で〔聖水イェロウ〕を唱える。


 すると、ちょろちょろっと舌に着地していく甘い水。もちろん、石板は呼び出していない。



 うめえぇえ。うめえええぇぇっっっ!!!



 こんなに美味い水は初めてかもしれない。 

 用を足せる時間は食後の一日二回のみと決まっているため、これまで摂取はなるべく控えてきた。が、これは我慢できない。


 (〔聖水イェロウ〕!〔聖水イェロウ〕!〔聖水イェロウ〕!〔聖水イェェロウ〕!〔聖水イェェエイロウ!〕)


 心の中で何度も何度も唱えた。




 …………水腹になった。


 つらい。


 

 ま、これらが十五日間の成果ってわけだ。


 それから程なく。

 夕食の時間も終わり、いつものように青年が盆を下げに来た。これまたいつものように、顔を顰める。


 「あの、トイレお願いします」


 青年が立ち去る前にトイレを所望。


 「ああ、分かった」


 青年は苦々しくしながらも鍵を取り出し、カチャカチャギイと扉を開ける。牢を出ると左へ曲がり、近くのトイレまで連れられる。


 ちなみに、推定美女さんは右隣の牢に居るみたいだ。ここ最近のトイレ通いで発覚した。


 しかし、いつもフード付きのぼろマントを着ており、お顔は拝見できていない。ただ、エメラルドのような長髪が印象的で、かなりの美人であろうことは想像にかたくない。さらにけっこうぼいんさんであるらしく、マントが突き上げられるように盛り上がっていた。


 この推定美女さんをヒロイン候補としてもいいだろうか。

 なんか、期待してしまう。


 それはさておき、牢から十数歩。トイレに着く。


 「あ、あの、……大の方です」


 「ああ、早くしろ」


 青年は顔を歪め、急かす。

 彼はこの表情しかできなくなってしまったのかもしれない。ちょっと不憫ふびんだ。


 まあ、今の自分の方がよっぽどだと思うが……。


 逃走防止のためだろう、手枷にはちょっとやそっとじゃ切れなそうな鎖が結ばれ、その端を青年が握っている。


 街を見る限りそれなりに発展しているようだが、さすがに洋式トイレはないのか、うんこ座り。

 そして、ドアのないフルオープン変態仕様。これである。


 手枷がついているためバランスをとるのも大変だ。とんだ羞恥プレイ。そういや、息子がちょっと成長していた。


 ふいに現状に対する可笑しさが込み上げてきて、にやけてしまった。

 その時たまたま彼と目が合い、彼はわずかに後ずさった。


 いや、いやいやいやいや! そんなんじゃないよ! ほんと、この状況に喜んでるとかじゃないから! 美女だったらどうか分からないけども、少なくとも君じゃ興奮できないから! これはお隣さんにおっきさせられたやつだから!


 実際に口に出して弁明をしようとも思ったが、ドツボにはまっていく気がしたので心中に押し留めた。


 追い立てられるように迅速に用を足すと、青年によりそそくさと若干苛立たし気に連れられ、牢の中に帰宅する。

 青年は牢の扉が施錠されていることを確認すると、とっとと去っていった。


 この後すぐ、石の明かりが消えるだろう。今日も一日が終わるのだ。


 ……と思っていたのだが、青年と入れ違うようにして、二人の人物が現れた。


 自分の目の前で止まったことから察するに、ようやっと話が動き出すみたいだ。


 一人は、十五日ぶりのセバス。

 

 もう一人は、ニューフェイス。


 ゆったりとした服の上からでもたくましさが窺える、黒褐色の髪をきれいにまとめ上げた中年だ。穏和でありながら威厳さも兼ね備えたような瞳には確かな風格が表れている。


 惚れ惚れするほどのナイスガイ。こんな中年がいるなんて……。


 自分とはおっさんとしての格が違う。異世界は罪深い。


 「これに見覚えはあるか?」


 おっさんらしからぬおっさんに内心脅威を覚えていると、ナイスガイが何かを差し出してきた。


 それは、銀色のコイン。


 時が止まった気がした。

 

 紛れもない、いつぞや金髪美青年から盗ったものだった。

 

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