第18話 衣食住ルート入りましたっ!


 ナイスガイが取り出して見せた銀色のコイン。

 それは金髪美青年から盗ったものだ。


 そういえば、とポケットを探るがコインは入っていない。これまで色々あったせいで、すっかり忘れていた。


 「その反応。君がこのコインを持っていたっていうのは本当みたいだな」


 こちらの反応を見てナイスガイが言う。その口調からは特に怒っているような雰囲気は感じられない。


 「君は、これがどんなものだが知っているか?」


 しかし、ナイスガイの口調に険が混じった。


 「あっ、いえ…………」


 「そうだろうな。そうでなければ、牢の中で悠長に生活しているわけがないだろうし、こうして私と会話をできるはずもないだろう」


 口を開くたびにナイスガイの威圧感が増しているんですが。


 てか、べつに悠長に暮らしてるわけじゃないし、ここにいるのは強制されたからだし……。


 といった言葉を吐けるはずもなく、次の言葉を待つ。


 「これは、私が庇護下に入れた人物にだけ渡しているコインだ」


 そうらしい。ナイスガイは相当偉い感じの人なのか。


 「これをどうやって手に入れた?」


 決して脅されている感じじゃないのに、早く答えなければと脳が急かす。


 人のオーラって本当にあるんだね。

 今初めて知りました。


 「えーっと、そのコインの持ち主と思しき方とぶつかって、……その際に落ちたコインを、盗みました…………」


 「そうか」


 「まあでもその時は硬貨だと思って拾ったわけでして、決してその重要な証だと知っていたわけではなくて……」


 しまった。


 『そうか』の意味するところが怖くて思わず言い訳がましいことを口走ってしまった。いやでも嘘は言ってないし。大丈夫だよね?


 「コインのことを知らないということは、少なくともこの領地の者ではないということだと思うが、タキタの出身はどこだ?」


 別の世界から来ました、てへっ。なんてことをペラペラ話す気にはなれない。


 ってか、なんで名前知ってんの!?


 「……えっと、……旅をして各地を回っておりまして、出身はかなり遠隔地になります」


 「その地名は何というんだ?」


 言外に、「言っても分からないだろうからもう聞かないで!」と伝えたつもりなのだが、意味なかったらしい。


 冷や汗流れてきた。地名なんて一つも知りません。 

 誰か助けて!


 「地名は?」


 めっちゃ急かしてくるじゃん。もう、無理やり濁すしかない。


 「えーっと、……他の大陸から渡ってきました」


 ナイスガイの目はこちらを射抜くように細められ、一方後ろに佇むセバスは心底呆れたというような反応。

 

 ナニコレ、ドウユウコト? 

 おしっこちびっちゃいそう……。


 「そうか」


 一拍おいてナイスガイ。


 だから『そうか』ってなに! 分からないんだけど! 怖い! もうヤダ! 止めて!


 「……まあ、その言葉の真偽はとりあえず置いておくとして、コインの話に戻ろう。少し話がれてしまった」


 ふう。なんとかなるみたいだ。


 「まず、仮にタキタの言った通り硬貨だと思って盗んでいたとしても、このまま無罪放免とはいかない」


 「…………」


 「ぶつかって落としたというのが本当なら、持ち主にも非はあるだろう。そのあたりは持ち主にも事情を訊くことにしよう。だが、そこで確認がとれたとしても普通は何らかの罰を与えなければならない。平和を維持するためには、ある程度の力を見せておかないといけないんだよ。が――」


 ナイスガイは一拍おいて続けた。


 「――ロニーに聞いたよ。素晴らしい剣の使い手だって」


 威圧感はそのままに、どこか期待するような声音でナイスガイは言った。

 急にとんだ話の内容についていけず、返答に窮した。


 「剣士なんだろう?」


 重ねて問いかけてくるナイスガイの思惑を考える余裕もなく、とりあえず回答を探す。


 「……剣といいますか、その……少しだけ魔法の心得があります」


 剣と断定すると、今後の戦闘に支障が出そうだ。どうせ話がどう転ぶかなんてわからないんだ。権力は相手の方が圧倒的に強い。自分がここで主導権を握ることなんてできるはずがない。なら、ここは正直に話すだけだ。それが一番楽だし。


 「少しか……。彩小鬼の首を両断したと聞いたが? 彩小鬼は、体格こそ小さいが、俊敏さと知性を持っている。ただ黙って首を斬らせてもらえる相手なんかではない。それに、ロニーは剣士としては一流の域にかかっている。あの体格であれば力業で大抵なんとかできそうだが、技術もかなりのものだ。ロニーが称賛しているにもかかわらず、謙遜してみせるか。……面白い」


 ナイスガイが不敵に笑んだ。

 

 こっちは全然面白くない。


 「やはり、これの持ち主と試合をしてもらおう。その内容如何いかんによっては、タキタ、お前を雇ってもいい」


 「クロム様、それはさすがに――」


 「もう決めた。それに、何か企もうとしても、ここじゃあそれもできないだろう? 何も心配する必要はない」


 「――まあ、それはそうだと思いますが」


 一歩後ろで控えるセバスがナイスガイへ否定を込めた戸惑いの声を上げるが、それを意にも介さず、ナイスガイは決定事項を告げた。両者間での納得は既に得られたらしい。


 一番の当事者である自分だけが置いてきぼりです。


 「そういうことだ。分かったか?」


 はい、全く状況についてけてません。


 「…………」


 「使える魔法は第三階梯まで。基本的に殺しはなしだ。武器防具に関しては、公平を期すためにこちら側で一通り用意しておく。当日に好きなものを選んで使ってくれ。何か質問はあるか?」


 「あっ、いえ、分かりました」


 分かりましたって言っちゃった……。


 なぜにこうなった? 

 まあしゃあない。


 ともかく、金髪美青年と試合をすることになったということなのだろう。それだけは理解できた。


 てか、いきなり質問とか訊かれても困る。質問タイムってもうちょっと間を空けてから始まるものじゃなかったっけ?


 「よし。それじゃあ、試合の日を楽しみにしている」


 一言告げると、ナイスガイはセバスを連れてさっさと去っていった。意気揚々とした後ろ姿を見ると、胃に穴が空きそうになった。


 急な展開。

 もちろん、それに怯む気持ちもある。


 だが、よくよく考えてみれば、これは千載一遇のチャンスなのでは? 


 ここで認められれば、食うには困らなそうだ。ナイスガイはけっこう高貴そうな雰囲気を纏っていたから、衣食住の三拍子もそろえられるかもしれない。


 おおっ! 異世界生活に光明を見た!


 そうとなれば、ぼうっとしてはいられない! 


 試合に向けてなるべく準備しておく必要があるだろう。


 朝食を届けに青年がやって来るのは、おおよそ十二時間後。それよりも少し余裕を見て帰ることにしよう。


 確認を終え、早速スキル発動。




 ――〔不滅世界しなずのち〕:第十階梯。リキャストタイム一年。発動時間:最大二十四時間。干渉されることのない別空間へ転移する。



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