第19話 お前は呪いを知っているか?


 転移したのは、見晴らしのいい石段の上。


 目の前には遥か彼方まで続く海が広がり、後ろには深い森。不思議な空間だ。


 この地にも時間は存在し、太陽が昇れば月が隠れ、太陽が沈めば月が顔を出す。


 今は月が顔を出している時間ではあるが、空には眩いばかりの星がそちこちに浮かんでおり、夜であっても暗闇に包まれることはない。


 幻想的な世界にぼうっとしながら、するべきことを思い出す。


 朝食の時間まで、長いようで短い。この時間の中でスキルの確認を行い、試合での作戦を練ろう。


 所々に歪んだ、妙に味のある長い石段を下る。


 下り終えた先にはコンクリートの道が海沿いに敷かれ、その横は森になっている。


 手近な一本の木から目測で距離をとり、〔香炎柱フランベ〕を発動。


 狙い通り木の下に赤い魔法陣が浮かび、炎が噴き上がった。


 もうもうと煙が上がり始めたのを見て、木から離れる。燻られたにおいが鼻をくすぐる。


 煙が晴れると、炭化し痩せ細った木が現れる。じりじりと未だ熱を持っているようだ。


 

 これをしたのには〔香炎柱フランベ〕を再確認する意図もあるが、それ以外にもう一つ。


 「…………ほんと、すげぇな」


 炎にさらされ死んだはずの木は、再生を始めていた。

 見る見るうちに幹は色よくなり、豊かな葉をつける。まるで、先ほどの出来事が嘘であったかのように元通り。



 ――この地に元来存在する物は、壊れると再生を始め、完全に元の姿を取り戻す。



 故に、〔不滅世界しなずのち〕。


 

 これまで自分の設定どおり忠実に発動してきたスキルを見てきたため、こうなることはほとんど確信していた。


 が、実際に見ると唖然としてしまう。スキルの異常性が良く分かる。

 この地は、スキルの検証にはうってつけだ。


 そうと分かれば、ひとまず石板を呼び出し、手に入れたスキルをざっと眺める。


 〔式魔召喚:反抗鬼〕や〔欺瞞の便り〕、〔疼く片腕〕などは思春期の頃に創ったやつだろう。


 〔ライトニングゴッドファイア〕や〔超スーパーウルトラ烈風拳!〕なんかは、初々ういういしさからして小学生の時のものに違いない。


 ああ、自身の変遷がよく分かるなあ。

 

 ちょっとしみじみ。


 っと、こんなことで感傷にひたってる場合じゃない。スキルの検証をするんだった。


 では、まずは武器系スキルから手っ取り早く済ませてしまおうか。


 

 右手を振り払うように横に突き出し、の分だけ拳に隙間を空ける。


 「〔召喚サモン簒奪呪剣さんだつじゅけんグリムレコード〕」


 切っ先を地に向けた、長大な剣。現れたそれの柄をひしっと掴む。


 「おおっと」


 想像以上に重い。


 見ると、禍々まがまがしい名前とは裏腹に、冴え冴えと洗練された簡素な造り。しかし、そんな一点の曇りもない姿がちぐはぐさを与える。

 何かを隠すかのように必死にがれたのであろう、そんな不気味な雰囲気をまとっている。




*****




 十二世紀が過ぎた今でも畏怖されている、『史上最悪の狂王』アドレトロンティウス。


 彼にまつわる逸話は様々ある。


 初陣となったソテクレルの戦いにおいて八十九人もの首を討ち取った。

 どのような美女も迂闊に近づくことができないほどの美貌の持ち主であった。

 川の流れをせき止めていた巨大な岩を両断した。

 云々うんぬんかんぬん。


 その当時の彼は、『ロレ(彼の生まれ育った都市)の英雄』と呼ばれ凄まじい人気を誇っていたという。

 しかし、そんな彼の評価は、王位争いが苛烈かれつになるに従い真逆のものになっていった。


 そもそも、彼の継承順位は低く、本来王になり得るはずもなかった。

 が、時には姦計かんけい、時には病、と継承順位の高い者が逝去せいきょしていく事態が続いたのだ。


 そうしてちまたに良くない噂が広まっていくただなか、彼は即位した。


 その治政は暴虐を極めたという。 

 彼はいくさを大変好み、侵略することを第一にしていた。民衆は戦に引っぱり出され、貧困にあえいだ。彼の元に富は集まったものの、それを分配することはなかったらしい。


 ある記録には、彼が即位してから反旗をひるがえした者たちに公開処刑されるわずか一年の間で、その当時の世界人口を一割減らした、と記されている。

 専門家の中にはこの記録の信憑性に疑義を持つ者も少なくない。しかし、時代が下り判明した、彼の崩御ほうぎょ前後に各地で見られる人口爆発の跡から、これが真実であると支持する者も多い。


 そうして、即位前後の急激な人格の変化から、アドレトロンティウスはかれていたのだ、として悪魔という邪悪な存在までもが生み出された。

 それ以降も、色濃い人生から彼を元にした様々な戯曲が創られた。


 そして彼が振り、数多あまたの人間を斬り伏せてきたとされているのが、簒奪呪剣グリムレコード。王位争いの最中、彼が手に入れたものとされている。




*****




 …………という設定の剣だ。



 現在手持ちのスキルは、全部で百九個。

 その内の十五個が武器系スキルとなっている。


 槍やら何やら、グリムレコード以外の武器を取り出すスキルは持っていないため、十個は現状死にスキル。が、逆に言えば、長剣で使用可能な五個の武器スキルは確認できる。


 〔召喚サモン簒奪呪剣さんだつじゅけんグリムレコード〕は、第五階梯。リキャストタイム二十四時間。最大発動時間十分。


 あまり時間はない。


 てなことで、まずは試してみようか。この剣限定のスキルを。



 体を海の方へ向け、詠唱を開始する。


 「道化うそぶき、騒擾そうじょう巡る。がなるれ者、おもねほれ者、祈るうつけ者――」


 この世の全てが無益であるとでも言うような、感情の抜け落ちた淡々とした口調で連ねる。


 「――賢君悟り、わらう。鉄錆てつさびぎょく襤褸ぼろの旗、血染めのかんむり――」


 興奮のあまりクレッシェンドしないよう、努めて淡々と。

 発動までのタイミングを計り、ここでスキル発動。


 〔流旋風慈りゅうせんかざうつみ〕と同様、自分の意志とは関係なく、よどみない動作で体が動き始める。

 月をなぞるように、グリムレコードがゆっくりと持ち上げられてゆく。


 「――薄暮はくぼを迎え、幕はくだる。栄華の残骸、鉛の曇天どんてん、惨劇の縷述るじゅつ――」


 右腕一本。

 苦も無く、グリムレコードは頭上に高々と掲げられた。


 「――開闢かいびゃくに、亡失を刻め――」


 スッと空間を切り裂くように一筋の線が走る。切っ先はぶれることなく、地面すれすれに静止した。


 世界には何の変化も訪れず、平和な風景が広がるのみ。


 しかし、そんな静寂がこの地の最期。世界が安堵したのを嘲笑うかのように、暴威はやって来る。呪いを携えながら。




 

 「――〔忌みの断痕カース〕」




 冷徹な視線で地平線を臨み、ぽつりと呟いた。


 そうして、海に亀裂。

 小さなほころび。けれど確かな、|《い》みの侵略。

 数多の呪いの浸食は早い。一度刻まれた亀裂は、広がることしか許されない。


 直後、重い爆音が地に響き、青い飛沫しぶきが荒れ狂った。紙にペンを走らせたかのようにいとも容易たやすく、彼方かなたの遠方まで道が切り開かれる。


 海は割れ、その断面はいびつに歪んでいた。



 「…………すっげぇー!」


 唖然。次いで、興奮のあまり身が震えた。




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