第4章 勇者の休養
第44話 恋愛経験に乏しい男が近しい間柄でもない子供と一対一で向かいあうのには少々無理がある。
「失礼します」
「あっ、はい。どうぞ」
ノックの後に続いて丁寧な所作で現れたるは、セリーナさん。
「昼食をお持ちしました」
「…………」
「あの、どうかなさいましたか……?」
「あ、ああいやいや、なんでもありません、はい。わざわざありがとうございます」
「ふふっ――あっ、いえ、それが仕事ですので」
「はい、お願いします」
セリーナさんは配膳台を押して部屋に入ってきた。
思わずじっくり見惚れてしまったぞ。
なにやら服がグレードアップしておる。スカートふんわり、シャツにも意匠が。そんでもってホワイトブリム。
妄想のなかのメイド像そのままなメイドさんがここにいる。
すごいぞ! すごいぞ異世界!
セリーナさんは流れるような、とまではいかない若干覚束ない手際でテーブルを整えていく。
そしてこの漂ってくる香り。
もしや、以前プレゼントした香水ではなかろうか。
使ってくれているらしい。身に纏ってくれているらしい。
なんということだ。嬉しい。
気を遣わせちゃってるのかもしれないけど、何にしたって嬉しいものだ。
なんていい子なのだろう。
セリーナさんがこちらに背を向けている間、視姦タイムである。
ことりことりとセリーナさんが食器を置く小さな音に紛れて、時折メイド服の衣擦れの音が聞こえる。
昼下がり。静かな空間。二人きり。衣擦れの音。
たまらん。
服の下を覗き見るスキルはなかったものか。創った、創ったような気がするぞ! だが手持ちにはない。
くっ。
「あの、どうかなさいましたか?」
セリーナさんがこちらを振り向く。そのポーズ、グッド。
「ああいえ、ただ外を眺めていただけです」
「そうですか。……その、腕のほうはどうですか? お痛みはありませんか?」
「まあ、順調に落ち着いてきてはいます」
「それはよかったです」
「ええ。マリアさんのおかげです」
いくら治癒師といえども欠損部位を生やすことは極々一部の者にしかできない芸当であるらしかったが、痛みはかなり引いて思える。
金髪ママの癒し効果、恐るべし。
ベッドから上体を起こし、書見台を用いて大判の本を右手でぺらぺらり。
なかなか様になっているだろう、とセリーナさんを意識してのカッコいいムーヴである。
「それでは、何かありましたらお呼びください」
「はい。ありがとうございます」
カッコいいムーヴには無関心。それよりも他のことが気になる模様。致し方なし。
我がメイドさんは楚々とお辞儀して、部屋を去っていく。
…………残り香を嗅ぐ。リラクゼーションである。
そして、我がメイドさん。ここに注目。
美幼女救出の功とやらで、どうやらおっさんの扱いがグレードアップするようなのであるが、それに伴い、セリーナさんも専属メイドに昇格、ということらしい。
美幼女救出のごたごたがあってから数日。
なにやら褒賞なんかももらえるみたいなのだが、それは体調が落ち着いた時に改めて場を設けるとのことで、いまは休養中。
まあ、セリーナさんが専属メイドになったというだけで、自分にとってはかなりのご褒美なのであるが。
にしても、専属メイド。専属メイドである。
この響きたるや。
エロい。エロスな妄想が
自然、息子がピクリと反応を示す。
騎士となり訓練漬けの毎日を送っていたときは疲労でそれどころではなかったのだが、まるっと時間ができるようになった途端、ムラっとくることが多くなった。
ここ数年はそういった欲も衰えてきたように思えていたが、そうでもないらしい。
異世界美女効果だろうか。あるいは、訓練により多少なりとも体が鍛えられたことによる影響もあるのかもしれない。男性ホルモンの高まりを感じる。男としては嬉しい限りだ。
しかし、いくらでもティッシュを使える環境にないというのは不便なものである。一体、この世の男性はどうやって己と向き合っているのだろう。最近渦巻いてやまない疑問である。
そしていま最大の疑問。
右腕を息子へ伸ばすわけにはいかない
「……あの、リティア様、どうしてここにおられるのですか…………?」
「…………」
本から意識を移してのお尋ね。しかし部屋に入ってすぐのところ、扉の横に立つ美幼女は相変わらずの無口モード。
それどころか、自分が視線を向けた瞬間、ぴくっと怯えたように目を伏せてしまった。
自分ってそんな威圧的な顔してたっけ!?
この反応にはちょいビビる。なにせ雇い主の娘さんである。こんなとこを誰かに見られでもしたらせっかく急騰した株が暴落してしまう。
てか何故に美幼女ひとりなのだ。いくら自宅とはいえ広い屋敷内を勝手にうろちょろさせてもいいのか? 危なくないのか? まして事件のこともあるし……。
普段ならばルイスが側にいるはずである。またルイスか? またルイスなのか? また目を離しちゃったのか?
とか
「あ、あの、お一人で出歩いてても大丈夫なんですか?」
このままじゃあどうにもならないので、無難に訊いてみる。自己保身のためというのもある。
どうか、「だいじょうぶ、もんだいない」と、そう言ってくれ。
「…………」
しかし美幼女は微動だにしない。いや、よく見るとなんかもじもじしてるか?
お供に連れてきた熊のぬいぐるみの手をいじいじとしている。
自分からこの部屋に入って来たというに、なんなのだこの子は、なにがしたいのだ?
わざわざこんなおっさんの部屋に来たのだ。なにか用があるとは思うのだが……。
いや、待てよ。もしや、もしやそういうことなのか……。
思い出されるのは美幼女救出後、宿への道すがらのときのことである。
やんごとなき美幼女様のお手を握って腕をぶんぶんした。SPごっこをした。
あれらがお気に召さなかったのか……?
たしかにあの時は我を忘れていた感が多少ありはした、ありはしたが、まさか、それで首ちょんぱなんて話にはならないよね……?
てか先日ナイスガイから恩人と言われたばかりであるし。万が一にもそんなことにはならないとは思うのだが……。思うのだが、億が一にはあり得るかもしれない…………。
そう考えれば、ここに来てからというもの何事も喋らずじっとしている美幼女の姿も、気を害しておられるからだと結びつけることができる。できてしまう……。
オウノウ。
このままではマズイっ、なんとかご機嫌取り、というか盛り上がる会話をしなければっ。
「そ、その熊さん、かわいいですねぇ」
や、やべえ、なんか気持ち悪い感じになっちゃった! 熊さんとか初めて言ったよ! 緊張から口が軽く
先日の奴らより誘拐犯っぽくて自分が怖いんだがっ。だが、なんとしても会話の糸口を探すのだ!
「……くまさん、じゃない…………」
よ、よし! 返答がきた! てか熊じゃないんかいっ。どう見ても熊じゃん!
「…………リリー」
な、なるほど……。名前、名前ってことだよな……?
「へえ、かわいいですね」
そう返すと、美幼女はちらと一瞬だけこちらに視線を上げると、にまにまと嬉しそうに頬を緩めながら続けて口を開いた。
「うん……、おとうさんがくれたの」
リリーの手が先ほどよりも強くにじにじされている。かわいい。
が、そこで会話は途切れた。
…………。…………。
くっそーっ! どうすればいいんだ!? 親戚でもない子どもと何を話せばいいってんだ!
傍で見ている分にはいいのだが、これはけっこうキツイぞ……。
てか美幼女立ったままだぞ。ここに来てからけっこう経ってるぞ。これ大丈夫なのか? 今さらながら、これはマズいのでは……。
「お座りになられてはいかかですか?」
なんだこれっ。これ敬語になってんのか? あの女将さんのようにはなれそうもない。でもどうやら、そこまで怒ってるわけではないっぽい? それだけが幸いだ。
「……たきたが、そう言うなら」
言って、美幼女がこちらが指し示したベッドサイドテーブルの椅子に腰かけようとする。
しかし見てから気がついたのだが、美幼女が座るにしては椅子の脚が高すぎるらしい。だいぶ苦戦しておられる。そしてなぜだがリリーは手放さずにいるもんだから、危なっかしくて仕方ない。
これで怪我でもさせてしまったら完全に有罪である。
「……ちょっと失礼してもよろしいですか?」
一言断りをいれ、美幼女の頷きをしっかりと確認したのち、彼女の脇の下に手を入れ持ち上げる。
おっ、意外と重いのな。いや、華奢なレディに失礼か。よゆーよゆーと思い中腰で持ち上げた自分が悪い、とか自省しながらも無事、椅子へオン。
美幼女はこちらの失礼な内心が漏れ聞こえてでもいるのか、恥ずかしげに顔を伏せた。
我ながら犯罪臭漂っておる…………。
さてまあしかし、椅子に乗っけたはいいものの、どうするよ? 話のネタなんてもうないぞ?
「あ、食べます?」
「……いい」
「そうですか…………」
話のネタなんてもうないぞ?
正直なとこ、けっこう気まずいのでお帰り願いたい。それも腕のことを口実にすれば聞き入れてもらえそうである。
「実はまだ体調がすぐれませんで」とかなんとか。
しかし、こうして椅子をすすめた手前、そんなことを口にするのは
座らせた途端に「じゃあ帰ってください」では「わたしなんのために座らせられたの?」ってなること必至。それはあまりにも馬鹿らしすぎる。
は? となること請け合いだろう。そこに怒りマークなど付随していようものなら、自分の首に王手がかかるも同然である。
……美幼女の不興を買うことだけは避けねばなるまいて。
なんとなく期待が込められている感じのする美幼女の瞳と視線を交わしながら、じわりじわりと汗を滲ませること数秒。
そういやこの場にうってつけのものあったじゃん、と光明を見出した。
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