第43話 意地という名の世間体を守るための我慢が社会を生きてゆくのに必要であるという事実は勇者になっても変わらない。



 宿までの道中、特になにを話すでもなく二人して黙々と歩く。


 美幼女との手つなぎに、内心ドキドキである。

 幼女らしい高めの体温が伝わり、胸キュン必至。美幼女の方からしっかり手を握ってきてくれているというのもかなり嬉しい。


 血縁関係にない幼女にウキウキさせられているおっさん。

 なかなかキモい図式である。


 が、誰が見ているわけでもあるまい、気にすまい。

 鼻歌なんて歌いながら腕を大きく振ってみちゃう。


 当然美幼女の腕もつられて、ぶんぶんぶん。

 はっと我に返り美幼女の顔を見やれば、キョトン顔。


 自重した。


 しかしやはり、片腕欠損は体力的にかなりくる。どうしても歩みが遅くなる。振動が思いのほか響くのだ。

 なんやかんや冷や汗もダラダラである。


 そんなおっさんの様子をみては、美幼女はちらちら視線をよこしてのご機嫌うかがい。

 言葉に発さないまでも、「だいじょうぶ?」ってな感じ。

 

 これには感動。

 言葉はないながらも、先日より求めてやまなかった美幼女からのコミュニケーションである。


 おっさんがこれに奮起しないはずなかろうて。

 

 辺りは暗闇に包まれている。が、ナビゲーションは割と得意である。

 唯一の特技と言っていいかもしれない。自慢じゃないが、生まれてこの方、道に迷ったことがないのである。


 そしてSPさながらのエスコート。四方八方死角なし、ってな具合である。わからんけど。


 そんなこんな、ようやっと宿が見えてきた。

 樹齢ウン百年の大樹が目印。暗闇のなかにあっては、ものっそいアレが出てきそうな雰囲気。


 そんなこちらの内心を見透かしたかのように、宿から猛スピードでやってくるナニカ。


 先ほどの想像と相まっては、びくりと怖気が走る。

 真夜中に全力疾走する人なんてただでさえ怖いというに、自分はホラー苦手なタイプである。夏になる度に流れてくるホラー映画の予告に「ぎゃっ」となっちゃう感じである。

 

 そんなおっさんであるからして、くいくいとこちらの手を引っ張る美幼女をよそに、その場で停止。テコでも動かない所存。


 次いでこちらの手をほどこうとする美幼女の手をしっかと握る。

 「大丈夫、おっさんが守ってあげるからね」を装いつつも、相手が幽霊とあれば内心美幼女に頼りきり。


 動かざること山の如し。違うか。


 手汗がにじむ。美幼女の眉根が寄る。

 知ったこっちゃない。エマージェンシーエマージェンシーであるからして。


 いよいよ迫るナニカ。


 「ひえっ」


 思わず悲鳴を洩らしては口を抑えること雷霆らいていのごとし。

 ほんのちょっとだけ美幼女を盾にしての一歩後退である。我ながら情けなさにもビビっちゃう。


 脈が速くなる。

 月明かりの下、ナニカが疾駆してくる。


 自分なりの迎撃の構え。美幼女よりも若干後ろの立ち位置。

 ほわちょー。ジャッキーさんの出番である。


 が、目を凝らしてみると……、なんだなんだ、足があるではないか。重量物がわさわさと揺れているではないか。


 ふぅ。


 なんのことはない、その正体はナイスバディな奥さんであった。

 にしても、足早いな。学生の頃はポニーに結ってトラックを走っていた口かな?

 

 そんなおっさんの妄想もお構いなし。そわそわしながらずっと待機していたのだろう、奥さんは勢い減じず目の前までやって来ると同時に急制動。美幼女をぎゅうっと抱きしめた。


 何かの間違いでついでにおっさんも抱きしめられないかと思っていたが、さすがにそうはいかないらしい。残念至極。

 

 ただまあ、これはこれで眼福だ。

 美幼女をぎゅうっと抱きしめている都合上、ナイスバディのナイスな部分がふにゅんと潰れてひじょーにけしからんことになっているのである。


 今のうち今のうち。パシャリ、脳内保存完了。


 ともあれ、ミッションコンプリートだろうか。


 美幼女の無事を確認し終えた奥さんが涙まじりに「よかった、よかった」と言っている光景をうんうん頷きながら眺める。


 しかしそんな神々しい光景に水を差す密やかな騒がしさが耳に聞こえてきた。


 こちらに近づいてきているようだ。

 なんだなんだ。

 

 と思っていたら、ルイスやロニーたちであった。

 戻ってきたようだ。皆々、焦燥を浮かべている模様。


 それをドヤ顔で出迎える。

 これぐらいの態度は許されるであろう。それほどの成果を上げたはずだ。


 「リティア様! ご無事でよかった! ……申し訳ありませんでした」


 ルイスは安堵を浮かべ駆け寄ると、その直後には自身の不甲斐なさに歯噛みするように顔を伏せた。


 「とりあえずは無事も確認できたし、いいのよ」


 奥さんがやさしく声をかけると、ルイスはそれにつられて顔を上げた。そんで自分と目が合う。


 碧眼ってのは闇のなかでも綺麗に映るもんなのかね。

 どこまでも美形なルイスと顔を合わせて浮かぶはそんな感想ばかり。


 「タキタさん、ありがとうございました…………、って、その腕……」


 「……ああ、まあ、これは……」


 どう返せばよいものやら分からずお決まりの愛想笑いをしようとしたら、奥さんも気づいたらしい。

 「大変っ!」なんて声を張り上げるものだから、けっこうびっくりした。


 「ああ大丈夫ですよ、大丈夫」


 なんて再度愛想笑いを浮かべて言ってはみるけれども、意識に上った痛みはなかなかのもので、さすがに誤魔化せそうもない。 


 やせ我慢も限界っぽい。

 いてぇ、マジいてぇ。くそくそくそくそくそ。いってえんだよくそ。 


 当たり散らしたい。わめき散らしたい。泣き喚きたい。

 しかし世間体がそれをなだめようとする。くそが。そんなもんクソくらえだ糞。


 宥められた。


 「なにがあった!?」


 新たにやって来た誰かが詰め寄ってくる。


 誰だ……? ナイスガイっぽい。彼も捜索にあたっていたのか。

 

 どうも視界がぼやける。だいぶガタがきているらしい。

 

 「ちょっと、それよりも治療を先にしないと」


 奥さんのナイスフォロー。


 だがまあ一応、ここで事のあらましだけでも伝えておくべきだろう。


 気絶した奴らがいつ起きるかわからない。いろいろと事情を訊く必要があるはずだ。

 そいつらを確保するためにルイスたちにはもうひと働きしてもらわなくては。


 てことで、ここに至るまでに何があったかをざっくりと説明。

 ナイスガイに変な先入観を持たせるのもよろしくないだろうと思い、賊に対して感じた違和といった主観的意見は排し、客観的事実のみを伝えるに徹した。


 最低限の報告は終了。

 

 やっべ……。体が熱いダルい重い…………。


 賊の回収のため皆々が迅速に行動を取り始める。

 やっぱ警備がザルだったわけじゃないと思うんだよなあ。


 「タ25-ほjvm@c、q-@た」


 え、なんだって? ナイスガイがなんか言ってるがなんて言ってるのかよくわからない。


 あ、やばい。意識が遠のく……。


 自分は早上がりさせてもらいます。

 バッテリーがもたん。おっさんには充電が必要であるからして…………。






*****






 意識が戻り、最初に目にしたのは金髪ママのご尊顔であった。めちゃ近い。さすがの距離感である。


 キスかな? もう一度目を瞑っていいかな?

 天国かな? 天に召されてしまったのかな?


 「ああタキタさん、よかった!」


 「……ここは、天国ですか?」


 「ふふふ。違いますよ、侯爵邸の治癒室ですよ」


 違うらしい。現実らしい。

 そうですか。現実もなかなかいきなことをしてくれるではないですか。


 「とりあえず、皆さんを呼んできますね」


 そしてやって来たのは、ナイスガイと奥さん。二人の後ろに隠れるようにして美幼女。その側にルイス。


 「具合はどうだ?」


 ナイスガイに訊かれ、そこで初めて体を起こしてみる。

 なんか、思いのほか頭がすっきりしている。


 「ええと、けっこうよさそうです」


 「そうか、それは良かった」


 ぉお。


 初めてではないのか?

 ナイスガイがこちらを安心させる『そうか』を発するのは。


 まあそれはいいとして。

 それからの話によると、自分が気を失ったあと、宿をすぐさま出発したらしい。侯爵邸に着いたのが早朝。

 今は夜で、まだ日をまたいではいないという。


 1ヶ月も眠りっぱなしでしたよッ! みたいな展開になってたらどうしようとか思っていたのだが、そんな心配は杞憂に終わったようである。

 なんならそうだと嬉しいなみたいなとこもあったのだが……。


 みんなによってたかって心配される気分というのを味わってもみたかったなあとかなんとか、友達もいないではなかったが独身を貫き現代社会特有の孤独と闘っていたおっさんとしては積極的に同情を買っていきたいところなのである。


 家ある子的には、お金払うから同情してくれ、てな具合である。

 まあ、そんなことどうでもいい話だ。ロンリーなおっさんに需要はないだろう。


 さて、頭を切り替えていこう。


 「ところで、私はこれからどうなるのでしょう……?」


 少し怖いが疑問をぶつけてみる。

 美幼女救出が成ったとはいえ、自分は左腕を失った。自分の扱いがどうなるのかは訊いておきたいところだ。


 この世界、時代感的に労災などというような制度が整っているとは思えない。

 あまり考えたくはないが、騎士としての職務が全うできないのであれば解雇だ、となる可能性も十分あり得る。そうなれば、この先の身の振り方を決める必要が出てくる。


 まあ冒険者ぐらいしか当てはないのであるが……。その辺も含めて情報収集をしなればならないだろう。


 などと思考を巡らしていると、ナイスガイは……いや、奥さんやルイスまでもが真面目な顔つきになっていた。

 若干気おされていると、その場を代表するようにしてナイスガイが口を開いた。


 「心配する必要はない。タキタはリティアの命を救ってくれた恩人だ。決して不義理な真似はしない。後のことは気にしなくていい。今はとにかく、ゆっくり休んでくれ」


 ……まあ、休んでいいというのであれば大歓迎である。どうなるにせよ、情報収集が必要であることには変わりない。


 しかし、大貴族がこんなに頭を下げることなんてあるのだろうか。てか下げていいのだろうか。

 驚きの表情を浮かべるマリアさんの様子を見るに、尋常ならざる事態であるというのはわかるのだが……。


 社会的強者にここまでされると引いてしまうのがおっさんである。

 逆になにか裏があるのではないかと勘繰ってしまう。


 いや、卑屈になり過ぎか?

 愛娘の命を救ったとあれば常でない過剰な反応をしてもおかしくはない気もする。


 まあ、なんでもいいか。

 甘えられるというのであれば、できる限り甘えさせてもらうとしよう。


 とかなんとか思っている間にも、美幼女は両親に隠れる形でちらちらと顔を覗かせている。


 なんですかそれ。かわいい。


 「ほら、リティアも」


 奥さんに促される形で、美幼女が奥さんのスカートをつまみながら半身を覗かせた。


 「……ありがとっ」


 言って、また身を引っ込める美幼女。


 ……はあ。もだえさせるつもりか。これじゃあキュン死してしまうぞ。


 「また落ち着いたときに褒賞の場を設けようと思う。タキタ、今回は本当にありがとう」


 「え、あ、はい。ありがとうございます」


 一度頷き、ナイスガイは踵を返した。続くようにして皆も去っていった。

 

 兎にも角にも、悪いことにはならなそうである。よかったよかった。





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