第45話 同郷の者かもしれない者に想いを馳せるノルタルジー。


 「あの……、リティア様はこのお話、ご存じでしょうか?」


 言って、書見台に乗せていた本を手に取って見せる。


 邸内の図書室から拝借したものである。

 もちろん許可はとってある。


 美幼女救出後の変化というのは、屋敷内の広い部屋に移されたり、セリーナさんが専属メイドになったりしただけではない。邸内を割と自由に歩き回ることが許されたのだ。


 そうして息抜きがてらうろついているときに図書室を発見。

 訊いてみるに、一部の使用人にだけ使用許可が出ている場所であるとのことだったが、こちらは今のうちにこれまでできなかった情報収集をしておきたいところ。


 んで、そういった話がナイスガイの耳にも届いたらしく、この度自分にもその使用許可が下りたというわけである。


 そして手始めに取ったのがこれ。

 断じてカッコいいムーヴをするためだけに頁を開いていたわけではないのである。


 そう、しっかり情報収集をしているのである。カッコつけているだけではないのがおっさんなのである。


 といっても、この本は挿絵つき、というか挿絵が本体の、つまりは絵本なわけであるが。


 まあ、美幼女と相対している現状においては絵本が最適であろう。


 「……うん。まおうをたおすえいゆうのおはなし」


 とは、先のおっさんの質問に対する返答。


 おお、知っているらしい。けっこう有名なのだろうか。

 いや、美幼女は大貴族のご令嬢だ。彼女が詳しいだけという可能性も無きにしもあらず。

 

 というわけでお尋ねである。


 「これは有名なお話なのでしょうか?」


 すると美幼女は不思議そうに小首をかしげたのち、


 「うん、みんなしってる」


 と言った。


 みんなしってるとな? 

 

 みんなの範囲がよく分からんが、返答前の小首かしげから察するに割と広そう。

 もしかしたら世界的に有名、みたいなことであるのかもしれない。

 

 いや、時代感的に世界中で知れ渡っているなどということがあるのだろうか? 


 う~ん、情報伝達の歴史だとか、そういった知識があるわけでもないため、地球の歴史と照らし合わせてみることもできそうにないなあ。


 ない頭をひねっていると、美幼女が口を開いた。

 

 「よんでくれるの……?」


 ……ええっと、そうきたか。

 いや、話の流れからすれば必然といえよう。話題を振ったくせにどう転がすかはまったく考えていなかったため、渡りに舟ともいえる。乗ってしまおう。


 「私でよろしければ」


 「うんっ、よんで!」


 おおぅ、美幼女急に元気になったな。

 かなりワクワクしている模様。


 けっこうお気に入りの話とか、そういう感じなのかしらん?

 であれば、おっさんも恥ずかしさを投げ捨てる覚悟。


 美幼女の隣に座り直し、絵本を広げる。


 「では、僭越せんえつながら――」


 美幼女相手に人生初の読み聞かせ。

 複数の役を演じるのに声を変えるのはけっこうシンドいもので、喉を変に震わせること幾数回。


 熱心に聞き入ってくれている美幼女の神対応に安堵しつつ、物語の内容を頭のなかで反芻はんすうしてみた。



 話の筋はいたってシンプル。

 人類が魔族という邪悪なる存在の脅威にさらされる。勇敢にも強大な魔族たちに立ち向かう者たちが現れる。その者たちによって魔族たちは倒される。そして最後は魔族を従える魔王との最終決戦。見事、人類が勝利を収める。魔王を打ち倒し、【英雄】が誕生する。


 と、……まあどこにでもありそうなお決まりのものだ。


 あまりにも単調で、はっきり言ってつまらない。

 小説に漫画にゲームに映画。その他ありとあらゆるエンターテイメントにも物語性が付与されていた地球人としてはそこまで楽しめるようなものではない。

 

 そも絵本であるからして、子供でも話が追えるようにつくられているというのもあるだろう。

 この世界の識字率がどれほどのものかは知らないが、この本であれば絵を見るだけで大体の話が追えるようになってる。


 もしそれを意図したものであるというのならば、むしろ、話を単調にせざるを得なかったというこのなのかもしれない。


 そんな、大の大人が楽しめるような代物でない物語を二度三度と読んでいるのには、もちろん理由がある。

 ひじょ〜に気にかかる点があるからである。 


 それは、この物語の主役――英雄として登場する人物――の名。


 

 美男子として描かれている男。彼の名を、スサノオという。

 

 

 …………覚えがありすぎる。

 物語の内容自体は、あまりに出来すぎていて、単なる作り話のように思える。


 しかしこの名前……。

 

 さらにそのスサノオの使う武器が、天羽々斬アメノハバキリ天叢雲剣アメノムラクモノツルギときた。

 

 神話のまんまである。中二病患者としてめちゃくちゃシンパシーを感じる。


 こうなっては、もしやこのスサノオとやらが自分と同じ転移者だったのでは、と疑うのも自然なことであろう。


 けれどスサノオと自分との相違点があるのも事実。

 

 その最たるものが、この物語冒頭のシーンである。

 このお話のはじまりは玉座の間で行われているのだ。おっさんは白昼堂々ほぼ真っ裸で放り出されたというに……。


 よもや、召喚側で何らかのアクシデントでもあったのだろうか。

 あるいは、スサノオが本当に転移者であったとしても、事実としてはおっさんと同じように放任スタートであったんだけれども、物語としての箔をつけるために華々しい召喚シーンが描かれた、といった感じであるのかもしれない。


 まあ何にしても、だ。

 これは自身の英雄ルートに光が差したといっても過言ではないんじゃないだろうか。


 勇敢なる者として召喚され、魔を倒し、英雄となる。サイコーじゃん。



 「――こうして、人々の窮地を救ったスサノオは【英雄】となったのでした。おしまい」


 今後の栄光に胸を高鳴らせながら本を閉じたとき、まるでそれを見計らっていたかのように扉がノックされた。


 「はい」


 セリーナさんだろうか? なにか用事があったかな?

 と思ったのだが、「失礼します」という声の響きは美しいテノール。


 「ここにいらしたのですね」


 「あっ、ルイス!」


 美幼女は聞き慣れているのだろう声に気づき本から顔を上げると、タっと椅子から飛び降りて金髪美青年の元に駆け寄っていった。


 …………。


 オー・マイ・ゴッド!


 一瞬にして美幼女が奪われたよ。略奪だよ。誘拐だよ。せっかくいい感じだったのに!


 誰か早く来てー、美幼女引き取ってーと思っていたような気がしないでもないけど、今それは違うだろうっ!


 なんでそんなルイスとベタベタしてるのさ。ぎゅっと抱きしめちゃってるのさ。泣くぞ、泣いてやるぞ。


 「何をしてらしたのですか?」


 ルイスの問いにとがめる調子を感じ取ってしまうのは自身の心が汚れているからだろうか。いつかのまっさらな心を取り戻したい。


 「おはなし、よんでくれたの」


 「お話、ですか?」


 「ああええっと、これです」


 と本を掲げて見せれば、「ああ、英雄のお話ですね」とルイスが得心いったように言う。


 やはりと言うべきか、ルイスも知っているらしい。

 「登場人物のひとりがクロム様に似ていると、リティア様のお気に入りの話なんです」と追加情報までくれる。


 「へえ、そんなんですねぇ」


 美幼女は照れたようにルイスの腹に顔をうずめた。

 

 「ちなみに、それはどの人なんですか?」


 訊いてみると、美幼女は本を開いてその人物を指さしてくれた。


 「ふんふん、へえ、たしかに似てますねえ」


 と、とりあえず返しておいて、その人物の絵をよく見てみる。


 強大な魔族のひとりを倒した雷魔法の使い手である。

 

 似ているとは、容姿のことだろうか?

 どうなのだろう……。まあ似ているのかもしれない。


 正直、写実的というわけでもなければそんなに達者な絵というわけでもないため、判断に困るところだ。

 ただまあ、物語の中心人物であるからしてナイスなガイであることは間違いないだろう。ということは、やはり似ているということか……。


 でもそうか、この物語がノンフィクションであると仮定した場合、このナイスガイ似の人物はこの家の先祖という可能性があるわけだ。ただの他人の空似かもしれないけど。


 ということで、気になるのでそれとなく言ってみる。


 「先祖の方はすごかったんですねえ」


 「あはははっ。リティア様にそんなこと吹き込まないでくださいよ。これは御伽噺なんですから」


 あら? 最初の仮定が崩れてしまった。

 てことはこの物語はフィクション? スサノオも単なる偶然の一致ということ?


 武器名のこともあるし、そんな偶然…………、とも思うのだが、実話であったのならルイスのこの反応はおかしい。


 人類VS魔族、世界規模の戦争だ。

 これが実話だったとしてルイスがその歴史を知らないとは考えにくい。


 やはり創作、つくり話…………。

 英雄ルートわいっ!? 結局じゃあなんで自分は召喚されたんだよ……。


 う~ん、いい手がかりになると思ったんだけどなあ。


 「それではそろそろ行きましょうか」


 「うん」


 ルイスが美幼女を連れ立って外に出る。


 「失礼しました」


 「……えほん、ありがと」

 

 「いえいえ」


 パタリ、と静かに扉が閉められる。


 

 なーんか、どっと疲れた感じがするよ。


 すっかり冷めてしまったスープをひとすすり。


 あ、うまい。


 ――コンコン。


 えっ? 今日は来客が多い。


 「はーい」


 疲労に流されるまま、思わず間延びした声が出てしまった。


 部屋に入って来たのは、牢屋以来だろうか、あのセバスであった。

 白髪白髭の老紳士。ザ・フォーマルな感じの引き締まった立ち居振る舞いにちょいと慌てる。


 疲労をなかったことにして、努めて表情を取り繕う。

 

 「あっと、セバスさん。なにかご用でしょうか?」


 「セバス? わたくしはセルバロスですが」


 ありゃりゃ、マズった。んもー、なんでこうなるかね。


 


 

 

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