第46話 いくら醜態をさらされようとも専属メイドさんとのひと時には絶対的な癒し効果がある。……あると信じたい。



 てか、セルバロスて。

 ほぼセバスじゃん! お隣さんみたいなもんじゃん! もはや奇跡的一致じゃん!


 とかツッコんではいけないのだろうか。いけないのだろうな……。

 なので、気まずい沈黙のなかシュンとして見せる。


 「……すみません」


 「いえ。それより体調のほどは如何いかがですか?」


 「ええ、おかげさまで順調です」


 「痛みはありますか?」


 「いえ、特に問題はないです」


 「それはよかった。でしたらこの後に褒賞の場をお渡ししますので」


 「この後ですか……?」


 「はい。お食事もまだのようですし、二時間後にしましょう」


 急すぎんっ!?

 

 「そんなに心配なさる必要はありません。体にさわらぬよう簡易的なもので済ます形になりますので」


 「……なるほど」


 「服は騎士服を着ていただければ問題ありません。では二時間後にお迎えに上がります」


 セバスが退出するのと入れ替わりにセリーナさんが入ってきた。近くに控えていたのだろうか?


 「身だしなみを整えさせていただきます」


 なるほど、専属メイドとはそんなこともしてくれるのか。と感無量なのであるが、これまた犯罪臭がすさまじい。

 ズボンを脱いでパンツを見せるような間柄でもないだろう。

 

 「えーっと、とりあえず着替えが終わるまで外で待っていてもらえますか? 終わったら呼びますので」


 「あっ、はい!」


 セリーナさんは事情を呑み込み、慌てた感じで出ていく。


 あまり待たせるのも悪いと思い、ささっと上下着替える。ややこしい服ではないので、一分で完了。


 「どうぞ」


 扉から顔を出してセリーナさんをお呼びする。


 「えっ、もうですか…………?」


 セリーナさんは若干戸惑いがちに、そして形のいい眉を寄せどこか不審げに言った。


 もしや、「げへへっ、実は下はまだ履いてませんでした~」的変態行為に及んでいるとでも思っているんじゃなかろうかとちょっと悲しくなる。


 自分はそんなおっさんに見えますか? そんなヤヴァい感じのオーラが出ちゃってますか? と。


 まあそれが許容される場においてはしちゃうかもだけど。寧ろ積極的に仕掛けていきたいとまで思うけども。

 ここで致してしまうような愚は犯しませんとも、ええ。

 

 ということでしっかり全身を見せてセリーナさんをお招きした。

 

 しかし何をしてもらえばいいんだろうか。

 そう思っていると、少々ばつが悪そうな顔をしたセリーナさんが「では、髪を整えさせていただきますのでこちらに座ってください」と言うので、そのようにした。


 さて、化粧台というのだろうか、鏡の前に座り直視させられるのは当然のごとく自身の顔である。

 

 この世界に来る前よりかは引き締まって見えるが、そうはいっても立派なおっさんの顔。

 おまけに幼少の頃より跳ねっけのある毛束が今日も今日とて元気に跳ね回り、これで美幼女らと接していたのかと考えると恐ろしくなった。

 

 休養中とはいえ気を抜き過ぎたかもしれない。一人暮らしとは勝手が違うのだ。

 今後は気をつけようと心に決めた。


 「では」と緊張の面持ちでセリーナさんがワックスっぽいものをぺとりと手に取り、それがおっさんの髪に揉みこまれる。


 その手つきは「次はどうしようかなあ……」とその場で考えているような不穏なもので、セリーナさんの挙動不審さに雲行きが怪しくなったのを悟った。


 そして次の瞬間、「えいやっ」と心の声が聞こえてきそうな思い切りのよさで、前髪がぎゅいんと持ち上げられる。

 

 堂々のオールバックである。

 禿はげが気になるおっさんとしてはなかなかにひどい光景。


 その醜態しゅうたいに気がついたのか、背後から「ひゃっ」と悲鳴のようなものが聞こえた。が、気のせいだったのだろう。


 セリーナさんはすでに覚悟を決めた様子で、ものすごい熱量で固めにきていた。

 

 ワックスを継ぎ足し継ぎ足し、両手が前から後ろへ、前から後ろへと執拗しつように動かされる。

 しまいにはぎゅうぅっと髪を押さえつけられた。


 鏡越しに見えるセリーナさんは、おっさんの頭部を圧迫しながら必死に祈りを伝えるみたいに強く目をつむっていた。

 

 君がやっちゃダメでしょう…………。

 

 そして悲しいかな、その答えはすでに出ているのであった。

 ……これは、あかんやつや…………、と。


 セリーナさんがこわごわと両手を離す、と同時にまぶたをあける。


 あれだけお転婆だった跳ねっ毛ちゃんも、軍曹が如くガチガチに固定されている。もう簡単に戻すことはできないだろう。


 鏡越しセリーナさんと視線が合い、沈黙が流れる。

 セリーナさんの脇汗の染みが見える。


 だくだくと汗を流すセリーナさんが何かを言う前に、


 「ありがとうございます」


 自分でもおどろくほど穏やかな声が出た。


 そう、悪いのは自分なのだ。

 これがロニーなんかであれば、カッコよく決まっていたに違いない。


 モンゴロイドルックな上に禿げてる自分が悪い。

 勝手の違いが生んだ悲劇に過ぎないのだ。すべての責任は自分にある。


 そもそも、綺麗な女性に強めにがしごしヘッドスパされるなんて、そうそうない話である。かわいい歯科衛生士さんにフロスされるときと同じようなもんで、ご褒美である。


 こんなことをしてくれる専属メイドさんがいる時点で役得なのである。

 

 悟りきったおっさんの微笑みにおののいたように、


 「えっ!? ひゃい! ……いや、でも…………その…………」


 とセリーナさんはキレイ系のイメージを一切合切投げ捨ててしまうほど分かりやすく狼狽うろたえた。


 「どうかしましたか?」


 「あっ、いえ、はいっ、その、……はいっ、ありがとうございますッ……!」


 セリーナさんは脱兎のごとく退出した。





*****




 

 それから、なかば放心状態でぼーっとしていると、きっかり二時間後、セバスが再びやって来た。


 「おや……ふむ、なるほど…………。なかなか決まっていますね」


 入ってきて早々、決まっていないこと確定な反応をされたが、さすが大人な対応である。とりあえずのところ問題はないのか、スルーされた。


 変にツッコまれてもシンドイだけなので有難い。

 

 「ところで、ノブがべたついていたのですが、何かご存じですか……?」


 「……ああ、そういえば…………。整髪料だと思います……」


 セリーナさん、べとべとの手のまま出てっちゃったんだなあ。

 なんだかしみじみと、うっかりメイドさん具合が浮き彫りになってきている。


 「なるほど……わかりました」


 セバスは事情を察したようで、化粧台にある脂とり紙で内と外両方のノブを拭いた。


 「すみません…………」


 「いえ、タキタさんはお気になさらず。では参りましょう。ついてきてください」


 と言うので、セバスの後に続いて部屋を出た。


 よどみなく歩くセバスに遅れないように、気持ち早足で歩く。

 

 慌てて準備したはいいものの、なんか不安になってきた。

 髪型大丈夫かなとか髪型大丈夫かなとか、そういういろんな悩みである。

 

 ……って、あれ? こういう褒賞の場とかって、儀礼的ないろいろが、作法があるんじゃないの? 


 事ここに至り、髪型以外の心配事がなだれ込んできた。もう勘弁してもらいたい。


 「その、立ち居振る舞いとか何も知らないんですが……、そこは大丈夫なんでしょうか…………?」


 セバスの背に向けておそるおそる尋ねてみる。

 

 「ええ、粗相のないようにしてもらえれば問題ありません。王宮というわけではありませんので」


 「そうですか…………」


 そ、そういうものなのか? まあそれならいいんだけど…………。


 にしても、だいぶざっくりときたな。

 セバスの言葉は相変わらず淡泊で端的で、ともすればつっけんどんな感じを受ける。


 セバスのフォーマル具合は、その後ろを歩いているだけで自分も背筋を伸ばさなければと意識させられるほどで、ずっとそこそこの感じでやってきたおっさんとしてはちょいと息苦しい。


 それに加えて突然の褒賞の場。

 清掃の行き届いた廊下を歩むたびに心臓の刻むビートがどくどくと速まる。


 「不安なんて未来のことだ。そんなこと気にしたって仕方ない。マインドフルネスや、今ここや」と自身に言い聞かせれば言い聞かせるほどに余計緊張してきて、鼓動が初恋のあの頃を思い出させる。


 無論、錯覚である。


 そして、ある部屋の前についた。ついてしまった。


 

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