第47話 お偉い人に認められた時っていうのは自分まで偉い人になった感じがして気分がいい。が、それと同時に自らの小者感も思い知らされるのである。



 「ここでお待ち下さい」


 そう言うと、セバスはノックののち部屋に入った。


 ここでしばらく待ちぼうけだろうかと身体を弛緩しかんさせる。


 と、ちょうどそこでセバスが顔を覗かせ、非常に焦った。


 「どうぞ、入ってください」

 

 「は、はい」


 声を上擦らせ、セバスに促されるがまま入室。


 ナイスガイがちょうど羽根ペンを置いたところだった。

 羽根ペン、ほんとに使うんだなあとちょっと感動。

 

 室内にいるのもナイスガイだけのようだ。雰囲気から察するに、ナイスガイの執務室だろうか。


 ルイスとの試合のときみたいに大勢の観客がいるということはないようである。


 それに、思っていたよりもこじんまりとした空間であった。調度品の数は少なく、殺風景にすら思えた。

 侯爵という位から想像していた部屋とはずいぶん異なる。


 目に見えて立派なものだと思えるのは、やたら分厚い木のテーブルとナイスガイの背後の壁にかかるタペストリーくらいだろうか。

 

 もう一つ、豪華な額縁に入れられ壁に掛けられている子供が描いたみたいな人物画も名の知れた人物によるものかもしれない。が、まあ十中八九は美幼女の作品だろう。


 きらびやかさなどの威厳めいたものに圧倒されることもなく、少しばかり緊張がほぐれる。


 「タキタ、体調のほうはどうだ?」


 「ああ、はい。それはもうお陰さまで。この通りです」


 健全です、まだ使える人材ですよアピールも兼ねて、ラジオ体操。大げさに左肩をぐるんぐるん動かす。

 

 「ぐほぅっ」


 しかし、さすがに調子に乗りすぎたようで骨の中のほうから鋭い痛みが……。

 それをへらへら笑って誤魔化す。


 「…………本当に大丈夫か?」


 「ええ、それはもう」


 「……そうか。まあ手短に済ませよう」

 

 言って、ナイスガイがセバスになにがしかを渡す。セバスが視線を寄越したので、セバスの方へ。


 それは小さいもののようで、どう受け取ったものかとしばし逡巡する。

 が結局、「はは~」と表彰状を受け取るときのようにした。

 

 500円玉ぽっちの大きさのものを両手で受け取るというのは仰々しすぎる気もしたが、日本人的精神が片手で受け取ることに抵抗を示したので仕方ない。


 ただ、想像していたよりも緩い空気が流れているこの場においては、やはり場違いであったかもしれない。嘘っぽくなっていないかとか、気になってしまう。


 しかしナイスガイの反応を見るに問題なさそうだ。


 って、これあれだ。ルイスが持っていたコインではないか。

 

 「見覚えあるだろう」


 「は、はい…………」


 罪悪感を呼び起こされ、声が引きる。


 「あの時のことはもう終わったことだ。タキタも気にしないでくれ」


 「そう言っていただけると助かります」


 ナイスガイはわずか笑ったのちに続けた。


 「ああ。それが今回の件の褒賞になる」


 「……はい、ありがとうございます」


 と言いつつも、いまいち有り難みが湧いてこない。


 金一封とか、そんな感じのものを想定していたのだけど……。正直残念感がいなめん。


 「その雷獣証はテラフォード家の特別な庇護下にある者という証明になる。なにか面倒ごとに巻き込まれた際は使ってくれ。ただ、これが十分な効果を発揮するのはこの領内だけだ。それ以外では、多少の配慮が見込める程度だという認識でいてくれ」

 

 「はい、承知しました」


 名前がめちゃカッコいい。意匠もなかなかのものだ。躍動感あふれる何某なにがしかの生物が彫られている。


 既視感を覚え顔を上げてみる。タペストリーと同じ生物であるように思える。


 まあ全ては権威づけのためなのだろうなと、野暮やぼな推測をしてしまう自分が少し悲しい。

 無垢な中二病ソウルはどこへ行ってしまったのか、と。


 ただまあ、なかなかにすごい代物ではなかろうか。

 

 これで、お偉い人に突発的てへぺろキルされる可能性はグンと下がったわけだ。

 白昼堂々馬車に追い立てられることもなくなるかもしれない。しんば捕まったとしても、事情が伝われば難を逃れることができるだろう。


 さて、これが褒賞ということはもう用件は済んだと見ていいのか。

 本当にあっさりだったな。緊張して損した。

 

 と、余裕ぶっこいて「下がってよい」的な言葉を待っていたのが悪かったのだろうか、


 「それと、今後のタキタの扱いについてだが――」


 何やら不穏な出だしでナイスガイが話しはじめ、思いっきりビクついた。


 「――タキタは第三部隊から外す」

 

 えっ、それって……、嘘…………。やっぱ戦力外通告なの?


 「クビということでしょうか……?」


 「ん? いや、違うが」


 しかしナイスガイは「そんなこと考えもしなかった」みたいな顔でそう言った。


 「……あ、はい、そうですよね。そっかそっかあ、よかったあ」


 「…………タキタ、体調が優れないということであれば言ってくれよ?」


 心中で呟いたつもりの安堵の声が、もろ外に出てしまったようである。


 「いえいえ、そんなことありません」


 むしろ元気100倍だよ。タキパンマンだよ。

 

 そういや、騎士宿舎から豪華な部屋にグレードアップしてるんだもんな。

 異動というのも頷ける。うんうん。


 「では、新しい仕事というのは……?」

 

 「いや、冬が明けるまではこのまま休養してもらう」


 なんとっ!


 「よろしいんでしょうか……?」


 「なにか不満でもあるか?」


 「まさか、滅相もありません」


 「休養も仕事のうちだ」


 「はいっ」


 すごい、……このお家すんごいホワイトだよ。


 「では、冬が明けたら何をすることになるのでしょうか?」


 「ウォクタートまで義手をつくりに行ってもらう」

 

 「……義手、ですか?」


 「ウォクタートに腕のいい義肢装具士がいる。休暇も兼ねて、ちょうどいいだろう?」


 ナイスガイはこちらを窺うように訊く。


 うほぉおお、マジですか? マジですよこの侯爵様! 神ですか!?

 休暇フィーバーに突入じゃぁああいっ!


 なんて内心はおくびにも出すまい。


 「はい。お気遣いいただきありがとうございます」


 「タキタの腕は買っているからな」


 不意打ちに顔がにやける。お偉い人の信頼を勝ち得ちゃってるよ!


 「ありがとうございます。これ以上の誉め言葉はありません」


 「あ、ああ……。これで話は終わりだ。もう下がっていいぞ」


 なんか若干引かれてる……? そこまでキモイにやけ面だったろうか?


 「はっ、失礼します!」


 まあ今はそんなこと気にならん。

 

 長い休暇。バケーション。

 この世界をもっと見るのだ、楽しむのだ! ファンタジーを満喫じゃあ!

 

 そして退出したのち、ふと思う。

 ところで、ウォクタートってどこ? 


 図書室へ急行した。






*****





 

 「行ったか?」


 「はい」


 タキタが退出した後の執務室。

 部屋の外を覗くセルバロスの返事を聞き、クロム・テラフォードは小さく息を吐き出した。


 「そこまであの方を警戒しておられるのですか?」


 「警戒するに越したことはないからな」


 「少なくとも悪人とは思えませんが」


 「ああ、私もそう思って


 クロムは頭を抱えるような声音で言った。


 「、ですか?」


 「いや、今でもそう思ってはいるよ。だけど、少しだけ得体が知れなくなった」


 「得体が知れないのは最初からではありませんか。それを承知で雇われたのでは?」


 「まあ、それもそうなんだが…………」

  

 「何か危険を感じていらっしゃるのなら、ご本人がおっしゃっていた通りクビにすればよろしいのでは?」


 「明確な根拠もなくそんなことをしてみろ。リティアに恨まれてしまっては、私の人生おしまいだ…………」


 「リティア様を取り込むとは……。たしかにあなどれない方ではありますね」


 「ぁあ…………」


 具体的な想像を働かせたのか、クロムはだらしなく顔を突っ伏した。

 

 当主にあるまじき態度であったが、セルバロスは父の代から家令を務めている。自身の子供時代を知るセルバロスに対しては面目もなにもあったものではなかった。


 それからややあって、クロムはすらりと頭を上げた。

 その顔には当主としての表情が戻っている。

 

 「少し整理したいことがある」


 クロムの言葉に、わずかセルバロスの顔がほころんだ。


 「はい。では、私は失礼いたします」


 「ああ、ありがとうな」


 「いえ。私にもやるべきことが、説教しなければならない者がおりますので」


 「何かあったのか?」


 「セリーナ――タキタさん付きのメイドが粗相をしたようでして」


 「ああ、あの子か」


 「専属となったからにはそれ相応の働きをしてもらわなくては」

 

 「セルバロスの説教か。それは怖いな」


 クロムの苦笑を受け、セルバロスは乾いた笑みを零した。


 「ははは。そんな、お人聞きの悪い。――と、余計なお喋りをしてしまいました」

 

 「そんなことはないさ」


 「クロム様はご自身のお考え事に集中してくださいませ」


 「ああ、ありがとう」

 

 「それでは」


 セルバロスが退出し扉が音もなく閉まると、テラフォード家当主の執務室は思考の沈黙に包まれた。


 


 



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