第48話 タキタ……、お前を信頼させてくれよ…………?(テラフォード侯爵家当主 クロム・テラフォード視点)



 タキタへの疑念。

 ロニーからの報告を受け、森が広範囲に渡り死滅していたのをこの目で確認したときから、おかしな人物であるとは思っていた。

 

 しかし、善性の人物であると思う。

 自惚うぬぼれるわけではないが、幼少の頃よりこれまで、それなりに人は見てきたつもりだ。

 

 完全なる善など存在しえないだろうが、少なくとも積極的に他者へ危害を加えるような人物ではない。そのはずだ。

 

 先の様子を見ても、こちらが拍子抜けしてしまうほどに初心うぶな振る舞い。

 それだけに、ルイスを打ち負かした実力と立ち居振る舞いとのちぐはぐさが不信感をつのらせる要因となっているのであるが。


 そういった妙に抜けたところまでこちらをあざむくための演技だというなら、天晴あっぱれと言う他ない。


 ともかく、タキタへの疑念が深まった原因は、今回の誘拐事件におけるタキタの証言にある。


 タキタの証言では、誘拐犯は6人。うち5人はルイスとの試合で見せた魔法によりひとかたまりになって気絶、もう1人は離れたところで死亡という話だった。

 

 しかし実際の現場では、ひと塊になり4人が死亡。もう1人も離れたところで死亡していた。

 

 人数が合わない上に、全員が死亡している。


 さらに、それらすべての死体から衣服を脱がせてみると、ちょうど胸の真ん中の皮がぎとられていた。

 つまり、心臓が見える状態にあった。

 

 そしてさらに、そのうち離れたところで死亡していた一人は鼻、耳、目からの出血痕。

 

 当然、タキタからはこのような話も聞いてはいない。


 タキタが嘘をついているのか。

 可能性はある。が、断定までは程遠い。


 そもそも、タキタは自ら現場の状況を報告し、ロニーたちを現場へ向かわせたのだ。現場がどうなっているかすぐに露見することを承知でわざわざ報告などするだろうか。嘘をつくにも大胆が過ぎるというものだろう。


 それもこれも、タキタが快楽殺人者であるというのなら一応の納得もできる。しかしそれは限定的に考えすぎだろう。


 それに、タキタの証言内容はリティアが保証している。

 娘は戦闘経験があるわけではない。当時の状況下で娘が冷静に事態を見ていられたのか懸念は残る。しかし賢い子ではある。


 一応の証人が立っていることで、かろううじて白、だろうか。

 まあ、『辛うじて』なんてことに意味がないことは百も承知だ。


 と、現状、タキタについてこれ以上探れることはない。

 

 タキタの人となりの仔細しさいを把握し、その証言が嘘と断定できたのなら、そのときに拘束、尋問。

 打てる手といえばそのくらいだろう。


 証言の真偽がわかるまで牢に繋いでおくというのが堅実な手とは思うが、リティアが気に入っている以上は難しい。

 

 ウィリアムが学院を卒業してこちらへ戻ってきたのち、ルイスはウィリアムの従者になることが決まっている。

 そこでリティアの従者の後任が必要になるわけだが、リティア自身がタキタをしているのだ。


 証言の真偽が不明な今、このことをタキタに伝えるわけにはいかない。

 が、タキタを牢に繋いだ上で無実であるとわかってしまったら、今後リティアとタキタ二人との衝突は避けられない。


 故に、待ちの姿勢しかないのだ。


 ただ、タキタは高度な魔法使いだ。自由に泳がせるというわけにもいかない。

 だからそれまでは監視の元、普段通りにさせておけばいい。

 

 そのための休養期間、そして義手づくりの旅だ。


 折よく手の空いている人材もいることだし、彼女に監視してもらえばいい。

 勝手に使っていいものか分からないが、自分から来たのだ。性格的にも、面白がって引き受けてくれるだろう。ちょうど扱いに困っていたところでもある。


 ということで、とりあえずタキタの問題は先送り。そうする他ないのだ。


 ほんと、タキタの腕は買っているのだ。どうか、信頼させてくれよ…………。


 


*****



 

 タキタ個人については以上だが、誘拐事件についても整理しておきたい。


 以降は、タキタの証言――誘拐犯は6人。うち5人はルイスとの試合で見せた魔法によりひとかたまりになって気絶、もう1人は離れたところで死亡――が嘘でないことを前提にして話を進めよう。



 すでに誘拐の実行犯たちの身元は判明している。闇ギルドの者だ。

 

 闇ギルドの精鋭であれば、ルイスやロニーの耳目を掻い潜ってのけたとしても不思議はない。


 

 闇ギルド――隠密、中でもとりわけ暗殺を得意とする者たちで構成されるギルド―は、はかりごとの裏には必ずかかわってくるとさえ言われる組織である。


 依頼主と遂行者の間に権益と報酬という利害の一致を見たとき自動的に作動する殺人装置。


 利権のために闇ギルドを利用して敵を殺し、その後に別の者に雇われた闇ギルド員に殺される。


 皮肉としての言葉だが、実際にこれまで幾度も行われてきたことであり、まったく笑えた話ではない。


 そして権力という巨大な傘に守られているため、決してなくなることがない。


 かの、【人類の仇敵】ジャック・エメ。

 歴史に大きな傷跡を残した静かな狂人は、闇ギルド創設メンバーのひとりであったという。


 閑話休題。

 

 

 しかし、リティアの誘拐を企てた、事件の大元の素性が判明しなければ意味がない。


 ポイントはやはり、タキタの証言と実際の現場との齟齬そごにあるはずだ。


 タキタが嘘をついていない前提においては、タキタとリティアが現場から離れた後、一人がそこから逃亡したということになる。


 現場に残された五人が争った形跡はない。5人の致命傷は、いずれも首への一刺し。


 自害したのか、逃亡した者が殺したのか。

 どちらにしても、おかしな話ではないか?


 

 まず、自害したとして、そもそも闇ギルド員が自害などするものだろうか。


 闇ギルド員に課せられる使命は文字通り闇に紛れることで、それは表舞台に派手に介入しギルド員たちの名簿が裏で出回るようになった昨今でも変わりはないはずである。


 自害などという、自らを露見する行為をここまで積極的にするとは思えない。

自害した段階で隠密は不可能になってしまうのだ。


 そもそも、気絶からの起き抜けとはいえ、首を刺す余裕があるのならさっさと逃げてしまうのが普通だろう。


 

 次に、逃亡したひとりが他の仲間5人を殺したとして、逃亡するくらいなら、情報露見を避けるため他の5人を運ぶなりする方が自然ではないだろうか。

 すぐ傍には人を運ぶに十分な馬車まであったのだ。気絶した者たちを起こすのに躊躇ちゅうちょする必要はないはずである。

 

 時間がかかると踏んだのか。

 それにしては、試した形跡すら見当たらないのは変だ。

 

 あるいは単に、動転していただけか。

 隠密のプロあるまじき行為であるが、その場で発見された5人が闇ギルド員であると判明しただけで、逃亡した者の身元はわかっていない。

 実行犯のなかにひとりだけ一般人がいた可能性はある。あるが、やはり変だ。

 闇ギルドが任務実行にあたり足手まといを参加させるとは思えない。


 

 しかし結局のところ行き着くのは、胸の皮が丁寧に削がされていたという不自然さなのだ。


 心臓の露出した死体からは、皮剥ぎにだいぶ手慣れているのだろうと窺えるものがあったが、衣服までも着直させられているのだ。

 

 ロニーたちが現場に駆け付けるまでに、そこまでの時間はなかったはずだ。

 しかしそれが可能であったということは、意識を取り戻したのち、行動を迷いなく起こしたことは疑いようがない。


 そこに何か深い意図があったのかはわからない。だが少なくとも、そうしようと思ってそうしたのである。

 

 まさに狂気と言う他ない。

 

 

 一応、皮を剥いだのは通りがかりの者、と考えることもできる。しかし事件と直接のかかわりがない第三者まで考え出すときりがない。

 

 ただ実際、そうするほかないほど現場の状況が混沌としているのだ。 

 何か、得体の知れない、人間ではない何かが暗躍しているような違和があるのは気のせいだろうか。

 

 決め手にかける。

 何かもう一つでもわかることがあれば、一気に真相が見えてくるようなきがするのだが……。


 

 まあ、実行犯である闇ギルド員たちの行動から事件の大元まで辿るのは無理がありそうなので、少しアプローチを変え、リティアを誘拐して得する者を洗い出してみることにする。


 片っ端から当たると、自国、他国、ヨジョエ教、大エルフの言う災厄の存在、となるだろうか。


 それぞれの場合における、リティアを誘拐したことで得られるものを考えてみると、次のようになるだろう。


 

 まずは自国。

 目的はリティアを人質にしてテラフォードを自派閥に引き込む、といったあたりだろうか。

 

 王が病床にせって以降、継承権をもつたった二人の幼き王子の周囲はにわかに騒がしくなっている。

 いまだ表立った動きはないものの、王宮が揺れているのは間違いない。

 

 第一王子派と第二王子派。

 どちらの派閥にも属さない中立の立場を取っていたため、前々からそれとなく圧力をかけられてはいた。

 

 しかし、ここまで強引な手を取ってくるとは信じがたい。

 時には信じがたいことが起るのが人の世、とは言うが、テラフォードからの恨みを買うことを承知でこんな大胆なことをするだろうか。

 

 年端もいかない娘を人質にしたなどとれたら、風聞が悪くなるのは避けられない。それはその派閥にとって大きな痛手になるだろう。

 

 それに、客観的に考えると、仮に人質をとるにしても、わざわざ北まで来てリティアをさらうよりウィリアムを狙ったほうがまだ勝算があるように思う。


 つまり、その後のことが考えられているとは思えない、安直な動きに見えるのである。


 自国という線は薄いように感じられる。



 次に、他国。隣接する国々が黒幕である可能性だ。


 北のノス王国……妻との関係は良好。そもそも、国境が接しているとはいえ、山脈を挟んでいるため、時期的に考えて無理がある。冬の山越えを敢行してまで得られるものがあるとも思えない。

 

 他諸国……なにか動きを見せることはあるかもしれないが、一国でランルイスと渡り合えるような国はない。また、利害の一致を見て同盟で動いているのだとしたら、何らか情報が入っていなければおかしい。

 

 他国という線も薄いだろう。


 

 次は、ヨジョエ教。

 現場にある死体の状態から考えざるを得なかった可能性だ。

 

 ヨジョエ教は、五十年程前にカルトとしてちまたの噂に上がりはじめた存在だ。

 一部で熱狂的なブームをつくりだし、複数の快楽事件を起こし世間を騒がせたという。


 それも一過性のもので、以降は音沙汰なく、時折思い出したかのように小さな話題に上がるばかりだったのだが、それがここ数年、再び大きな動きを見せている。規模も大きく膨れ上がっているとか。


 こういう集団は何をしでかすか分からない。警戒の対象だろう。

 とはいえ、これまでに判明している活動がテラフォード周辺では行われていないことから、正直なところ、詳しい情報までは入ってきていない。


 しかし広く知れ渡っている情報もある。

 それが、ヨジョエ教徒はその心臓をヨジョエの神に捧げるという意味で、心臓の位置する胸にシンボルマーク――黒い満月――を刻む、というものだ。


 胸の皮が剥ぎ取られ心臓が露出した死体。

 ヨジョエ教を意識せざるを得ない状況だ。


 けれど結局、ヨジョエ教が黒幕であるのか、ヨジョエ教をうらむ者が黒幕であるのか、そう思わせるための第三者の隠ぺい工作であるのかといったことまでは分からない。

  

 何にしても、最近悪い噂を聞くことも確かなため、事件にかかわっている可能性は十分ある。要注意といったところか。



 最後に、大エルフの言う災厄の存在。

 これは、父の代から受けていた度々の警告のことである。


 届けられる書簡につづられている災厄というのは、おそらく、御伽噺にある魔族のようなものを指しているのだろう。


 それが実際の脅威となる日が来る、という話だ。

 正直、世迷い言と思っていた。けれどそう切って捨てることもできないのかもしれない。


 三百年以上を生きる歴史の証人。【円卓の超越者ラウンドマスター】創設者にして第一席、ユセ・ユオル・ユーブリンク。

 

 あの大エルフが言うから、というのもある。

 しかしそれだけではない。

 

 神国から召喚の儀をり行うとの発布もあった。


 召喚の儀。

 御伽噺に登場する、これまた御伽噺上の話だ。実在していたこと自体が驚きである。しかし大エルフからの書簡を見返せば、以前よりそのことに言及しているようだった。


 以降神国から音沙汰がないのが気にはなるが、レキノワの予言がかかわっているとなれば無視してもいられない。

 

 信じがたい話ではあるが、もしもの場合に備え、大エルフの言うその時に向け準備を進める必要もあるだろう。


 


*****




 …………ああ、頭の痛い話だ。

 真実はまだ遠く、不安の芽ばかりが見えてくる。


 けれどすべては愛する家族のため、ひいては大切な者たちを守るため。

 守り抜いて見せよう、なんとしても。


 そして願わくば、その時はタキタも味方として戦ってくれますよう。

 願っているよ。


 


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