第49話 お隣さんとの再会。それと、悲しきおっさんの願い。


 

 コインを頂いた後にすぐ図書室で右往左往。

 なんとか地理的なあれこれについて書かれた本のなかに使えそうな地図を発見。


 それを眺めてしばらく。

 精度のほどは定かでないが、無事、ウォクタートがランルイス王国の南端に位置する都市であるとわかった。


 地図の精度が低かったとしても、ここテラフォードがランルイス王国北端であることを考えるに、だいぶ距離があることには違いあるまい。

 ここまで行って帰ってくるとなると、長い休暇になりそうだ。


 休暇という響きに安らぎを覚える。

 ちょっと楽しくなってきたところで、魔法にかんする本も読んでみようかと、いくつかめぼしい本を手に取り、図書室を出る。


 自室でじっくり読むのがよかろう。

 新たなファンタジー知識へ胸を躍らせ廊下を歩いていると――


 

 ――げふっ。


 角で誰かとぶつかった。 


 うぅ……デジャヴ。


 だが今回はこちらからぶつかったわけじゃないぞ。向こうからだぞ。自分は悪くないぞ。てか謝れやごらぁ。


 醜態しゅうたいを晒されたことに内心いきどおりながら相手を見やる。


 「ぅおっ」


 なんと美しい…………。

 フードから溢れる緑色の長髪。そしてそのさらりとした豊かな髪からとび出る長い耳。尖ってる……。


 もももも、も、もしや、エルフというやつでは? かのエルフさんでは?


 エルフさんもこちらを見ておられる。翡翠色のくりくりとした大きな瞳。

 

 いけない、惚れてしまう。


 ただ、どこか見覚えがあるような……。


 というか、あの透き通った流れるようなエメラルドの長髪。

 それに、ぼいんと張った立派な双丘。お腹が引っ込みスレンダーな分だけ、より強調されて思える。

 

 もしや、お隣さんでは? 牢生活に唯一の癒しを与えてくれたお隣さんでは?

 くっ殺お姉さん系かと思いきや意外に童顔だ。悪くない。


 しかし、はて。この大陸には人間しかいないのでは、と疑問が頭をもたげる。

 

 エルフは例外とか? 実はエルフじゃないとか? 

 もしやあの本でたらめだったのか?


 先ほど地図を見た本によると、人間の住む大陸はここだけらしいのだ。

 その名も人間大陸。そのままかいっ。

 

 ただそれもそのはず、もう一つある大陸は獣人大陸というらしい。

 

 人型をしていることには変わりないようだが、生活スタイルが違い過ぎるとかで、その昔に住み分けされるようになった。

 そこには壮絶な迫害の歴史があったようで、たぶん今でもそういった意識はあるんだろうけど、まあ、こういうのはどこの世界でもあるもんなんだろう。

 

 そんで、この話で思い出されるのは、ナイスガイとの初対面時、牢のなかで行った会話だ。

 「どこ出身か」との問いに「別の大陸」とか答えて、疑わしげな顔をされたやつだ。


 今となってはその時のナイスガイとセバスの反応がよくわかる。

 そりゃあおかしな話だ。なんせおっさんにはわんにゃんな耳ももふもふ尻尾もどらごぉんな鱗もありはしないのだ。


 しかしまあ、そんななのに話を追求するでもなくこうして置いてくれてるのは何なのかね。ナイスガイの懐の深さなのだろうか。


 まあなんでもいいけどさ。


 てのは置いておいて、では、なぜエルフがここに居るのか。

 早速、テラフォード家所蔵書物に対する信用が揺らぐ。


 そう疑問に思っている間に、随分と凝視してしまっていたらしい。

 元隣人エルフさんはこちらの視線を避けるように目を逸らし、慌てたようにフードを被り直した。


 てか部屋着っぽいな。ここで暮らしてるのだろうか。

 パーカーエルフ。丈が大きいのかオーバーサイズでダボついていて、自然、萌え袖。凄まじい破壊力である。


 「見ましたか……? 今の……」


 妙に庇護欲誘う純心な瞳で上目遣い。胸の前にはらりと垂れる髪がなんとも言えず、煽情的だ。

 ただエルフさんにそんなつもりは毛頭ないのだろう。どこまでも清廉な目を向けてくる。


 「いえ、何も……、何も見ていません」


 「……そうですか、よかったぁ」


 「あの、何かマズいことでも」


 「いえっ、見ていないのなら別にいいんです」


 「そうですか……。ちなみに、もしかしてですけど……、牢のなかにおられた方ですか?」


 途端、純心エルフさんの肩がぴくりと跳ね上がった。

 そしてすいぃいとこちらの目の前にまで近づいて、口を開いた。


 「えーと、見てはいないのですよね……?」


 「え、あっ、それはもう、はい」


 なんだ? なにかがおかしい。純心さんにあるまじき妙な圧を感じた。

 

 純心エルフさんの疑念はまだ晴れないらしく、疑わし気に眉根を少し寄せる。

 そんな表情も絵になるのだから、美人は得である。


 頑固な汚れをじぃと睨めつけるようにして顔を覗かれおっさんの胸はドキドキ。

 美しい曲線美を描き反らされている背中、そして目の前へ突き出される豊かな双丘。


 両手が勝手に動き出さないよう直立不動しているのがやっとの状態だ。


 もう三秒これが続いたら手を出してしまおうそうしようと、ふんすと鼻息を荒げた瞬間、純心エルフさんはこちらから距離を置いてしまった。


 「わかりました。信じることにします」


 「あっ、はい。ありがとうございます……?」


 純心エルフさんはにっこりと微笑むと、はっと焦りを浮かべて、


 「それではこれで。あっ、ぶつかっちゃってすみませんでした」


 これまたバタバタと頭を下げると、なかなかの速さで廊下を駆け抜けていった。

 

 「あのっ……――」


 せめて名前だけでもと思ったのだが、どうやら余程急ぎの用事があるらしい。

 あれじゃあまたぶつかっちゃうんじゃないかなあと思いつつ、フードが脱げないのはいかなる作用によるものなのかと、変なところに思考がはぐれた。

 


 



*****






 コインをもらってエルフさんと出会って、それから数日。

 部屋に引きこもり魔法にかんする本を読んだことで、なんだか無性に魔法をぶっ放したい気分になってきていた。


 いい歳してこんなこと言うのも難だが、なんだか抑圧されている気がする。

 まさに思春期の性衝動にも似た中二衝動とでもいうべきものが、腹の底のほうでグツグツと煮えたぎっているのだ。


 それもこれも、〈不滅世界しなずのち〉で快感を得てしまったのが悪い。 

 あの海を引き裂く感動をもう一度。そう願ってやまない。


 というかこれでは、チートの持ち腐れである。

 チート系主人公とは、もっと派手に暴れ回るものではなかったのか。


 もしや自分は、チート系主人公、どころか主人公ですらないのでは、と考えたくもない疑念が脳裡をよぎる。


 だって主人公なら、もう一度や二度くらい誰かの窮地を救っている頃合いだろう。すでに邪悪なる世界の敵幹部あたりを返り討ちにしていてもおかしくない。

 対しておっさんはといえば、自身の身を守っているだけである。 


 『いつからお主が主人公であると勘違いしていた?』「最初からです」『……ふむ…………』

 頭の痛い話である。それもこれも、中二病という業が悪い。すべて悪い。


 ああでも、美幼女の件があったか。……うん、あれはよかったな。


 ま、まあ、スキルをぶっ放すにしても、人相手はきついので、なんかこう、都合よくダンジョン的なものがあればいいのに、とも思うわけだが。


 けれどそのような話はついぞ聞かない…………。

 スキルとダンジョンっていかにもな組み合わせだと思うんだけどなあ。


 てか、我が召喚主はどこにいるのやら。

 それが解れば、もうちょっと主人公ムーブもはかどるだろうか。


 現状、チートを持っているただの一般人であるからして、非常に動きづらい。

 これが「タキタこそが凶悪なる魔王を討滅すべく異界より召喚されし勇者なりッ!」とでも言ってもらえれば、大手を振ってチート特盛で任務に当たれるというものなのだが。

 

 受け身すぎるだろうか。

 ただまあ、善良なる指示待ち人間としては、海を裂くほどの力をなんの了解もなく使用するなどということは天地がひっくり返ろうともしたくないのである。


 故に、絶大なる権力者からのお墨付きが欲しい。

 さすれば、「よしタキタ!」「はいっ!」「思う存分チートゥを振るえぇ!」「はいっ!」てなもんである。

 

 これ、完全に犬だな。結局主人公っぽくない……。

 ま、まあ、そういう主人公像もあるだろう。うん。


 そうとなれば、ちょうどランルイス王国内を縦断する機会を得たことだし、召喚主との接触を狙ってみるのもいいかもしれない。



 そんなこんな図書室までの道を考えながら歩いていると、向かいからルイスと美幼女が歩いてきていた。


 美幼女は分厚いコートを着込み、もこもこの長い靴下を履き、ゴツいブーツを履き、完全装備と言うに相応しい、ナイスガイの愛の重さを感じるいで立ちをしている。歩くのにも難儀しているほどだ。


 さらには耳当てとマフラーまでしているとあって、美幼女の顔はほとんど埋もれてしまっている。

 それでもとてとてと歩くいじらしい姿が天使級に可愛いところは、相も変わらず美幼女だった。


 隣を歩くルイスも、さすがに美幼女ほどではないが、しっかりとした防寒着を着ている。


 これから二人で外に行くのだろうか。ずいぶん楽しそうである。


 「お疲れさまです」


 「あっ、タキタさん」


 窓外を見ながらきゃっきゃと歩いていた二人がおっさんの存在に気がつき、目が合う。

 同時に、美幼女はルイスの影に隠れてしまった。


 「どこかにお出掛けになるので?」


 「はい。庭で雪遊びを」


 「雪遊びですか、いいですねぇ。私も小さい頃はよくやりました」


 「タキタさんも雪遊びしてた時期があるんですね」


 「それはもう」


 「ということは、ご出身も北方で?」 


 おっと……、しくった。

 

 「え、ええ。まあそんな感じです。ところで、リティア様も雪遊びなさるんですね」


 冷や汗滲ませながら強引に話を逸らし、美幼女の顔を窺う。


 美幼女はと言えば、水を向けられてちょー居心地悪そうにしていた。


 ふむ。

 これは……、もしかして、嫌われてる…………?


 誘拐事件での救出に加え、先日の読み聞かせの件もあり、多少なりとも心を開いてくれたものと歓喜していたのだが、すべて勘違いだったというのか…………。


 「君の気持を聞かせておくれ」と念を送るも、美幼女はあらぬ方向を向いたまま、微動だにしない。

 やはりどうにも怖がられている感じである。


 生理的に無理、とかそういう感じだろうか。

 だとしたら処置ナシであるが……。そうでないと願いたい。


 あるいはもしや、おっさんのこと自体を忘れてる的なあれだろうか……?


 そうして思い出されるのは、姪っ子にまつわるほろ苦い記憶である。



 姪っ子はあの忌まわしき姉から生まれたとは思えぬプリティーガールなわけだが、彼女は事あるごとにおっさんの存在をデリートしてしまった。


 会うのが年に一回となればそうなってもおかしくない面はあっただろう。

 しかし、自ら話しかけてくれるようになった次の年に忘れられてる、というのが毎年続いては、なかなか歯痒いものがある。


 さらに極めつけは、泊まるとなった際の翌朝に見られる、「おまえ、だれ?」な顔である。

 悲しいにも程があろう。おっさんの絶望感は底なし沼のようにズブズブと、それはもうズブズブと沈んでいった。


 故の、お年玉作戦である。

 こちとら独身。そのうえ金のかかる趣味もないときた。大人の財力に物をいわせて姪っ子のハートを鷲掴みにする計略だ。

 

 忌まわしき姉には「どうせならこういうの頂戴よ」と、バカ高い知育玩具まで買わされた。いや、自らの意志で買ったのだ。断固としてそうだ。


 そして作戦は、半ば成功した。

 おかげで、たくさんお金くれるなんかよくわかんない人にまで昇格した。


 泣くまい。

 これでいい、これでいいのだ。貢ぎ物バンザイ。


 さすがの熱量に引いた姉の「そんなにもらっても困るから」などという戯言に耳は貸すまい。貢げ貢げ貢ぐのだ。世界平和はそこにある!



 …………と、そんな記憶だ。


 しかしこれが姪っ子と同様のケースであったとしても、貢げばいいという問題ではない。

 

 今回は相手が違う。

 なんせ、大貴族のお嬢様である。

 

 ケッ、そんなはした金、となってもおかしくない。


 不意に美幼女と、目が、合った……。


 だれ、このひと? わたし、しらない。

 そう語り出す数瞬後の未来が見えるように、あの時の姪っ子と同質の瞳だった。


 おっさんとしてはただ願うしかなかった。

 どうか記憶の彼方に追いやらないでください。


 「よければタキタさんもご一緒に。どうですか?」


 ルイスに問われて、窓外を見やる。からっと晴れてはいるが、冬はそういう日こそ寒いものだ。

 それに、と美幼女を見やれば、ぷいと目を逸らされた。


 うん、ルイスとのラブラブ空間を邪魔されるのは御免だろう。


 「ああ、……いや、遠慮しときます」


 「そうですか……。それでは、また」


 「はい」


 こうしておっさんの悶々とした気持ちが積み重なるのだった。




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