第50話 突発的にバトルが発生する可能性があるので、ひとり散歩の際は注意されたし。

 


 昨晩は雪がどかどか降り、今朝起きたら窓外の銀世界にびっくり。超本格派の冬である。


 おっさんはというと、超本格派のニートなので、今日も今日とて暇人プレイ。


 休養期間を与えられてしばらく、ダラダラが板についてきた模様。


 訓練から離れた途端、体が重くなってきた。筋肉が贅肉にクラスチェンジである。

 ちょっと悲しい。


 時間はたっぷりあるのだから筋トレを、と思いはするのだが、元から勤勉性など持ち合わせていない身だ。社会人になってから積極的に勉強をした記憶がない。

 割とダメな方のおっさんだと自負している。


 それに、勢いで腕立てなんかしちゃおうかぁ! とか思った瞬間に左腕がないことに気づかされるのである。

 そんで、片腕じゃあ筋トレもままならないよな、とかなんとか、口実を見つけたのをいいことに「やっぱやあめた」となるまでが一連の流れ。


 いまだ左腕の喪失感は拭えない。夢の中では両腕が生えているもんだから、起きるたびにちょいダウナー。三十半ばを越えてのメンヘラ発揮である。


 痛い、痛すぎる。


 痛いといえば、幻肢痛、というのだろうか。思い出したかのようにたびたびやって来る痛みはいかんともしがたい。

 

 世の中の中二病患者垂涎すいぜんの的、「しずまれ、俺の腕ッ!」をリアルで体現しているわけだが、シンプルにつらい。

 冗談抜きでマジ鎮まれ、てな感じだ。


 ということで、美幼女との関係しかり左腕しかり、傷心なおっさんがすべきはただ一つ。


 ストレス発散である。


 しかし、何をしたらよいものか。


 先ほどから考えてはいるものの、アニメや漫画があるわけでもなし、選択肢もだいぶ絞られてくる。


 外に映るは大自然。

 まあ、散歩でもしてみようかね。



 ということで、さくっと支度を済ませ、いざ行かん。けっこうなお気に入りとなったキュノプコートも羽織り、堂々の出陣である。


 外に一歩踏み出し、


 「ざむッ」


 撤退撤退ッ!


 ……あかん。舐めてた。豪雪地帯舐めてた。寒い、寒いよ。酷寒だよ。


 まるで肺が別人のにすり替わったかのように、呼吸が乱れに乱れた。

 一歩出ただけでこうなるか……。外、寒すぎである。


 美幼女があれだけ重装備だったのも頷ける。ナイスガイも心配するわけだ。


 さてどうするか。外に出るか出ないか。

 うぅうとうなり頭をひねり、やはり出ることにした。


 ストレス発散のためにここまで来たってのに、逆にストレスが溜まってしまっている。こうなっては何が何でもストレスを発散させてもわらなければ。


 一旦引き返し、服をありったけ重ねる。まつぼっくりもかくや、といった具合だ。

 よし、準備万端、リトライだ。


 我ながら訳の分からない心持ちで寒さに逆ギレしながらの特攻である。


 さすが酷寒。踏み締めるたび返ってくるのは、さらさらぎゅっぎゅっという擬音。上質なパウダースノーだ。


 装備は足元も万全。外皮にキュノプの皮を貼っつけた特別性ブーツで、撥水性も抜群。  

 想像するだにグロいが、キュノプ、大活躍である。


 侯爵邸を出て、なんとなく木立の方へ。


 そこへ足を踏み入れた瞬間、すぼっとものの見事に足が埋まった。

 膝下まで陥没。ブーツよさよなら。こうなっては意味なし。冷たい。けれど歩みはずんずん進む。


 いくらパウダースノーとはいえ、だんだんとズボンにも浸水してくる。それでも足は止まらない。


 なんだか気持ちよくなってきた。

 気のせい? 気のせいか? そうかもしれない。まあいいや。


 冷たい空気も、慣れてしまえば心を浄化させてくれる薬のように思えてくる。

 ここまで雪が積もっては、辺りに獣や魔獣の姿も見られない。皆こもっているのだろう。


 耳に入るのは自分の出す音だけ。雪を踏み締める音、白く息をはく音。


 そうしてどれだけ歩いただろうか。気づけばだいぶ深いところにまで来ていた。

 振り返ってみる。さっきまで辛うじて見えていた侯爵邸が見えなくなっていた。


 これ遭難しないよね? とか、急に不安が首をもたげてくる。


 「っくしょん」


 さむ……。


 帰ろ。


 ――そう思いきびすを返したときである。ふと視界の端に異物が映った気がした。


 ん?


 目をやってみると、やはり、木の根元辺りになんかいる。


 不定形の、ゼリーみたいな、ヘドロみたいな。


 スライム?


 黒い。ツヤツヤプルプルしてる。コーヒーゼリーっぽい。あ、コーヒーゼリー食べたいな。


 とかなんとか思っていたら、そいつがこちらへやって来た。


 にゅろにゅろにゅろにゅろ、蛇みたいな動きで、するするするすると、軽い雪に沈むことなく近づいてくる。


 なんだこいつ。

 愛嬌がある気がしないでもない。


 けれど何やら不穏な雰囲気だ。こちらを攻撃する腹積もりらしい。スライムもどきに頭や心があるようには思えないが、やはりそのようだ。


 しからば先手あるのみ。ちょうど範囲内だ。

 

 〔香炎柱フランベ


 が、魔法陣が現われた瞬間、スライムもどきはすっと俊敏な動きを見せた。

 

 不発。

 てか速いぞ。


 迷いなくこちらに向かってくる。躍りかかってきそうな勢い。


 あ、飛んだ。ほんとに躍りかかってきた!


 これには慌てて、〔空聖の女衣フェイクヴェール〕を発動。


 なんとか、ぎりぎり、防御が間に合う。

 相当な勢いが乗っていたのかスライムもどきは〔空聖の女衣〕に衝突するとべちゃりと潰れ、弾けた。


 そのまま、ぼとぼとと雪の上に落ちる。薄墨のようだ。


 やっただろうか。いや、油断はすまい。

 こういったところで気を抜いて窮地に陥る、といった展開を腐るほど見てきた。二次元世界の典型といえよう。故におっさんは油断しないのだ。


 …………こぼれたスライムもどきに動きはない。


 ふう。

 よし、石板で確認をば。見た感じ魔獣の類だろう。魔石の確認をするのだ。

 

 って、しまった! 魔石の自動回収機能オフにしたままじゃん! 

 

 てかそうなると自分で取らなきゃだよな。

 あれ? でも取り出した魔石を戻せなかったってことはここで魔石取っても石板に回収させることはできないわけで、つまりはガチャにも使えない、と……。うわあ、最悪じゃんっ!


 魔石の自動回収機能をとりあえずオンにして、スライムもどきの残骸へ目を向ける。


 あれ、いない…………。


 ぞくりと背筋が凍る。嫌な予感。


 「……ぬぉっ!?」


 足元を見ると、右足首にスライムもどきがまつわりついていた。


 反射的に足を持ち上げる。にゅろぉっとスラムもどきの残りの部分が雪から出てくる。


 「うぉぉおおおおおぃいっ!!」


 半狂乱にぶんぶん振る。そりゃもう足が引きちぎれてもいいというくらいに振った。


 油断した。


 雪に潜って〔空聖の女衣〕のなかに忍び込んできたのだ。なかなかやりおる。


 足から離れたスライムもどきはぷくぷくと泡立ちはじめ、すわ爆発でもするのかと戦々恐々としていると、そのまま上に大きく伸びあがり、脚や腕を生やした。


 厳密には、かたどったというべきか。

 

 しまいには、ぼこん、と頭まで現れた。

 

 うぇい。

 この子、人型になっちゃいましたよ……。

 



 

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