第51話 実践練習に付き合ってくれよ、そこのコーヒーゼリーちゃん。



 人型。

 わかる、わかるよ。強い奴じゃん。そう相場は決まってる。


 でもいいさ。そのおかげで核みたいなのが丸見えだ。

 本来であれば心臓があるであろう位置に分かりやすくもお目見えだ。お優しいことだ。


 どうせそれが弱点だろう? そうじゃなきゃおかしいだろう。

 

 ぽてんと首を傾げたまま微動だにしない人型スライムもどき、その核へ右手人差し指を向ける。


 んじゃ、フィニッシュだ。

 

 〔粛出通水サイレンター


 立派な木の幹をも穿うがつ水鉄砲だ。くらいやがれ。

 

 ブシュッと吸い込まれるように核目掛けて進み、――スライムもどきはそれに即応してみせた。


 避けるんかいっ!


 胴部分が針金のように細くなり、ぐにゃりと湾曲したのだ。

 〔粛出通水サイレンター〕は悲しくも木立の間をすり抜けていった。


 人型とはいえ液状であることに変わりはないらしい。


 そのままこちらへ足を向けようとしていたので、すかさず〔奇術師見習いの小技チャックル〕を発動。


 スライムもどきと自身の場所が入れ替わる。

 すかさず身をひるがえし、スライムもどきを視界に入れる。

 

 ちょうどいい。愛しのスキルちゃんたちを使いたくてウズウズしてたところだ。

 実戦練習といこうじゃないか! てかそう思わなきゃやってられん!


 スライムもどきは動揺した様子も見せず体を変形させた。

 腹を背に、背を腹に。顔を後頭部に、後頭部を顔に。


 つまり反転せずこちらと向かい合わせになった形だ。


 …………きもちわりぃ。


 さらに、急に戦意を植え付けられたみたいにこちらへ迫る挙措を見せてきた。

 彼我の距離は五メートルほど。それを二歩で詰める脚。

 

 ってなんだよそのプロポーション! 股下何センチあんだッ、反則だろそりゃあもはや人型じゃねえッ!

 

 なんなんだよこいつ! なんなんだよ!


 咄嗟に〔ライトニングゴッドファイア〕。


 小二のタキタくんが考えたさいきょうのひっさつパンチである。

 アンパンチの100倍くらい強い。……たぶん。つまりは百バイキンマンも倒せちゃう絶技である。


 発動と同時に溜めのモーション。


 自然に開いた右手を腰だめにし、息をすうっと吸うと全身をほとばしりはじめる万能感。それらは右掌により集まり、ピカピカパワーと化す! 

 さらにぐっと右手を握り込むことでピカピカパワーがビカビカパワーとなり、ばちばちと激しく明滅しだす。しかしそれはすぐに収まり、まるで牙を剥く時を待つライオンのよう! 


 すでにスライムもどきと接敵寸前。

 腰のひねりが加わり、ビカビカまとった右拳が唸りを上げる。


 「うぉぉおおおおおお!!」


 極寒で他の物音しない地。生命が息を潜める地。

 そこで自身を鼓舞する雄叫びだ。山間に轟いた。


 右拳がスライムもどきの核を狙い打つ!


 ――しかしここで問題発生。

 さすがのチートも体の欠損には対応していなかったらしい。左腕がないことで体軸がぶれる。


 そこまで意識が向いていなかった。さすがに焦る。

 

 転倒してしまわないように意地で踏ん張る。

 なんとか耐えられそうだ。しかしそれでも、バランスは整わない。


 スライムもどきが〔粛出通水サイレンター〕を避けたことを思い出す。

 

 このままえいやっと振ってもスカりそうである。まず当たらないだろう。そう直感して、狙いを変更。

 すでにスライムもどきの胴体へ向かっている右腕の軌道を無理やり変えた。


 ――衝撃。

 地面に放った拳は大地に轟音を響かせた。中空に粉雪が舞い上がる。


 かすれば御の字。その程度に思っていたが、手ごたえ、あり。

 運よくスライムもどきの足を捉えることができた。


 でも、肉体を酷使するスキルはやっぱしんどい。もう近接は無理だ。

 あとはサクッと留めをば。


 視界が晴れる。


 人型スライムもどきの体をけっこう吹っ飛ばしている。スライムが散っている。

 

 よしよしよし。さて、核はどこだ? 

 と歓喜したのも束の間、なんの痛痒も感じていないかのように、散ったスライムはあれよあれよと元の姿に元通り。


 は? クソが。


 つーか第五階梯のはずなんだけどこれ。

 ほんと効いてなさそうだよな。核っぽいのをどうにかしないといけない感じだよな、やっぱり。


 完全修復したと同時、スライムもどきが急速接近。


 マジ強いじゃん! なんなのこれなんなのっ! 


 「〔翻弄する跳躍者ヴァリアブルジャンパー〕!」


 発動した瞬間、右足で中空を踏みつける感触。ふっと大地から両足が離れる。


 スライムもどきの腕がこちらの胸ぐら目掛け伸長してくる。すかさず階段をイメージして二歩目を踏み出す。

 遅れる右足を意識的に引き上げ――、腕の上すれすれ、回避成功。


 興が乗りそのままスライムもどきの頭頂部を踏みつけ、さらに跳躍。ハゲろ。


 余裕のおっさん、絶好調。とはいえ内心かなり焦っていた。

 スキルがどんどん消費されてく。選択肢がどんどん限られてくる。


 まあしかし、ここまで対応できたのは日ごろから行っているシミュレーションのおかげだ。よしとしよう。


 にしても困った。想像の強さをどんどん超えてきやがる。


 逃げるか? いや、まだ大丈夫。

 いざというときは〔夜天の翼イーカロス〕でも〔苦渋の緊急脱出ランダムギャンブル〕でも使えばいい。


 ……いや、夜じゃないから〔夜天の翼〕はダメか…………。

 まあでも大丈夫。いつだって逃げることはできるんだ。

 

 それよか、とにかくこいつを倒したい。

 もしかしてあのでっかいサイより強いんじゃなかろうか。となると三等級魔石は確実である。


 ここは多少のリスクを負ってでも魔石ゲッツだ。


 やるぞ。


 パニくりながらも打倒するための策を考える。これまで妄想してきたスキル運用法に片っ端から当たる。


 とにかく動きを止めなくては。

 そのためには〔死苦八杭〕……、は嫌だ。あれもダメこれもマズい。

 どうするか…………。


 スライムもどきが飛び上がってきた。腕を伸ばさずまさかの頭突きである。


 人まねしてるってのになんか妙に体の使い方下手だよな。

 とか思ってたらこちらまで届きそうである。なんという跳躍力。けど――、


 ばーか。んなもん喰らわれてやるかよ。


 〔鋼状網ラティス〕+〔虹降りセヴンアロウ〕=〔虹に囚われた虜囚キャプティブアルコンスィエル〕!


 得意満面で行使した合体スキルは、少し掠りはしたが、するすると抜けられてしまった。

 はいはいはい、軟体動物の真似事ですね。人型のくせにうねうねしやがって。


 まだあんだよ。


 「〔降り頻る極彩色サイケデリア〕!」


 第五階梯。狭範囲殲滅スキルである。

 極彩色の数多の矢がサイケデリック調に降り注ぐ。


 うねうねとのろいスライムもどきにはもろ命中していた。


 「罰として磔刑たっけいを喰らわす」


 ……つっても、どーせすぐ何もなかったみたいに動き出すんだろうな。ダメージも喰らっているようには見えないし。


 まあ予想の範疇はんちゅうではある。結局、核をどうにかしないとどうにもならないってことなんだろう。

 行動は制限できた。ならオーケー、狙い通りだ。


 それじゃあ最後の、スキル発動――。


 遥か上空、小さな黄金の魔法陣が現れる。それを皮切りに付近に大小さまざま、黄金の魔法陣が無数に現れた。そして立体魔法陣が組み立てられていく。


 念のためスライムもどきにも注意を払う。

 

 おっ、もう動くか。

 不定形ってのは難敵らしい。でもさすがに本調子とはいかないようだ。依然として動きは鈍い。


 決めるなら今。

 核だけを狙うのが難しいなら、スライムもどきごと消滅させてしまえばいい。


 準備完了? ならいこうか。


 「〔局所的軌道滅光線スープトニク〕ッ!」


 身構える暇なく、間断なく、――そして、光条は凄まじい質量をもつかのように降り落ちてきた。


 視界が真っ白に染まる。反射で目をつむる。――衝撃。


 「がっ……」


 風圧で後ろにあった木に背中を打ち付けたらしい。


 「あばばばばっ」


 これあれだよ! めちゃくちゃ顔ブサイクになっちゃってるやつだよ!


 「だぁぶばばばばばばっ」

 

 俺も磔かよ。てか腰やばい……。


 そしてそんな痛みがどうでもよくなってしまうほどの轟音が遅れて迫ってきた。

 鼓膜がびりびりと震える。耳を塞ごうにも腕が上がらない。顔にびちばちと雪と土塊つちくれが当たる。

 

 やがて、眼裏にまで届いていた白い光が消えた。全身を押さえつけていた強い力もふわりと消え、地に足つかない浮遊感に焦りを覚えた。


 宙を蹴る。が、暖簾に腕押し、手ごたえは返ってこない。

 〔翻弄する跳躍者ヴァリアブルジャンパー〕終了のお知らせ。


 まじか…………。


 そのまま為すすべもなく自由落下ナウ。


 ぼすっ。

 五メートルばかりの降下はすぐに終わった。


 しかし次いで頭上で危険を感知。雪が落下。


 ……埋もれた。


 「ぷはぁっ! はあはあ……」


 這い出た。


 さっむ。死ぬ、凍傷なる。てか腰痛えぇえええ!


 散々な思いをしてるなあと、なんだか哀しくなりながらも頭を上げて状況の確認。


 直径十メートルほどだろうか。クレーターができていた……。

 

 局所的と言いながらも、その威力はさすがの第七階梯。スライムもどきの影も形も見当たらない。


 ちょいやり過ぎた気もするけど…………。

 ま、まあ、とにかく今は楽しい時間! 戦果の確認だ!


 石版を呼び出し、魔石の項目をタッチ。


 さてさて、何等級かな〜っと。


 むむん? むむむ〜……ん?


 ない。魔石がない! どうして!

 と思っていたものの、『NEW!』の表示を見つけ少し落ち着く。


 よしよしよし。ここにあるんだな?

 さーて、何等級かな〜?


 タッチした画面に現れたのは以下の文言だった。




 『[闇のカケラ]を入手しました』



 


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おっさんチート 〜異世界転移した冴えない中二病のおっさんは、スキルでもって勇者する〜 方波見 @katanami

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