第4話 10歳少女とエンカウント!?

 

 目を開けると、そこは森であった。


 はい、空間移動検定1級タキタです。

 最初の時空間移動で1級の受験資格をゲット。いまの移動で晴れて1級を取得した次第です、はい。


 というのはさておき、まだ昼頃だろうに、お日様はまちまちと差すばかり。辺り一帯は鬱蒼うっそうとし、非常に不気味だ。いやに静かなのがそれに拍車をかけている。


 急に樹木がざわざわと葉を揺らし始め、ぶるり、身を震わせる。

 一陣の風が過ぎていくと、葉揺れは止み、再び静寂が訪れた。


 「…………ふう、なんだよ。脅かすなよ」


 怖い。

 葉擦れの音が反響するのだ。自然にも文句を言いたくなるってものだろう。


 ここは少し肌寒い。体感的な話で、実際は涼しくて快適ってくらいなんだろうが、先ほどいたところよりも気温が下がっていることは間違いない。地形的な要素もあり断定することはできないが、北の方に転移したのかもしれない。


 そういえばと、今更ながらに自身の恰好を思い出した。


 とりあえず、こんなところで露出プレイをする趣味などないため、いそいそと服を着る。


 白シャツに黒ズボン。丈は少し長いが、着心地は悪くない。なかなか上等なもののようだ。かなり栄えた感じの大通りにあった品だから、質がいいのは当たり前か。

 しっかりと握っていた硬貨はポケットに。


 しかし、靴が無いのはマズイな。なんせ森だ。見たところ舗装された道はないようだし、当分現れる気配もない。

 実際、すでに小石がめり込んでいる。転移直後小石にダメージ喰らうってどうよ?


 まあ、こればっかりは仕方ないか……。靴下を履いているだけましと思おう。


 辺りを見回し、右方にある岩へ向かう。

 日が差しているし、高さの具合もいい。ちょうどいい椅子になりそうだ。


 岩に座り、一息。ここまで来ただけで、足裏は土塗れになっていた。土が乾いているだけ良かったと思うべきか。それらを手で払い、靴下にからまる小石を取り除く。どうせすぐ汚れるだろうが、何となく気になる。


 「……はあ、先が思いやられるな」


 いやいや、弱気になっちゃダメだ。心を叱咤しったし、やるべきことを考える。


 今ここで、スキルについてできる限りの確認をしておこう。

 うぬぅとうなり、石板を呼び出す。


 このガチャ能力。チートであることは確かだ、というかそう信じたい。


 が、今持つスキルの半分は使用不可。武器種やら時間帯やら、発動条件が限定されているものが多い。設定に凝り過ぎたのがあだとなった形だ。そして、この転移スキルように微妙なスキルも多い。


 

 ――〔苦渋の緊急脱出ランダムギャンブル〕:第五階梯。リキャストタイム十時間。半径三百メートル範囲に脅威となる存在のいない地点にランダム転移。


 まあ、これのおかげで今生きていられるのだから、あまりケチをつけるわけにもいかない。運が良かったのだ、たぶん。


 いま戦闘で役に立ちそうなのは三つだけ。


 一つは、脱出の際に使った〔空聖の女衣フェイクヴェール〕。

 といっても、再発動までに五時間必要なため、当てにはできない。


 あとの二つは、〔香炎柱〕と〔燦華零雷〕。これらはともに攻撃系のスキルだ。


 この二つで状況を好転させられるか。

 ……正直、心許ない。が、四の五の言ってもいられない。


 全体の傾向として、階梯が高いスキルほどリキャストタイムが長くなっているみたいだ。〔燦華零雷〕は、十五時間となっている。

 ……長い。さすがにこのスキルを確認するのはリスクが高すぎる。


 〔香炎柱〕は第二階梯。リキャストタイム二十秒のお手軽スキル。


 ひとまず、不測の事態に備えてこれだけは確かめておこう。


 てことで、辺りをキョロキョロ。前後左右、森。人の気配、なし。まあ、居るはずもない。そういうスキルを使ってここに転移したのだから。


 沈んだ気持ちに活を入れるため、ここはいっちょ、テンション上げていきますか!


 「ぃよぉぉおおおぉぉぉっしっ! いくぜぃっ! 〔香炎柱フランベ〕!」


 前方5メートルほどの位置――ちょうど木の立つところ――の地面に赤い魔法陣が出現。

 

 直後、人を呑み込むほどの炎が噴き上がった。ぶぅおんってな具合に。


 それからしばらく、赤々とした炎は轟々ごうごうと木にまつわり、炭化し痩せ細った幹は音を上げた。みしみしと嫌な悲鳴とともに、倒木。かすかな風が頬を通り過ぎた。



 ……わお。全身に鳥肌が立った。快感が突き抜けた。想像以上。


 すっげぇっ! かっけぇえっ! 


 〔香炎柱フランベ〕の迫力に胸を躍らせていると、すぐ近くの木から何かが躍り出てきた。


 緑色の小さな生物。


 魔獣、というやつだろうか。ゴブリンっぽい感じだが、つぶらな瞳は愛らしく、背丈は想像のものよりさらに小さい。

 10歳少女ほどだろうか。


 ただまあ、棍棒を持ってにじり寄ってきているところからすると、こちらを潰す気まんまんのようです……。


 いくら小さいとはいえ、実際に見たこともない二足歩行生物がいるのは不気味だ。普通に怖い。てか、なんで大声でスキル発動しちゃったんだろ……。


 後悔はいつだって遅れてやって来る。カンニングできないってのは難儀なもんだ。


 円らな瞳と熱い視線を交わし合う。そろぉりそろぉりと足を滑らすように後退。刺激しないように、刺激しないようにね。

 ゴブリン(仮)の腕がピクリと動いた。


 背を向けて脱兎のごとく逃走開始。


 それに合わせて、ゴブリン(仮)も駆け出してくる。足音からして一体じゃないようだ。忌々いまいましく歯噛みしながら振り返ってみると、五体。


 なんてこった。


 背後にいる敵へ意識を向け、石板をタッチ。〔香炎柱フランベ〕を発動。

 が、魔法陣は自身の前方へ出現。あわや自爆、といったところをぎりぎりで回避し、それが功を奏したのか、遅れてゴブリンの悲鳴が聞こえてきた。炎に捕まったのだろう。


 あっぶねえ。でも、これであと四体。


 なりふり構わず木々を掻き分ける。枝木が肩をかすめるが、そんなこと気にしてられない。

 ぎゃあぎゃあ喚き立てるゴブリンへ意識を向け、再び〔香炎柱フランベ〕。しかし、結果は同じ。魔法陣は前方へ出現し、無駄に木を燃やす。


 「くそっ」


 撃退は諦め、逃げに徹する。


 「いだっ!」


 大きめの石を踏み込んだ。


 「こんなとこに転がってんじゃねえよ!」


 訳の分からない悪態が口をついて出る。


 止まりたい、そんで泣きたい。優しい幻想のマッマによしよししてもらいたい。しかし、止まるわけにはいくまい。


 「はぁはぁはぁ」


 自身の呼吸音だけが耳に響く。喉は張り付き、息も絶え絶えだというのに、なぜだか頭はえていた。


 大丈夫。逃げ切れる。これなら大丈夫。


 「っ!?」


 その矢先、何かに足がとられ視界が反転。そのまま世界がぐるぐる回り始めた。ぎゅっと目を閉じ、ダンゴムシのように背を丸め、歯を食いしばる。やがて背に加わる大きな衝撃。


 身体が停止した。

 

 おずおずと目を開き、そこでようやく、崖を転げ落ちたのだと認識した。


 「はぁはぁはぁはぁ」


 メンタルが、削られる。まだ回復手段を得てないってのに。

 ほんと、心折れちゃう……。


 人の少ない平日、一人で行ったスキー場。順番待ちのないノンストレスなリフトに乗って、テンションアゲアゲな午前中。そしてレストランの隅っこでボッチ飯を食らい、閑散としたゲレンデを滑り一人で盛大にすっころんで虚無感に苛まれる午後。

 やってきました、天国から地獄。俺、こんなとこで何してんだ状態。

 

 今、まさにそんな感じだ。


 ついさっきまで新品だった衣服は既に土色。服の体裁ていさいは守られているが、ところどころに小さな穴や裂け。赤色の滲みまで目に入った。


 自分だって、伊達におっさんしていない。現実に想ったより華がないことぐらい解っているつもりだ。

 でも、だからこそ、それなりに良いこともあるって知っている。


 立ち上がるんだ。頑張れ自分、負けるな自分。異世界と言えば夢想だ! ハーレムだ! そして魔法だ! 成り行きでハードモードっぽくなってしまっているが、理想の異世界じゃないか。文明はそれなりに発展していて、魔獣がいて、魔法がある。


 そう。とにかく今は、未来の最っ高な異世界生活のために苦労してやろうではないか。


 自身を鼓舞し、改めて現実を見据える。

 崖上には、四体のゴブリン(仮)。未だこちらを諦めていないようだ。しかしその足取りは重い。恐る恐るといった調子で崖を下っており、まだ猶予ゆうよはありそうだ。

 魔獣とはいえ、身体は自分よりも小さい。耐久力も人間とそう変わらないのかもしれない。冷静に見れば、下位の魔獣って感じだし。


 ゴブリン(仮)のおずおずといった様子を見て、一瞬、攻撃という選択肢が浮かぶ。が、それをすぐに却下。いくら余裕ができたといっても、自分が強くなったわけじゃない。ゴブリン(仮)の力も未知数だ。


 よって、やはり逃げ一択。


 「よし」


 気合を入れ直し、逃走再開。



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