第3話 脱出だぁあああ!


 大通りの脇を駆けながら、店先に並ぶ衣服を適当にかっさらう。


 露天商の美少女は当然のようにカンカンだ。

 

 その年でもう立派に働いているのか。偉いな。てか、可愛いな。


 「待ちなさいっ! 変態! 泥棒! だれかその変態な泥棒を捕まえて!」


 店から飛び出す少女の言葉を背に受けた。

 

 随分な言われようだ。

 が、悪くない。ソフトSまでならイケるので、ハードにならない程度にお叱りを頂戴したい。

 時間がないのが実に口惜しい。次回へ希望を残すためにも返答しておこう。


 「すみませんっ、いつかお返しに来ますからっ!」


 街の門がかなり大きく見えてきた。門が開いているといっても、当然守衛はいるようだ。


 さて、突破する手立てがない。どうするか…………。


 っと、待てよ…。

 世界を救う救世主的存在として召喚されたのだとすれば、あの能力が備わっているに違いない。確信にも似た強い想いを抱き、声高らかに宣言した。



 「ステータスオープン!」




 …………変化はないようだ。周囲の怪訝な視線にさらされた。おっさんは恥をかいた。


 ……おかしいな。これはバグっているのかもしれない。


 しかし、これ以外にこの場を切り抜ける方法が思いつかない。既に魔力的な何かを感じることができないか試しているが、そういった不思議パワーを感じ取ることは今のところできていない。もうステータス以外に縋るものがない。

 だからいくら恥をかいたって諦めるわけにはいかない。


 「ステータス! オープン!」




 …………変化はないようだ。無垢むくな子供が真似を始めた。おっさんは味方を得た。


 「ステェエータスッ! ォォオオープンッ!」




 …………変化はないようだ。子連れの母親はこちらに睨みを利かせながら、愛しの我が子の口をふさいだ。ついでに目も塞いだ。おっさんは味方を失い、成人指定の存在に昇華した。


 「っすうってぇぇええぇぇタァアアアァァスッ! ゥゥゥウウウォォオオオオオオオープンッ!」




 …………変化はないようだ。おっさんは膝を屈した。


 お願いしますお願いしますお願いしますお願いします。神様仏様……えーっと、幼女様! もう誰でもいいので助けてください! いと信心深き私めにチートな能力を授けてください! 


 ひざまずき、固く目をつむって祈りのポーズ。


 アホンダラカンタラチンプンカンプンパラパラプリプリペロペロポロポロリン。アホンダラカンタラチンプンカンプンパラパラプリプリペロッペロペロ……。


 ぐぬぅうと唸りながら必死に念じてみた。どうかどうか、どうか何か起こってください。


 おそるおそる、目を開ける。


 ……目の前にぷかりと石板が浮いていた。立ち上がると、石板も胸の前まで上昇。


 想いが伝わったのだ! 

 

 さすが俺。


 「おとなしく捕まれ! どうせ逃げ場などないぞ!」


 槍のお兄さんたちに大分距離を詰められてしまった。が、守衛との距離もすぐ。そこを抜ければ、もう街の外だ。


 再び全力疾走。

 なんか脚の方からぶちって音が聞こえたけど多分気のせい。チートがあれば大丈夫。希望があれば何でもできる、俺は強い子泣かない子。


 走りながら石板を見ると『異世界転移記念! 10連ガチャを回せます!』の文字。


 おう、そういう感じ? ガチャ系チートなのかな? 

 すぐに文字部分をタッチしてみる。すると画面が切り替わった。


 『10連ガチャを回しますか? はい/いいえ』


 わーお。これタッチパネルになってんだ。すげーな。


 さすがにもう考える余裕はない。

 

 とにかくガチャを回すのだ。ガチャるのだ。

 というわけで、『はい』を即座にタッチ。


 軽快で陽気な音楽が流れ出す。デット・オア・アライブな感じで追われている今の状況には似つかわしくない。

 そんなもどかしい時間がしばらく。さてさて結果はどんなもんだい?



*****



 『新たなスキルを獲得しました!』

 ・〔流旋風慈〕

 ・〔誉の氷結段〕

 ・〔空聖の女衣〕

 ・〔香炎柱〕

 ・〔夜天の翼〕

 ・〔苦渋の緊急脱出〕

 ・〔冥府への誘い〕

 ・〔燦華零雷〕

 ・〔九十九連突〕

 ・〔久遠止水〕



*****



 

 …………すげえや。


 叫びだしたくなる興奮とはまた違う、心の奥底が徐々に徐々に熱を持って震え上がる感じ。


 画面に並ぶそれらは、自分が創り出したものであった。長年に渡り作り過ぎて、正直ピンとこないものもある。が、間違いなく自分がノートに記したもの。

 

 試しに〔流旋風慈〕の文字をタッチすると、詳細が表示された。


 ――〔流旋風慈りゅうせんかざうつみ〕:第四階梯かいてい。流れるように斜め前方の敵の背後に回り込み、首を断つ。リキャストタイム:五時間。発動条件:剣使用。


 ふんふん、なるほどなるほど。階梯はスキルランクという解釈でいいのかな?


 どうやら、階梯やリキャストタイムといった作った覚えのない設定もあるが、バランス調整的な感じだろう。他のスキルも見てみると、どのスキルにもリキャストタイムの項目が存在していた。中には、発動条件や発動時間といった項目を持つものもあるみたいだ。


 さて、チート能力を手に入れたところで、門をどう潜り抜けようか。もう既にいろいろとやらかしている気がしないでもないが、これ以上恨まれるのは避けたい。

 この街と自分が今後どういった関係になるのか何も分からないのだ。できる限り穏便な方法が望ましい。


 となると、攻撃系はなしだ。威力を知らないまま使うのは危険すぎる。火力が過剰だと人を殺しかねないし、いざ使ってみて火力不足で捕まった時には目も当てられない。

 飛行スキルもあるが、一か八かで使うには怖すぎる。そもそも、今は発動条件を満たしていないようだ。


 であれば、守備系一択。


 結局、どのスキルにしてもどれほどの効果があるのか分からないため、めちゃくちゃ怖い。が、守衛は絶対にモブキャラだ。そうであるに決まっている。魔法が存在する世界だとして、モブキャラが魔法を使うことはないだろう。いや、ないはずだ。うん、ないに違いない。


 門まで残り100メートル。意を決する。


 よしっ行くぞ! スキル発動!


 「第四階梯、〔空聖の女衣フェイクヴェール〕!」


 頭上四メートルに現れるは、新緑を想起させる巨大な魔法陣。次いで、緩やかに回転するその魔法陣から、神聖なる無縫むほうのヴェールが現れる。

 ところどころ濁った透明なヴェールが自分を覆い、外との隔たりができた。


 「なっ、魔法使いかっ!」


 こちらのスキル発動に、守衛二人は狼狽うろたえながらも進路を塞ぐ。


 そういう反応を待っていたっ!


 魔法使いはそれなりに珍しい存在なのかもしれない。少なくとも、守衛二人に魔法を使用するような素振りは見られない。


 これなら行ける! 大丈夫! 

 てか、めっちゃテンション上がってきたぁああー!


 「行くぞぉぉおおおおおおぉぉぉっ!」


 守衛は槍を構え迎撃態勢。内心緊張に震えながらも、アドレナリン任せに正面突破を試みる。


 果たして、スキルは創造した通りに機能した。守衛の剣をものともせず、いまだ自身の周りはセーフティーゾーン。そして、門に辿り着いた。


 「騒がしいですね。どうかしましたか?」


 同時、守衛室と思しき部屋から出てくる人物がひとり。その人物と、目が合った。


 刹那せつなの交錯。しかし、委細いさいを把握。


 金髪ショートな清楚系。はい、可愛い。


 儚げで、けれどどこか勝気な雰囲気。アンニュイさを漂わせながらも、肉食さも思わせる。ただ可愛いだけでない複雑な可愛さ。 

 異世界美少女ってマジすげえな。


 自身の顔が半にやけになると同時、金髪清楚さんは笑んだ。

 ただ、優しい笑みじゃない。獲物を見つけたときのような、ひどく動物的な、獰猛な笑み。


 想像と違うぞ?


 改めて金髪清楚さんの全身をクールな頭で見てみると、そのスレンダーな身を包むのは、守衛や警備隊とはまた違った軍服。


 腰には一振りの剣。

 彼女はおもむろに鞘から剣を引き抜いた。


 徐に、と思ったが、わずかな交錯の間で徐に抜いた剣を見ることができるはずはない。よどみない流麗な動きが時間を緩めて見せたのだ。


 ちらと横目に確認できた細身の剣。その刀身は、おぞましく波打っていた。確か、フランベルジュというんだったか。


 博物館で見たのなら美しく見えていたのだろう。が、今は不吉なものにしか思えない。


 ああ、この人、怖い人なのかも。そう悟った。

 清楚という見立ては即座に捨て、とりあえず痴女の称号を与えた。


 あの獰猛な笑みはダメだ。勝気どころじゃあない。まあ、こんな出会いでもなければ是非とも一緒にお茶したいところだけども、さすがに今は無理そうだ。


 脚を緩めず、ひた走る。これでも、学生時代はスタミナお化けと呼ばれてたんだぜ。

 後ろを確認すると、街から一歩分出たあたりで金髪痴女さんが切っ先をこちらに向けていた。彼女の上には、赤くたけった魔法陣が一つ。いや二つ。いや三つ。いや、…………十個くらい。


 おい、嘘だろ!


 魔法陣は輝きを増し、巨大な火の玉が射出された。

 それは不規則な軌道を描き、けれども標的は違わず自分に向いていて…………、おいおいおいおいおいっ、これ耐えられるかっ!? てか、発動時間大丈夫だろうな!


 「耐えてくれよぉおおおおおぉぉおおおお!」


 できるだけ距離を稼げるよう、がむしゃらに走った。どっかの神様に祈りまくった。


 一つ目の火の玉が着弾、と同時、火の玉はしゅうと蒸発するように消えた。続いて横合いから二つ目。これも難なく防ぐ。耐久性は申し分ない。

 続く、上方からの三つ目、左方からの四つ目、目の前に回り込んでの五つ目も防ぎきる。〔空聖の女衣フェイクヴェール〕の発動時間にもまだ余裕がありそうだった。


 「よしよしよし、いい感じだ! さすが俺の生み出したスキル!」


 ド、ドドドンズドォォォォオオオンッ!!!!


 爆走しながら自画自賛し安心したのも束の間、こちらを仕留めるように残りの火の玉が同時に迫り、着弾。完璧に防ぎきることはできず、ヴェールが消えた。熱風でマイボディが前方に吹き飛ばされる。


 「がふっ」


 くそっ! 服も着ていない防御力0状態だってのにぃ…………。


 いまだ剥き出しの身体に傷がつく。ここで泣いたら絶対に挫けてしまう、と必死に涙を抑え、起き上がる。幸い、先ほどかっさらい大事に両腕で抱えこんだ衣服は無事なよう。


 しかし安心するのはまだ早いと言わんばかり、後方を見れば不規則に飛ぶ火の玉がぼうぼうと。


 「……ちょっとハードプレイ過ぎませんかねぇ」


 第二弾もやっちゃう太っ腹な火の玉セール中らしい。もちろん、今度の標的も俺に違いない。このままじゃ無事ではいられない。こんなとこで丸焼きになるなんてぞっとしない。


 使うしかないか…………。


 「どうしてこんな微妙なスキルを創ってしまったんだ!」


 この場をしのぐためには、現状一択。過去の自分を非難しながら、とあるスキルを選択。


 『発動しますか? はい/いいえ』


 迫る火の玉。いくら考えても他に使えるスキルはない。


 ええい! ままよ!


 『はい』を選択。

 足元と頭上に魔法陣が現れる。魔法陣は俺を挟み込むようにして――




 ――空間を飛んだ。


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