第23話 若き青年よ、我がスキルの真骨頂を見せてあげよう。


 金髪くんとの試合。

 それは、始まりから膠着こうちゃく状態に陥った。


 金髪くんは反時計回りにじりじりと足を動かし、それに合わせてこちらも反時計回りに動く。間隔を保ったまま、互いに直線上に相手を置いて。


 こちらから飛び込むという選択肢はない。近接戦はできるだけ避けたい。


 こちらとは違い、金髪くんが剣を持っているのは正真正銘の剣士だからだろう。そんな相手に対して、自ら近接戦を仕掛けに行くのは愚策に思う。だから、基本は待ち。


 しかし、なかなか攻めてこない。


 こちらは余裕ある表情を浮かべているつもりであるが、杖を持つ手は悲しいほどにブルっている。

 それが下半身にまで伝わりそうで、人間バイブレーション一歩手前である。


 いや、まあ、向こうも向こうで、こちらを警戒しているのかもしれないな。

 ロニーや茶髪くんたちから彩小鬼戦の話を聞いていたとしたら充分考えられることだ。


 うん、そうだ。そうなのだろう。そういうことなのだろうさ。


 ならば、先制するのも一つの手か。


 時間をかけ、半周。


 両者の位置がちょうど入れ替わる。


 よし、パターン1・2は捨ててパターン3に変更――




 ――そう決めたと同時、こちらの思考を見計らったかのように金髪くんが姿勢を低く屈め、地を蹴った。


 「なっ」


 思わず、詠唱をすっ飛ばして〔香炎柱フランベ〕を発動。


 設定どおり忠実に。五メートル先、金髪くんとの直線上に現れる赤い魔法陣。

 が、発動までの約一秒。それが遅すぎる。既に彼は二歩目を蹴りだし、魔法陣の上。どう考えても間に合わない。


 にしても、速すぎる。十メートルを三歩で詰める勢いだ。こんなの人間業じゃない。さすがにおかしい。


 と、そこで金髪くんの試合前の挙動に思い至った。


 後ろで手を組み、何事かを呟いていた。

 あれは詠唱だったのではないか。そんな確信めいた疑念がよぎる。


 すると金髪くんと目が合う。

 彼は悪戯いたずらが成功したときのような無邪気で、それでいて不敵な笑み。


 これだからイケメンはっ! そのスマイルでなんでも許されると思うなよっ!


 「機は熟し、早々そうそう起こる――」


 言葉を紡ぎながら、金髪くんは〔香炎柱フランベ〕の魔法陣を楽々と越えた。

 二歩目の着地をしたとき、ようやく彼の背後で炎の柱が上がる。


 遅すぎる! スキルの発動も、俺の反応も!


 「――はやる戦線、不定の斬衝ざんしょう赤刃あかはの残光――」


 流れるようにつづられる金髪くんの詠唱。

 様になる彼の表情とは対照的に、俺の顔は情けないものになっているのだろう。


 金髪くんは左足の着地に次いで右足を斜めに踏み出し、腰を落とすと同時に抜剣。横薙ぎの一閃を繰り出した。


 距離はまだある。その刃が届く距離ではない。 


 「――〈赤光しゃっこう〉」


 「っ!?」


 しかし、彼が放つは魔法の斬撃。赤い線が迫り――






 ――咄嗟とっさに身を屈めることで回避した。



 狙いは上半身。下半身を狙うようなことはしないらしい。

 

 それは良かった……って、良いわけねえ! ヤバいっ、マジで死ぬ! 思考してからじゃ間に合わない! だったらもう使ってしまえ! パターン3・4を放棄してパターン5!


 「協和の破毀はきに、審判下る」


 ロマンを詰め込んだ、偽装の詠唱。


 その最中頭を上げると、逆光に目がくらんだ。


 そうか、……最初の膠着はこのためだったかっ!


 視力を取り戻すと、既に目前。金髪くんがいた。息が詰まる。ほとんど反射的に、右手に持つ杖を大きく振り上げ、力のままに振り切った。


 が、風を切る音。


 まるでこちらが緩慢な動作をしているかのように、ひらりと一歩後退することで避けられる。

 次いで放った左足を踏み込んでの横薙ぎは、いとも容易く剣で突き上げられ、大きく脇を開けるようによろめいた。


 しまった!


 当然、金髪くんはその隙を逃さず詰め寄ってくる。

 流れるようなモーションに、目が吸い込まれていた。金髪くんが剣を鞘に収める動作を追っていると、懐に潜り込まれていた。



 ――逃れることあたわず、うにゼロ距離。


 「ぐっ」


 気がつけば、柄頭つかがしらが腹に刺さっていた。


 鋭い衝撃が体を突き抜ける。


 クソ野郎っ! 打撃……、防御力皆無かよ!

 

 鎖帷子くさりかたびらを選択した自身を呪う。


 「臓に沈み、意をくじく――」


 間隙置かず、金髪くんからまたもつむがれる詠唱。

 俺のターンを待てッ! 俺のターンをッ!


 このままでは、何もできずに終わる。それじゃあ駄目だ。


 「破邪はじゃふう、巨手の影、色のくさび


 あえぐように、こちらも先ほどの続きをうたった。


 少々無理があるかもしれない。が、これで詠唱は言い切った。

 偽装は完了。後は、ロマンの放出だけ。


 しかし、


 「――あやなす五紋ごもん。〈没指五追ぼっしごつい〉」


 金髪くんのほうが一手はやかった。


 ほのかに赤みを帯びた、金髪くんの右手の五本指。そうして、下から上へ鳩尾みぞおちが突き上げられる衝撃。


 「がっ」


 体重差があるにもかかわらず、足が浮いていた。叩き込まれたのではなく、えぐりこまれたような感覚。脂肪という防壁は難なく破られた。

 深く重く、内臓をじ上げられるように浸透していく痛み。金髪くんの右手は鳩尾にめり込んだまま離れず、酔ったような不快感が吐き気をもよおした。


 さっきよりも詠唱が短かった。短縮か、或いは階梯の違いか。んなんどうでもいい。


 からん、と手から杖が零れ落ちた。


 ああくそっ、ふざけやがって……。何だってこんな思いしなきゃならないんだ。おかげで涙まで出てきてんじゃねぇか。これ、内臓やられてねぇだろうな…………。


 頭の中でうらごとを唱え、何とか気を保つ。


 金髪くんの手が鳩尾から離れると同時、ガクッと膝が折れた。

 上半身も倒れようとするところを、かたわらに落ちた杖で補助し、なんとか耐える。


 彼は少し距離を取り、こちらを油断なく観察していた。


 次いで、観客からどよめきが生まれる。


 俺が倒れたことによるどよめき。



 


 ――と、金髪くんはそう思っているのだろう。



 でも多分、それは違う。


 おそらく君は、若くして実力を認められた青年。


 に対して、俺は何の変哲もないおっさんだ。

 そう、ただのおっさん。地位も名誉も容姿にも優れていない、どこにでもいるおっさん。


 普通に考えて、そんな俺が膝を折る、なんていうような予定調和じみた展開にどよめきが生まれると思うかい? 


 だから、違うんだよ。


 このどよめきは、予想外のことが起こる前兆さ。

 いま、この場における予想外。それがどういうことだかわかるかい?


 なけなしの強がりを総動員し、金髪くんへ、不敵な笑みをつくって見せた。


 お返しだ。



 こちらの余裕を感じてか、金髪くんがはっと頭上を見る。


 金髪くんの顔に驚愕が浮かんだ。


 金髪くんの頭上には、彼に覆いかぶさるようにすぐそばにまで迫った巨大な網。 

 さらにその上には、円環を描いて飛来する七色の光矢。


 

 気がついたね。でも――



 魔法と異なる、スキルの特殊性。


 それはこれまでの情報で、おおよそ見当がついている。

 魔石がいらなかったり、詠唱がいらなかったり。


 これらは明らかなアドバンテージと言えると思う。


 でも、それ以上に興奮したことがあるんだ。


 〔不滅世界しなずのち〕でスキルが使えるという事実、そこから導き出される可能性。


 




 ――さすがにもう、逃げられないだろ?



 鋼鉄の網が彼を覆い、そこに七つの矢が間断なく降り注ぐ。そして、金髪くんを張り倒すように、網と地面が縫い留められた。




 ――〔虹に縫われた虜囚キャプティブアルコンスィエル



 第一階梯〔鋼状網ラティス〕と第三階梯〔虹降りセヴンアロウ〕の合わせ技。


 なかなかイカしたスキルだとは思わないか?



 網にとらわれ地面に伏した金髪くんは、砂に顔を汚している。


 しかし悔しげでありながらも、どこかこちらを称賛しているような、納得しているような表情をしていた。


 まったく、これだから余裕のあるイケメンは…………ふっ。

 まるで、俺が負けたみたいじゃないか。


 本当はもっと華々しく、華麗に優雅に余裕をもって。

 それがどうだ。いい年して腹パン喰らって、うめいてる。


 カッコ悪いったらありゃしない。


 まあでも、自分の創ったスキルたちが成果を出したんだ。誇らしくもある。




 ――俺のスキルチートって、すげえだろ。




 周囲の騒めきを遠くに聞き、そのまま意識が薄れていった。





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