第22話 さあ、男と男の真っ向勝負だ。
それからさらに五日後。
試合の日がいつになるか、ハラハラドキドキしていた緊張も解け、なんかやっぱり病んできた。
ナイスガイは放置プレイがお好みなのかしらん。とかなんとか思っていたら、
「試合は明日、朝食後に迎えに来る。いいな?」
ナイスガイがやって来た。唐突の登場である。
こちらの精神がだめになりそうな機を見計らったようにやって来るなんて、まさか…………、ナイスガイは自分を落とそうとしているのか?
そんな憶測を巡らす自分をやはり放置し、ナイスガイは颯爽と去っていった。
なんやねん。もっと
ともあれ、考えてみよう。ナイスガイがやって来たのがなぜ今なのか。
おっさんが生き抜いていくには最低限の思考スキルが必要だ。
もし、ようやく金髪美青年が帰ってきたのだとしたら、この街は痴女さんに追い立てられた街から一か月分の距離があるということになる。
さて、その移動手段は、馬か馬車か。
さすがに徒歩ってことはないだろう。金髪美青年はナイスガイの庇護下にあるということだし。まあでも、他に移動手段がある可能性もある。
そこまで考えてもキリがないか。
まあ馬か馬車だったとして、どちらにせよ、だ。一か月の道のりがどれ程のものなのか、いまいちピンとこない。そりゃまともに使ったことないからね。
追々、位置関係も知る必要がありそうだ。
地図、地図がほしい。異世界ファンタジーだとべらぼうに高いってのがデフォだけど。そこらへんはナイスガイに歩み寄れればいけるか?
とかなんとか、いま考えても仕方ないようなところにまで思考が際限なくはぐれそうになったので、とりあえず寝ることにした。
睡眠最強である。悩み出したら寝るのだ。そしたらひとまず幸せ。おっさんの智慧である。
*****
そして迎えた、試合当日の朝。
いつものように朝食をとり、青年が盆を下げに来る。
これでしばらくこの青年ともおさらばだ。感慨が湧いてくる。
こちらへ来て一か月。一緒にいた時間では、青年が圧倒的に長い。
盆の上げ下げと連れションをするだけの仲だったが、塵も積もれば何とやら。単純接触効果的なものが働いているなら、きゃっきゃうふふなデートプランを二人で考えていてもおかしくないぐらいだ。
まあ、青年の様子を見るに、そんな展開はどんな世界線にも存在しないのだろう。
ともかく、しみったれた空間からようやくおさらばできる。そう思うだけで解放感に満たされていくようだ。
オヤジがやって来た。
あの、推定美女をいやらしい目で眺めまわしていたのであろうハゲオヤジだ。
なんともうらやま、……ぐへんぐへん、けしからん。
どうやら、今日の先導役はこのハゲオヤジらしい。
それで思い出したが、そういや、お隣さんのいる気配を全く感じない。いつからだろう。
ホラーかな? サスペンスかな?
まあ、いまはどうでもいいや。
「さあ、行くぞ」
錠を開けたハゲオヤジの声は、なんとも紳士的な響き。意外だ。
ハゲオヤジの声に従い、ささっと牢から出る。
なんだかんだ一か月もの間ここで生活していたため、離れがたい何かしらの感情が湧いてくるかと思ったが…………喜びしかないね。
手枷はそのままに、ハゲオヤジの後に続いた。
歩みはもどかしい程にゆったりとしている。地味にフラストレーションを抱えていると、良い匂いが漂ってきた。
って、おいっ、この人香水使ってんのかよ。
しかも趣味がいい。けっこう身だしなみには気を使っているのかもしれない。またも発見するハゲオヤジの意外性。
自分史上最もいらない発見である。これっぽっちも嬉しくない。
だが、ハゲオヤジに対するドSなド変態疑惑は少々薄らいだ。
それから、右へ行ったり左へ行ったり、てくてくてくてく。
階段を上ると、自然の光に感動を覚えた。
一か月ぶりの地上だ。無機質な広々とした通路を右や左に進み、ようやっと外に出た。
眩しい。
一か月ぶりの外。空気がおいしい。軽く瞳が潤んだ。
様々な建物を尻目に広大な敷地を歩き、とある建造物、ドアのないくりぬかれた入り口に進んだ。
「魔法訓練場だ。ここで試合をしてもらう」
中に入ると、円形闘技場。瞬時にそんな言葉が浮かんだ。
ハゲオヤジは魔法訓練場と言ったが、それよりもこちらの方がよほどしっくりとくる。ミニコロッセオみたいな。
天井はなく、ぎらついた日差しが地を焦がす。
試合相手はまだ来ていないみたいだ。
ぐるりと見回してみると、粗雑な石造りの観客席には大勢が座り、その六割方が埋まっていた。観客は皆が揃いの服を着ており、ほとんどが男。多くが帯剣していることから、そういう人たちなのだろうと想像がついた。
…………怖ぇよ!
もっとひっそりこっそりやるんじゃないの!? こんな大々的にするなんて聞いてないんだけど! めっちゃビビるんですけど! なんでこんな注目度高いイベントにしちゃってるの!? ナイスガイは何考えてんの!? ああほら! 見てるっ、強そうな野郎たちが好奇の目で見てるよ! 大丈夫これ!? ほんとに死んじゃわないよねえっ!?
ちらり。
茶髪くんと目が合った。
えっ!
速攻で目を離す。
なんで茶髪くんまでいんの!?
気まずい。自分は完全に裏切り者な感じだ。断罪待ったなしだ。
ああどうしよう……。中止とかにならないかなあ。せめて延期でもいいから。腹痛とかになったら延期してもらえるだろうか……。牢が恋しい。
これが失ったときになって初めて分かる大切さ、というやつだろうか。
学生時代、三学期のテストを休むため暖房もつけず全裸で過ごした夜以上に逃げたい!
あっ、なんか本当に腹痛くなってきた…………。
「あの、ちょっとお腹が――」
延期の提案をしようとハゲオヤジの方を向くも、既にそこには姿無く、観客席の一角を陣取っていた。
あのド変態鬼畜プレイ大好きジジイが!
それからすぐ。
反対側の入り口から、ナイスガイと共に試合相手がやって来た。
対戦相手は言わずもがな、いつぞやの美青年である。
日光を受けキラキラ輝く金髪に、優しさと知性を宿す透き通った碧眼。
一か月ぶりの再会だ。
想像に反し、にこやかな笑みを浮かべている。
好意的な雰囲気だ。ピリピリとした怒りをぶつけられると覚悟して来たが、その心配はなさそう。
……ふぅ、良かった。
「よろしくお願いします」
目の前にまで来た金髪くんは、礼儀正しく頭を下げた。
青年らしい爽やかさと、穏やかさを兼ね備えた好人物。罪悪感からキョどっていた自分とは大違いである。
「あっ、こちらこそ、よろしくお願いします」
追従する形で、慌てて頭を下げた。
大人としての面子が……。金髪くんの方がよっぽど堂々としているじゃないか。
「特に問題は無いみたいだな。私は見守らせてもらうよ。互いの健闘を祈る」
短く言葉をつなぐと、ナイスガイは観客席の方へ向かっていった。ハゲオヤジの隣に座るみたいだ。
続いて、両脇から台が押されて来た。
台の上にはそれぞれ、剣・弓・槍・メイス・モーニングスターなどの様々な武器、それに鎧が置かれている。
「二人とも、調子はどうだ?」
台を押す一人に問われ反射的に顔を上げると、それはロニー。
「悪くはないです」
金髪くんが答える。
「そうか、それは良かった」
そのやり取りを耳に入れながら、さっとロニーから目を逸らす。
気まずいったらありゃしない。
茶髪くんがいるならロニーがいるであろうことも予想はついてた。ナイスガイもロニーの名前を出していたし。
でもそれにしたって、まさかの至近距離。
「試合、楽しみにしているよ」
居心地の悪さを感じていると、ロニーがこちらに一言告げた。
過去のことを微塵も感じさせない、泰然自若とした様子。
ロニーも大人だ。ほんと、この人たちしゅごい。
自分の幼さが浮き彫りになってくるようだ。
金髪くんと自分の前に台が並ぶ。
「それじゃ、各々武器を選んでくれ。全て魔法武器だ。品質は均一に揃えられている」
魔法武器、ということは、やはりこれらを使うことで魔法が使用できるということなのだろう。
「僕はこれを使います」
金髪くんは、迷うことなく剣を手に取った。
武器のよしあしなんて、もちろん知らない。それでも、丁寧に管理されているのだなあ、と妙に感心してしまう程度にはピカピカしていた。日に照らされた切っ先が眩しい。
いや、怖くね? あれを振り回すんだぜ? そんなの自分には無理でしょ。
「自分はこれにします」
ということで、当初の予定通り杖を選択した。胸のあたりまである、長めの杖だ。
やっぱあると思ったんだよ、杖。
この世界の魔法は杖必須! な感じではないみたいだけど、魔法に杖は欠かせないでしょ。
思ったよりもずっしりと重たい杖を眺めまわしていると、モチベーションがぐんぐん上がってくる。
これは、いけるかもしれない。
「それでいいのか?」
予想外、という風にロニーが確認をとってきた。
「はい。これで大丈夫です」
「よし。なら次は防具を選んでくれ」
防具も武器と同じように、身軽そうなものから鈍重そうなものまでいくつか種類がある。
「はい」
金髪くんは迷いなく皮鎧を手に取って、さっと着た。
相手の決断の早さに少々焦るが、一つ一つ手に取って吟味する。
皮鎧は、けっこう頑丈そうだ。
この重量であれば、機動力が失われることもないだろう。が、これであの剣を防げるかというと、さすがに信用ならなかった。
かといって、持ち上げるのですら一苦労な金属の塊でガチガチに固めてもサンドバックになるだけだろう。
「タキタはどうする?」
「あっ、はい。……それじゃあ、これにします」
ロニーに促され、これ以外の選択肢はないだろう、と
正直、見た目以上に重い。しかし、短時間ならそれなりに動けそうであった。
何より、斬撃には皮鎧よりも強く思える。まあ、結局守られてるのは上半身だけなんだけどね。
これ、下半身狙われたら終わりじゃん…………。
「それじゃあ、二人とも開始位置についてくれ。ここに来るまでにラインが引いてあったはずだ」
進行役もロニーが務めるみたいだ。簡潔に返事をし、互いに背を向ける。
たしかに、闘技場の中央に来るまでのところにラインが引いてあった。
小学生のドッヂボールを想起させるライン。
せっせと踵をすり減らしながらコートをつくる、今ではどんな顔かも曖昧になってしまった友達の姿が
魔法があるのに、変なとこで原始的なんだな、と妙に可笑しかった。
良い感じだ。
戦闘経験などないが、仕事が
腹痛も消えている。不安は消えていないが。
開始位置に着き、中央へ向き直る。
開始を待つ互いの距離はおおよそ十メートル。ボクシングやレスリングなら遠すぎる距離。が、この世界においてこれが遠いのか近いのかは判断できない。
金髪くんは後ろで手を組み、下を向いて
試合前の儀式的なものだろうか。なんかかっこいい。
自分も真似しようかな、と思ったところで闘技場の隅に寄ったロニーの声。
「それでは、これより、従者ルイスと、
もうちょっと待ってよ! と言いかけたが、嬉し恥ずかしな紹介に頬が緩んだ。
流浪な二つ名、いいじゃん。なんか影を背負ってる感じで。
そうして、開始の合図。
特別な盛大さもなく、試合は粛々と始まった。
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