第35話 未経験職に中途採用されたおっさんが生き残るにはそれなりに体を張る必要がある。
「でか……」
ロニーが横に並んでいても、なおデカい。
「だろう?
「なるほど……そうなんですね。……ということは、この中途半端な毛の色も?」
目前で倒れる
「ああ、冬へ向け生え変わっている最中なんだ。次第に、雪と同化するために白く、寒さを防ぐために分厚くなっていく」
「なるほど……」
生物の神秘、というやつだろうか。感動だ。
「はぁ~。隊長、さすがに一人じゃ運べそうにないです」
まあそりゃそうだろうな、とちょっと悔しそうにするフランクを見て思う。
「まあそうだろうな」
力自慢をするわんぱく坊主かのようなフランクの姿に、ロニーは苦笑い。ロニーも同じことを思っていたらしい。
「ここは無理せず、別グループを呼ぼう」
言って、ロニーは懐から貝のようなものを取り出し、それを口にあてがった。
――ヒュウー、ヒュウー、ヒュウー。
甲高く、それでいて重厚な、風を鋭く切り裂いたかのような音が森に反響する。
「……あの、それは?」
「
「なるほど」
こんな便利道具もあったのかと感心してしまう。
少しすると、さすがにここまで馬車で来ることはできなかったのか、別グループの内の二人が簡易的な荷台をもってやって来た。
「ありがとう。さあ、持ち上げるぞ」
辺りの警戒をしつつ荷台を固定する別グループの二人と、
慌てて自分も、大きく陣取るフランクの隣に小さく座り、
おお、なんか肉球ついてるよ。
「いくぞ……せーの」
声量を抑えたロニーの掛け声に合わせて立ち上がる。
「おおっと!」
「おっさん、もっとちゃんと持ってくれ」
「ああ…………んっしょ」
気合を入れて、腰も入れて、なんとか立ち上がることができた。が、めちゃくちゃ重い。
自分の担当分と思われる領域の半分くらいはフランクが持っているにもかかわらず、腰、やられそうだ……。
ゆっくりと
キシ、と不安げに荷台が鳴ったが、耐久性はまだ問題ないみたい。ミシ、と泣く腰の方が問題を抱えているらしい。
*****
荷台を押す別グループの二人を守るように展開しながら、一度馬車の元へ戻ってきた。
「よし、もう一往復しよう」
どでんと帆馬車に載せられた
もっと効率のいい方法があるような気がしてならないが、これが安全な方法であることには間違いないのだろう。
笛の音の影響で、先ほどの地点にいた獣や魔獣は警戒心を強めているはずだ、ということで、別の場所へ。
テラフォード領軍の長年に渡る経験の蓄積により、大まかにではあるが、獣や魔獣の基本的な分布が分かるという。
そんな頼もしいロニーの背を追いながらも、自身に与えられた左方の警戒をする。
しばらく進むと、地形が複雑さを増してきた。
ふと、電動アシストが無いとキツそうな傾斜面の上、その中腹辺りに、
目に映る数は三。距離は五十メートルほどか。
木々がこちらの視線を遮っているのか、幸い、向こうはこちらに気がついていないようだ。
一番近くにあったフランクの肩を静かに叩く。右方担当のフランクが振り返ったので、視線で
それがロニーとオリバーにも伝わり、互いに目を合わせて慎重にとのジェスチャーを交わす。
斜面の下、
オリバーが弓を構え、ひょうと放つ。
狙いは違わず、吸い込まれるように一頭へ突き刺さった。どさり、と倒れた
残った二頭は、わずか
「よし、追うぞ」
ずいぶん苦し気な顔をしてくれるもんだなあ、と
しかし、やはり四足獣。鈍重そうでありながら、人間よりも遥かに早い。その差が開いていく。
自分がようやくオリバーが仕留め地に伏している
自分はというと、
これは仕事の放棄ではない。戦略的休息である。うん。
すでに上がりきっている息を整えると、自身の息づかいや足音だけでなく、周囲の音がよく聞こえてくる。
そこで、パキっと小枝を踏み鳴らしたかのような
反射的に顔を振り向けると、斜面を斜めに駆け上がるようにして、オリバーが仕留めた衣装熊へ接近する集団があった。強奪者だ。
「ろ、ロニーさん!」
判断を
不気味なほどに鮮やかな青色をした、人型の生物。成人よりは小柄だ。線も細く、ひょろりとしている。が、数が多い。十か、それ以上か。
「キュノプだ! タキタ! 獲物を守れ!」
ロニーは指示を出しながら、足止めをするつもりなのか、キュノプの元に突っ込んでいく。
ロニーにつられ、自分も駆け下りる。上りダッシュからの下りダッシュ。
キュノプたちは存在を認知されると、威嚇のためか、がなり立て始めた。キンキンと鼓膜をつつくような不快な声だ。
ロニーの攻勢を
奇妙な走り方をするキュノプたちの足の回転は異様に速く、恐るべきスピードでオリバーの仕留めた
そこから一番近い自分が気張らないわけにもいかない。
全力Bダッシュ。膝、大丈夫か? 自身への労わりは最小限に、とにかく駆ける。
そしてキュノプとの距離が詰まり、身震いした。
そいつらは、単眼であった。人間と似た形をしているがゆえに、怖気が全身を駆け巡る。
が、怯むわけにはいかない。生唾を呑み込み、偽装の詠唱。
「
タッチの差。キュノプより先に、衣装熊の元へたどり着く。衣装熊を守るようにして、キュノプらの前に右の手のひらを突き出す。きゃいきゃい
「――〔到らずの
ぐったりと伏す衣装熊の前に張られた不可視の空気の壁に触れ、キュノプたちは後戻りするように押し流された。
皆一様に尻餅をつき、口を
なんだ、けっこう愛嬌ある表情もするんじゃないか。
形勢不利と察したのか、キュノプたちは息を合わせたかのように、散り散りに
あいつらには膝が無いのだろうか? そう思わずにはいられない俊敏さで坂を下る奴らの背は見る間に小さくなっていく。
こちらまで戻ってきたオリバーが、横で、一矢放った。それは鋭く、一体のキュノプ、その背を追う。が、刺さる寸前、キュノプはまるで背後に目があるかのように横へ避け、ストン、と木に突き立った。
地形は向こうに味方したみたいだ。
同じくその矢の行方を見守っていたオリバーは、ため息ともとれる息を吐き出し、静かに弓を下ろした。
「すまん、大丈夫だったか?」
振り返ると、こちらまで駆け戻ってきたフランクが胸を上下させていた。
「はい。タキタさんのおかけで、何とか。とりあえず、衣装熊は守れました」
オリバーにそんなことを言われるもんだから、驚いてしまった。
「おお! やっぱおっさんはすげえんだな!」
「……いや、そんなことないですよ」
なんだか気恥ずかしい。
「タキタ、ありがとう。オリバーとフランクも、よくやってくれた」
返す言葉なく内心戸惑っていると、ロニーが斜面を上がってきた。
どうやら一体仕留めたらしく、脇にキュノプを抱えている。
ん? てか、キュノプってどっかで聞き覚えがあるな……。
「いやあ、俺は結局なんもしてないんですけどね」
フランクは面目なさげに笑みを零した。
「はははは、それでもだよ」
ロニーは朗らかに応え、嫌獣笛を鳴らす。
ヒュウー、ヒュウー、ヒュウー。
「さ、運ぼう」
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