第36話 仕事上の関係とわかっていても女性から不意にもたらされるプレゼントはこの年になっても相変わらず嬉しい。
それから、四人で協力して
別グループを待つ間、ロニーはキュノプの胸を切り開き始めた。
好奇心と恐怖心から、その様子を見たり目を背けたりを繰り返していると、一分ほどで紫色の小さな石を手に、ロニーが立ち上がった。
多分、魔石だ。
キュノプは魔獣らしい。
ああ、思い出した。
牢の中で石板に表示されてるのを見たんだ。キュノプはたしか、六等級の魔石を得られるのだったか。
「あの……もしかして、このキュノプっていうのが
半眼で横たわるキュノプを見やって、ロニーにお尋ね。
綺麗に穴が空いているからか、あまりグロくはない。
「ああそうだ。正しくはキュノプ『も』だけど。でも、ここらへんに生息する主要な魔獣であることには違いないよ」
「そうなんですね……。でも正直、衣装熊の方が強そうに見えます」
「単体で見ると衣装熊が体格で圧倒しているけど、キュノプはそれ以上の群れで行動するからね。一対一なら衣装熊がやられるなんてことは無いと思うけど、複数で襲ってくるとなれば別だよ。それに、キュノプは素早かっただろう?」
「はい、確かに」
「逆に、衣装熊はそれほど敏捷性には優れていないんだ。足をべったりと地面につけて音を消し、背後から急襲する。それが衣装熊の狩り。といっても、人間よりかはよっぽど速いけどね」
「はい」
「まあ、キュノプは二足歩行のくせに衣装熊より速いんだ。ズルいよな。それで、最終的に袋叩きにされてしまうってこと」
「なるほど……」
「今日の奴らはそんなでもなかったが、群れによってはかなり好戦的な奴らもいるからね。ま、運が良かった」
キュノプは六等級。魔獣の中では全然大したことないのだろう。しかし、そんなのが衣装熊ほどの獣を獲物にしてしまう。
それが魔獣の恐ろしいところということか。
魔獣は相当怖い存在みたいだ。
この際だから、訊いてしまおう。
「ロニーさんは、
「ああ、もちろん。でも、どうして?」
「いえ……キュノプが六等級なら、
「三等級だったかな」
「
フランクが話に加わる。
「一度だけね」
「ってことは、戦ったんですか⁉」
「いや、逃げたよ。というか、遠くにいるのを見つけて、気取られないように身を隠したんだ。さすがに、あれに真っ向から立ち向かう勇気はないな」
「隊長でもそんなんですかあ」
「あれを狩るなら、宮廷魔法師級、第四階梯を使える者がいないと無理だろうね。おっ、来たぞ」
先と同様、別グループの二人がやってきたので、荷台に衣装熊とキュノプを載せる。
キュノプが六等級で、
石板は信頼に足る。
さらに、ロニーの言が的を外していなければ、自分は現時点でかなり強い模様。
ガチャしただけだから、感慨はない。けど、もう宮廷魔法師に成れちゃうらしい。
超エリートな響き。カッコよい。
なんだか申し訳ない気もするが、これで大分安心できる。心の余裕ってのは大事だからな。
その後、馬車まで戻って昼食。
迅速に済ませ、別グループと役割を交代。
日が傾く前に幌馬車の荷台が一杯になってきて、これ以上載せると足が鈍るということで、一路、侯爵邸に帰ることとなった。
*****
侯爵邸に着くと、時間も時間だったので本日のお勤めも終了。
風呂の時間が近かったので、着替えを取りに騎士宿舎へ。
自室までの階段を上りながら、仕事を終えた解放感から訳の分からない歌を口ずさんでいることに気がつき、慌てて周囲を見回した。
……ふう。誰もいないな。セーフ。
廊下を進んで先を窺ってみると、自室の扉が開いていた。中を覗くと、セリーナさん。
まあ、驚きはない。
彼女には簡単なベッドメイキングを頼んでいるのだ。
その際は、時間の指定は特になく、必ず部屋の扉を開ける。
初対面したとき、そのように決めた。
見られて困る物はないし、失くして困る物もない。日本の自室にはアダルトな物だとかクレカだとかがあるからさすがに困るが、この自室においては問題ないのだ。
でもそう考えると、日本で自分の存在がどうなってるのか恐ろしい……。
さて、仕事の邪魔をするのも
と思ったのだが、こちらに気がついてしまったみたいだ。
「あっ! すぐ終わらせますね」
セリーナさんは、シーツに手をかけお尻を突き出すような恰好でこちらに顔を向けた。
安産形。眼福である。
「いえいえ、すみません。ありがとうございます」
端々から滲み出ている庶民感がとても落ち着く。年若いとても綺麗な女性なのだが、少し背伸びしているような、田舎から上京してきましたって感じの雰囲気が和む。
ちょっとエロスな感じもポイント高い。
ふと、小さなサイドテーブルに乗っているお洒落な紙袋に目が留まった。
その視線を見て取ってか、セリーナさんは紙袋を手に取り、中から箱を取り出した。
お菓子っぽい。
「これ、もしよければどうぞ…………」
そこから一つ、こちらの様子を窺うように渡されたものを見てみる。
「いいんですか?」
そんなに物欲しそうな顔をしてしまっていただろうか、と少し恥じ入る。
「はい、もらったお土産のおすそ分け、みたいな?」
貰ったお土産を他の人にあげるってのはどうなんだ、と思わないでもないが、好意を無下にするわけにもいかないのでありがたく頂戴する。甘いものは人並みに好きだ。
包みを開けると、よく見知ったお菓子が出てきた。
チョコレート菓子だ。
重厚感があり、なかなか上等なものに見える。というより、少しざらついた包装紙を使っているとこは高級なものだと決まっている。
これ、本当に貰っちゃっていいの?
なんか変な気づかいをさせてしまっていないだろうか…………。あげるにしても、他の選択肢はいくらでもありそうだし。
セリーナさんの方を窺うと、彼女もこちらを窺っていた。
目が合い、彼女は少し慌てたように視線を逸らした。
「あの、ほんとに貰っちゃっていいので?」
「はい」
淀みない返答。いいらしい。
なぜか切羽詰まったような感じだ。
今食べなければいけないような圧を感じたので、開封。
パクリと一口。…………おっ、これは。
「……すごくおいしいです。こんな良いものを、ありがとうございます」
「良かったです。実はたくさん貰い過ぎていたので、こちらもどうぞ」
セリーナさんは安堵を浮かべ、包みの色が違う同じ種類のお菓子をもう三個机に置いた。
「いえいえ! さすがに悪いですよ」
「気にしないで下さい。感謝の印、ということで。それじゃあ、これで失礼します」
置き逃げするようにセリーナさんは退室していった。
はて、感謝とは何のことだろうか? 寧ろこちらがしたいぐらいなのだが。
もしかしたら、自分に惚れているのでは、という考えもよぎったが、さすがにそれは
チョコレート、嫌いなのかな。
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