第34話 若かりし頃へ憧憬を抱く自分はやはりもうおっさんなのだと小さじ一杯分の寂しさとともに自覚する今日この頃。



 騎士になって一週間が経過した現在、いまだ部隊の皆との親密度はあまり高まっていない。


 ロニーとオリバー、フランクの三人を除いた者たちから、変な気遣いをされているのだ。


 今朝の食事では、コップが無い、と思ったらいつの間にか水を入れに行ってくれていた。時には、ちょっぴりおかずの多い席に誘導されているのではなかろうか、というようなこともある。


 単なる親切心なのだとは思うが、どうにもよそよそしくぎこちない感じを受けるというか、ともすれば、怖がられているのではないかというような気さえする。


 でも、怖がるとすればこちらの方であろう。

 皆、体がデカいんだもん。ラグビー部に囲まれた! みたいな物理的威圧感がハンパじゃないのだ。


 自分だって決して小さい方ではないはずなのだが、この隊の中ではオリバーとミニマム対決を繰り広げているくらいである。オリバーだけが癒し。


 ……とまあ、世迷言はさておくにしても、本当のところは、怖がられているというより距離感を掴みかねているのだろう。


 年上の部下を持ってしまいました。どう接すればよいでしょうか? みたいな心境に違いない。


 分かる。分かるよその気持ち。

 実は気難しい感じの人だったらどうしよう的な考えを抱えなきゃならないし、悩むよな。


 とすれば、こちらから自然に歩み寄るというのがいいのだろう。が、いかんせん、自分はあまり会話が得意でない。

 三十半ばにしてそんな状態はよろしくないと思いながらも、自然体をつくろうとするとどんどん自然体が分からなくなっていくタイプの人間なのだ。


 と、考えているうちにうまやへ到着。

 皆が愛馬を連れていくなか、シラユキはお留守番。自分だけ手が寂しい。


 門の前まで来たところで、自分の定位置へ座る。

 すなわち、思春期青年を後ろからだいしゅきホールドするおっさん、という構図である。


 涙なしには直視することのできない悲惨な光景。地獄の再来。  

 オリバーのトラウマとならないか心配である。


 周りを見ると、ロニー他数名の姿がない。

 はて? と思ったところで、ロニーたち数名が馬車で現れた。


 いや、それで行くんかい!


 「よし、出発しようか」


 誠に遺憾いかんながら、ロニーの号令に水を差させてもらおう。


 「あの……それで行くなら自分は馬車に乗ればいいんじゃ……?」


 「帰りに荷が加わると結構な負担になる。申し訳ないがそのまま行ってくれ」


 「あ、そうなんですね。分かりました」


 自分はいいにしても、オリバーと、何よりこの馬。名前は何と言ったか…………確か、クロヌリ。こいつの負担は大丈夫なのか? 名前と見た目は非情にたくましそうだけれども。


 何はともあれ、ロニーを先頭に出発。侯爵邸を出て、北へ向かう。




*****


 


 ――北の森。

 テラフォード侯爵領に位置する森林地帯には特に名称がなく、単にそう呼ばれているという。


 ランルイス王国と、ノス王国にまたがり堂々と連なる山脈。その一部を成しているのが北の森だ。


 広大な森の中には、獣だけでなく、魔獣も数多く生息しており、危険地帯として良く知られているらしい。

 テラフォード侯爵家の軍事力が有数であるということは、この森と関わっていかなければならないという証左であるとかなんとか。




*****


 


 いまだ慣れない装備に身を包み、馬に揺られる。

 

 布で包んだ杖を背負い、腰に一本のダガーを携帯した格好だ。当面はこれが自分の標準装備になりそうである。


 杖はルイスとの試合で使用したものであり、魔石が練り込まれているらしい。

 ダガーはニ十センチほどの小ぶりなもので、左右対称、先端が鋭く尖っている。両刃であるため、ナイフのように滑らせて切ることもできるが、それよりも突きに重きを置いたような作りになっている。


 杖は自身の特殊性を誤魔化すため。ダガーは杖を失ったときなどにも対処できるようにするため。

 つまりはどちらもカムフラージュである。


 魔法訓練場でスキルの確認をするときは、杖を持ち詠唱も欠かさない。ダガーを用いた投てき訓練や、効果的な突き刺し方の訓練を行ってもいる。

 が、自分にとっては無用の長物である。まあ、武器は男子の憧れだから別にいいんだけどさ。



 そんなこんな、杖とダガーの異物感にもじもじすることしばらく。

 建物の姿はなくなり、横一杯に草原が見えてきた。以前、彩小鬼と遭遇した場所だろう。

 

 今回はエンカウントすることもなく、すんなり草原を抜けた。

 

 さらにしばらく。樹木が立ち並ぶ森に入った。


 「ここにしよう」


 ロニーが馬車を緩やかに止め、皆もそれに続く。

 

 「朝言った通り、狩りをするグループと馬と荷の守備をするグループに分かれてくれ」


 自分は狩りのグループだ。ロニーとオリバー、フランクも一緒。


 なんだか頼もしいね。まさかハブられることはないだろう、とは思っていたものの、グループ分けを聞いたときはほっとした。

 修学旅行で微妙な関係の人たちと班を組んだ時、お互いにぎこちない雰囲気が漂いまくっていたからな。


 「タキタもこれをこすりつけておいてくれ」


 ロニーに渡されたのは、葉っぱ。名は知らぬ。


 「おっさん、こうすんだよ」


 フランクはゴシゴシと自身に葉っぱを擦りつけ、実演して見せてくれる。肉厚な葉からは、何やら得体の知れぬ汁が出ていた。ちょっとえっちぃ。


 「衣装熊ドレスベアは鼻が利くんだ。こいつは、衣装熊ドレスベアが嗅ぎ取るニオイを上手い具合に消してくれる」


 「なるほど」


 ということで、自分もすりすりぬりぬり。特に嫌な臭いはしない。自然をまとっているような感じだ。


 「準備できたな。それじゃあ、行こう」


 ロニーに従い行動を開始。自分もそれに続いた。




*****




 ロニー、オリバー、フランクと共に、警戒しながら森を進む。


 「おっ、いたな」


 いち早く気が付いたフランクが指し示す方を見やると、土の混じった雪のような色合いの獣がいた。


 早速対象を発見したようだ。

 名前通り、見た目は熊そのもの、のように見える。が、正直遠くて良くは分からない。


 「オリバー、頼めるか」


 「はい」


 オリバーはロニーの言葉に静かに頷いて見せ、ゆっくりゆっくりと移動を始めた。衣装熊ドレスベアを見据えたまま、横移動。やがて止まり、矢を取り出した。

 

 「あんなとこから仕留めるのか?」


 小声で隣にいるフランクに訊く。衣装獣ドレスベアまで百メートルほどはあるように見える。


 「今回、俺たちの出番はほとんどないかもな。鼻は良いが、目や耳はそこまでなんだ。衣装熊ドレスベアを仕留めるなら、遠距離から弓を引くのが一番いい。…………もしかして、あいつの腕を心配してんのか?」


 「心配してるというか、ほんとに当たるのかなあと思って」


 そう言う間に、オリバーは弓を引き絞っていた。


 「おっさんは彩小鬼を射抜いたとこを見たんだろ?」


 「まあ、うん」


 オリバーは短い詠唱を呟いているようだった。


 「オリバーの弓の腕は本物だぞ。その代わり、近接では弱っちいけどな」


 にやっと笑うフランクと共に、他に周囲の危険がないか確かめながらもオリバーと衣装熊ドレスベアの動向を見守った。

 

 ――パシュッ。


 はやっ。オリバーが矢を放ってからすぐに衣装熊ドレスベアへ目を向けると、なんだかぐったりしている模様。見事矢が突き立ったのだろう。


 「よし、確認しに行こう」


 「はい」


 特に驚いた風もなく、倒れる衣装熊の元へ向かうロニーとオリバーの後に続く。ぴくりとも動かない対象の様子から、確かに仕留められているようであった。


 「すごいですね」


 オリバーの元へ行き、自然と、自分の口からそんな言葉が出ていた。


 「あ……ありがとうございます」


 「さっきのは〈瞬速クイック〉か?」


 フランクがオリバーに尋ねる。


 「はい。さすがにただ射っただけじゃ致命傷は与えられないと思ったので」


 「オリバーも色々考えてるってわけだ」


 「まあ、そりゃ多少は……」


 「なっ、俺より五つもちげぇのにすげぇんだよ」


 「あはは、自分のその頃と比べるともっと凄いな」


 フランクの言葉に深く同意する。なんだかよく分かっていないような顔をしながらも若干照れたようにしているオリバーを少しまぶしく思った。




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