第33話 食堂にて、異世界事情を知るとある朝の風景。


 騎士になって二週目の朝。


 「今日は狩りに行く」

 

 食堂にて、いつものように部隊の皆で朝食を摂っていると、ロニーが予定を伝えた。


 「あ~、そうかあ。そろそろ冬だもんなあ」


 いつも快活、というか大雑把なフランクが億劫おっくうそうに身を震わせて言うもんだから、気になった。


 「冬、ですか?」


 「ああ~、おっさんは知らないのか」


 フランクは、赤い短髪の青年だ。馬上で落としたコインを拾ってくれた青年だ。ゲロ吐き後、肩を貸してくれた青年だ。

 一回りくらい年下だろうに平気でおっさん呼びしてくる。であるにもかかわらず、全く嫌味に感じないのは天性のものなのかね。


 「この辺りの冬はかなり厳しいからなあ。その前にいろいろと冬越えの準備が必要なんだよ」


 フランクが解説してくれる。


 「まだそんな風には見えませんけど……」


 窓越しに見える外の気配からは、いまだ冬の「ふ」の字も感じられない。最近暑さが和らいだ気がするが、それでもやっぱり暑い。晩夏も抜けきっていないような感じだ。


 「今はそう思えるんだけどな。始まる時ってのは急に来るんだ。だから念には念を、早めに準備しとくんだよ」


 「へえ」


 「ああ、本当に寒ぃいぞお。おっさんは凍死しちまうんじゃねえかな」


 「あ、あはは……。覚悟しときます」


 「おう! おすすめの服屋も紹介してやる」


 「……ありがとうございます」


 風邪もひいたこと無さそうなフランクにそうも言わせるとは。


 「でも、何で狩りをすることが冬越えの準備になるんです? 食糧のためとか?」


 「数を減らしとくんだ」


 「……なるほど?」


 「おっさんが言ったように、食糧のためってのも理由の一つではある。でも、狩りをしなくても問題ない程度の備蓄はあるんだ。だから、間引くこと自体に最大の理由がある。……ですよね? 隊長」


 「うん」


 どうやら、説明選手交代らしい。


 「森にいる生物も、冬になると僕らと同じようにあまり活動しなくなる」


 「……それなら特に問題ないんじゃないですか?」


 「冬の間はね。暖かくなり雪が解けてくると、わらわらと数を増やすんだ」


 「冬の間に子供を産むってことですか?」


 「そう。特に、衣装熊ドレスベア。こいつらが増えると厄介だ」


 「衣装熊ドレスベア、ですか?」


 「ああ。太く短い、どっしりとした脚を持つ四足獣だ」


 「確かに、そんなのが街に出てきでもしたら大変ですね」


 「いや、そうじゃないんだ。衣装熊ドレスベアが増えるってだけなら、そこまで問題にならない。厄介なのは、そうして繁殖した衣装熊ドレスベアを獲物とする魔獣がいるってことなんだよ」


 「……その、衣装熊ドレスベアっていうのは魔獣とは違うんですか?」


 「衣装熊ドレスベアは単なる獣。だから、魔石を持つ魔獣とは違う。タキタの故郷にもいたんじゃないか?」


 「あっ……はい」


 そも、魔獣なんていませんでした。とは口が腐っても言えない。


 「うん。で、獣を食って魔獣があんまり育つと、手に負えなくなる。衣装熊ドレスベアは大型の獣だから、魔獣たちがえさにし出すと、どんどん大きくなってしまうんだ。だから、毎年間引きをするんだよ。この辺りに餌は少ない、そう思わせるためにね」


 「なるほど。……けど、そんなことしたら、さらなる餌を探しに魔獣が森から出てきちゃいませんか?」

 

 「いや、その心配はあまりない。そういう奴が全くいないわけじゃないが、対処できないほど湧いてきたことは一度もないからな。魔獣は自らのテリトリーの中では強気でも、そこから外へはあまり出てこないんだ」


 「それは何故なんですか?」


 「そこまで詳しいことは分かってない……、けど、街に生息する人間って生物は恐ろしい、って何となく理解してるのかもな」


 「……なるほど」


 漠然としており不明点が多いが、そういうものなのだろう。地球ですら生物の生態なんて大して判明していないのだから。


 「最初、森でタキタと会っただろ?」


 「はい」


 「あの時も、間引きの最中だったんだ」


 「ああ、そうだったんですね」


 「あとは、祭りのためってのもありますよね」


 「ああ、そうだね」


 割って入るフランクの声にロニーがにこやかに応じる。


 「祭り、ですか?」


 「冬になったら、邸内で祭りが開かれるんだ。寒くなると外出が億劫になって引きこもりがちになるだろ?」


 「ええ」


 「それじゃあ心身によくないだろう、ってことで、クロム様がもよおしを開いてくれるんだ」


 「へぇー、それは楽しそうですね」


 「ああ、楽しいぞ。そんで、その時に俺たちが狩った獣を使って宴をするんだ」


 フランクが今にもよだれを垂らしそうな幸せな表情で語る。


 「もしかして、そこに衣装熊ドレスベアも?」


 「ああ、大トリだ。すっげぇ旨ぇんだよ」


 フランクの様子を見るに、ただ寒くて過酷な冬、というわけではなさそうだ。な

んだか少し楽しみになってきた。が、自分にはそれ以前の問題がある。


 「その狩りって、自分も行くんですよね?」


 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ルイスと互角に渡り合えるタキタなら何の問題もないさ」


 ロニーが勇気づけてくれる。が、自分が抱いている懸念はそこじゃない。


 「あ、はい。ありがとうございます。……ただ、そうじゃなくて……その…………まだシラユキに乗れないのですが」


 言ったとたん、斜め向かいに座り黙々と食べ進めていたオリバーの動きが止まった。


 いまだシラユキとは犬猿の仲。喧嘩中のカップルさながらの殺伐さである。一応乗せてくれるには乗せてくれるのだが、こちらの思うようには動いてくれない。


 オリバーの顔が嫌そうに歪んでいる。

 うん、ほんとごめん。もっと精進するから。なるべく早くシラユキと良好な関係を築けるように努力するよ。


 「オリバー、頼めるか?」


 「……はい」


 ロニーの推薦もあり、オリバーは了承した。平静を装っているようではあったが、自分には苦し気な様子が伝わってきた。


 分かるよ。俺もやだもん。おっさんを後ろに乗せるなんて。


 これってあれだろ? 恋愛ものなら、「遅れるぜ、後ろ乗ってけよ」な主人公。「うん、……ありがと」ってヒロインが頬を朱に染めながら頷き、俯きがちに主人公の袖を取る。「それじゃあ落とされるだろ」と主人公がヒロインには見えないように赤面しながら言って、「……うん」とヒロインが主人公の腰をぎゅっと抱く。季節は冬で、ふにゅっとした柔らかさを感じることはできないけれど、それでも確かに服越しに触れ合っているものがあるわけで、ヒロインの鼓動も伝わってきちゃったり、それにつられて主人公の鼓動もうるさく鳴り出しちゃったり、「……どきどきするね」なんて後ろから囁かれてしまったり、……以下略。


 とまあ、二人乗りなんてのは、本来これをするための行為であると思う。

 男同士、それも後ろにおっさんなんて構図は存在してはならないはずだ。


 故に、オリバーにはひどく同情する。

 おっさんにぎゅっとされるスリリングな体験は、できれば経験したくない。多くの人がそうだろう。


 でもオリバー。こういった苦しさに直面するのが現実だ。まだ若く、見目もそこそこにいい君には良く分からないだろうが、初めての相手が自分より大分年嵩としかさで太ってた的な悲劇は、いつだってどこにだって転がっているものなんだ。


 これはきっと、試練なんだ。こういった経験が君をもっと強くするだろう。


 だから、すまん。我慢してくれ。


 内心でつらつら言い訳と謝罪をしながら、朝食を済ませた。


 早速出発するそうで、立ち上がる皆に続いて外に出る…………とその前に、


 「ちょっとトイレに行ってきます」


 食堂内にある唯一のトイレへ向かう。


 「あーっ、俺も行こうと思ってたのにぃ」


 背にかかるフランクのものであろう声は無視。この敷地には、けっこういたる所にトイレがある。他のとこへ向かえば、大惨事になるようなことは起こらないはずだ。


 トイレの扉を開け、閉める。牢の中ではないため、普通にドアもあれば、鍵もついている。


 「……ふう」


 危ない危ない。忘れるとこだった。


 うむ、と念じると、あいつが出てきた。久しぶりの石板である。

 メニューを開き、『設定』をタッチ。次いで『その他』をタッチ。いくつかある項目の中で『魔石自動回収』を選択し、それをオンからオフに設定し直した。


 これで多分大丈夫。仮に魔獣を倒すことになっても、魔石が勝手に回収されることはなくなったはずだ。


 新たなスキルを手に入れるには遠のくが、これでいい。現状の自分の力に不安がないではないが、自身の身を守るという点においては、既に申し分ない力を得ていると思う。

 

 〔忌みの断痕カース〕なんかは、ただの騎士としては身に余るに違いない。

 スキルに対するロマンは尽きないが、それでも、ここは現実だ。スキルを手に入れたところで、それを思いっきり使えるってもんでもない。


 それに、正直なところ、強大な力を手に入れるということに恐怖を感じてもいる。制御しきれない力は持たない。怖いものにはなるべく触れない。それが、三十云年生きてきた自分なりの考え。


 まあ、単に身バレの方が心配なだけなんだけど……。


 もう一度機能がオフになっているか念入りに確認。


 「よし」


 オーケー。

 

 皆が向かったうまやへ早足。新人に遅刻は厳禁だ。



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