第32話 パジムさんって、やっぱり普通じゃないです…………。(下級神官 ナミア視点)


 「ほんと、人多いですねぇ」


 「最も栄える大都市だからね。おっ、あれは噂に聞くレパティージェ魔法学院じゃないかな? ん、これ美味しいよ! 一口どうだい?」


 「いえ、大丈夫です」


 召喚の儀によって召喚された人を探す。

 そのはずなのだが……、ランルイス王国の王都レパティージェを練り歩きながら、パジムさんは右に左にキョロキョロキョロキョロ、キョロキョロキョロキョロ……。


 お上りさん感がすごい。

 あなたは初めてじゃないでしょうに……。

 なんだか、私のワクワク感まで吸い取られている気がする。


 「遠慮しなくてもいいのにぃ」


 そう言ってパジムさんがパクつく、名門菓子店のものらしいアイスは確かに魅力的に映るが、今はそれどころじゃないと思う。


 「……パジムさん、もうちょっと真面目にしてください。結局、ここまで何の手がかりも掴めてないんですよ」


 「ああ。それはひじょおうに残念なことだ」


 残念そうな気配は微塵も感じられない。


 「……もう。これから、どうするんです?」


 「それはもう、ばっちり決めてあるよ。ん、……」


 パジムさんが頭を抱えて苦しそうに顔を歪める。


 「どうしたんですかっ!?」


 「ぁぁああーきたー! このキーンってのがたまらないんだよね!」


 ちっ。反応などしてやるものか。


 「……それで、どうするんですか?」


 「うん? ああ、次は南へ向かおう」


 「南、ですか? 何か当てでも?」


 「いや、ない」


 「へ?」


 「特にない」


 「……ぇ、ぇえと、それでは、なんで南なんです?」


 「そりゃあ、誰だって北へ行こうとは思わないだろう? 北はもうじき雪だからね。あの地域の冬は最悪なんだよ、ほんとに。僕はこの国の北にはいったことが無いけど、気候的には似たようなとこ出身なんだ。最悪だぞぉ。もう二度とあんなとこには住みたくないね」


 「……は、はあ。つまり、単なる勘。というか、そこにいたらいいなあ的な、パジムさんの希望なんですね」


 「うん、その通り!」


 なんてテキトーな人なんだ。

 パジムさんと出会って以来、神官長に対する敬意の念が確実に薄れてきている。


 神官衣の着こなしは一流。動かず喋らずにいたらとても様になっているのに……。


 「とりあえず、ウォクタートを目指してみよう」


 「ウォクタートって、最南端の街じゃないですか。ここから順調に進んでも、また一か月半はかかりますよ」


 意識して若干呆れ気味に言った。

 伝われ、この思い。


 「ああ知ってるさ。ウォクタート、一度行ってみたかったんだ」


 ああだめだこの人。

 もう完っ全に観光気分だわ。

 

 本来の目的を忘れているのではなかろうか。


 「あの、パジムさん」


 嬉しいんだか悲しいんだか、パジムさん呼びがすっかり定着していた。


 「ん、何だい?」


 「この旅の本来の目的、忘れていませんよね?」


 「もちろん。一時たりとも忘れたことなどないよ。僕らは英雄を探している。そうだろう?」


 アイスを頬張りながらそれを言うんですか……。


 「え、ええ。まあ、そうなんですけど。その、それじゃあ、このままこんな感じで続けていって、本当に見つけられるんでしょうか? そもそも、既にこの国にいるとも限りませんし……」


 「いや、この国にいることは間違いないと思うよ」


 「どうしてですか? また単なる勘ですか?」


 半ば呆れながら訊いてみる。

 今度は本当に呆れていた。私もびっくり。


 「英雄についてなんだが、まだ見ぬその英雄は、この世界のことを何にも知らないはずなんだ」


 「…………ん、突然何の話ですか?」


 「英雄は、異界の出身なんだよ」


 「……えーっと? 全く意味が分からないんですけど」


 「言ったままの意味だよ。とにかく、召喚されるのは別の世界で生活していた人間なんだ」


 「そんなこと、どうしてパジムさんが知ってるんですか?」


 「そういった記録があるからだよ。過去に召喚の儀で呼び出された者はこの世界のことを全く知らず、召喚されたことに大層驚いていた、と。このアイスも過去に召喚された者の発明らしい」


 「…………はあ。よくわかりませんけど……。でも、言葉とかは大丈夫だったんですか?」


 「良い質問だね。それが、英雄には高い言語能力が備わっていたみたいなんだ。この大陸の言語ならなんでもすらすらと操れたらしい」


 「なんですかそれ、天才を呼び出したんですか?」


 「いや、その人自身驚いていたらしい。どうも、この世界へ渡ってくる間にそのような能力を授かったみたいだね」


 「なんか、ズルいです。私なんて、学校であれだけ苦労したっていうのに…………」


 「あははっ、そう不満げにすると、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」


 何故だろう、寒気が走った。


 「ま、それも含めて英雄の器ってことなんだろう」


 「で、それが英雄の居場所にどう繋がるんですか?」


 「簡単な話だよ。この世界のことを知らない英雄は、まだ国境を超える術を手に入れてはいないんじゃないか、って。召喚の儀が行われて一か月半。必要最低限の情報は既に得ているだろう。生活基盤を得ていても不思議じゃあない。が、できても多分そこまでだ」


 「なるほど……。でも、国境を超えるのはそんなに難しいことなんですか? 私たちが入るときはやけにあっさり通れましたけど」


 「そりゃま、僕が居たからね!」


 「……はあ」


 そういやこの人、神官長でした。役職的にかなり高位の人でした。


 神官衣を着ている神官長を前にしているのに、神官長であるということを失念してしまう……。

 そうだ! 「我こそは神官長なりっ!」と定期的に言ってもらえばいいんだ。


 「んで、そもそも、基盤のない状態からスタートして別の国に行くって言っても、動ける範囲は限られてくる。ここ、王都レパティージェから東に向かえば神国にたどり着く。なら、召喚された者が東へ向かったとすれば、ここへ来るまでに石が反応を示してもおかしくないはずだ。西に行けば小国がひしめいていて、貨幣やら何やらがややこしい。情報を得るにしても基盤を得るにしても、わざわざ西へ向かってまでこの国を出て行く理由がない。南へ進んで行き着くのは海。ウォクタートから船に乗ることもできるけど、そこからすぐに行けるのは、観光地になってる小さな島ぐらいだ。そして、北方領の先には山脈。山脈を超えて国を出ようとしているのなら、時期的にその途中でちょうど冬を迎えることになるはずだ。少しでも情報収集をしていれば、そんな選択をすることは無いだろう。……と、こんなわけで、この国から出てるってのはゼロに近いと思うんだが、どうかな?」


 「…………」


 「その上で、英雄が向かった先として最も可能性が高そうなのは南。というか、行先が南なら僕たちが楽だ。ウォクタート辺りで留まることになるだろうから。……まあ、この国は広いからね。可能性は他にいくらでもあるわけだけど。英雄の特殊能力も未知数だし」


 「…………」


 「…………ナミア君、話を聞いていたかい? 相槌あいづちもないから気になってちょこちょこ様子を窺っちゃったんだけど」


 「パジムさんっ」


 「……っ、急にどうしたんだい? 少し近いぞ?」


 「パジムさんもなんだかんだ色々と考えていたんですねっ。私、安心しました!」


 「う、うん。良く分からないが、君が喜んでくれているのならとりあえず良かった」


 「ですが、なぜ召喚された者は英雄と呼ばれているんですか?」


 「ナミア君も伝説は知っているだろう? 魔王討伐を果たした英雄の伝説を」


 「はい。子供の頃によく聞かされてましたよ。スサノオが活躍する話ですよね?」


 「そ。んで、その素盞嗚尊スサノオがまさに、召喚された者らしいんだ」


 「……え、でもそれって、御伽噺じゃないですか」


 「うん、大抵の人はそう思ってるみたいだね。でも僕は、それが事実起きたことであったと信じている。そして、その魔王が未だ生きていると思っている」


 「パジムさんって、ロマンチストなんですね」


 「ま、否定はしないよ」


 「もしかして、巨大な邪悪が世界を滅ぼしにやって来る、っていう終末論を信じてる感じですか?」


 「うん、そうかな。今回のレキノワの予言も、それに向けて行われたものだと考えている」


 「ふぇー」


 「なんだい、その如何にも興味なさげな反応は」


 「だって、オカルトにしか思えないんですもん。じゃ、パジムさんは世界が早く滅べばいい、そうお考えなんですか?」


 「いや、それは違うさ。ただ、どうせなら楽しい方がいいだろう? だから僕は信じているんだ」


 「そうなんですねぇ」


 「なんだかここ最近、僕の扱いがぞんざいになってきてないかい?」


 「いえいえ、そんなことないですよ。気のせいですよ」


 と言いつつ、実際のところ、パジムさんといることに慣れきっていた。なんかもう、割と仲のいい神学校の先輩感覚である。


 「そういえば、伝説のスサノオが異界から召喚された英雄なら、いま私たちが探してる英雄も凄い魔法使いなんですかね?」


 「どうだろう、強いっていう可能性は高いと思うけどね。だがナミア君」


 「はい?」


 「英雄は魔法使いではないんだよ」


 「……どういうことですか?」


 「彼らがいる世界には、魔法がないらしいんだ」


 「ふぇー」


 「少しは興味を持ってくれよ」


 「じゃあ……魔法が使えないっていうなら、スサノオの話はどうなるんですか? 本当に魔王が存在していたとして、そんなんじゃ倒せませんよね?」


 「うん。けどそもそも、英雄が使うのは、特殊能力とでもいうべき力なんだ。やっぱ、さっきの話あまり聞いてなかっただろ?」


 「いえ、いえいえ。そんなことありませんよ! 特殊能力、特殊能力ですよね! ……でもそれ、魔法と何が違うんですか?」


 「さあ、何が違うんだろう。僕も良く分からない。ま、感覚的なものだよね」


 「…………はぁ。あっ、でも確かにスサノオの魔法は魔法っぽくないというかなんというか、ちょっと特殊な感じでしたよね。んーっと、どんなのでしたっけ?」


 「無尽蔵に刃を増殖させることができる天羽々斬アメノハバキリ。決して刃毀はこぼれすることなく、遥か彼方まで刃を伸長させることができる天叢雲剣アメノムラクモノツルギ。これら二本の神剣を具現化して戦ったんだ!」


 こういうの、好きなんだ。

 ワクワク語るパジムさん可愛いな。神剣って、さすがにそれは空想上の話だろうに。雲上の人のはずなのに、幼き頃の弟の姿と被ってるよ。


 「ああ、そうですそうです。そういう感じでした。……けど、見つけたとして、そんなに強い英雄は私たちについてきてくれますかね?」


 「うーん、どうだろうね」


 「ものすごく怖い人だったらどうするんです? そのなんだかよく分からない力を使っていきなり攻撃してきたりして……」


 「確かに、人柄は重要だね。強大な力は良い方向にも悪い方向にも大きく働く――」


 シャリン、と錫杖の音が響く。

 なんだか真面目なトーンになった。どうしたんだろ? パジムさんらしくもない。


 「――でも、だからこそさ。僕がいち早く出向いて、英雄の器があるかどうか確かめてやろう、ってね」


 体が、硬直した。

 一瞬鋭く細められたパジムさんの瞳には、いつもの呑気のんきさは窺えなかった。

 

 この人は紛れもなく神官長なんだ……。

 いや、多分それだけじゃない。とにかく、今更ながら畏怖を覚えた。


 「爺や婆が僕を選んだ理由も、そんなとこにあるんだろうさ。人使いが荒いってのは酷いもんだよなあ」


 あっ、畏怖が消えた。平常通りのパジムさんだ。


 「ま、少し気合入れて行こうか」


 「はい」


 「さあ、行くぞ! ウォクタートへ!」


 「お、おー!」

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