第31話 私は果報者です、罪深き女です……。(テラフォード侯爵家メイド セリーナ視点)


 くすねて大事に保管していた魔石をポシェットの中に入れ、昼前に街へ繰り出します。


 服装は当然、流行を抑えたものです。

 一人とはいえ、女性であれば美しく着飾るのが義務。そう思っています。


 街へ出掛けるのに化粧の一つもしないミラの気持ちは、全くもって理解できません。


 それに、平民丸出しの恰好でこの魔石を持っていたら怪しまれてしまうかもしれません。


 緊張感もありますが、常にない鞄の重みに幸せを覚えます。


 軽い足取りで街中を進み、気がつけば目的の店に辿り着いていました。


 ここは、魔石の専門店です。

 換金率がいいかどうかは知りません。私は素人ですから。


 でも、このお店にとって侯爵家はお得意様だそうです。もちろん、私がプライベートでその威光を借りることなどできませんが、信用するに足る事実ではないでしょうか。

 それに、専門店であればそこまで足元を見られるようなこともない気がします。


 建物は大通りから外れたせせこましいところに位置し、思いのほかこぢんまりとしています。中に入り見回る限り、大きさでは店に出ているどの魔石よりも私の持っている魔石の方が勝っています。


 これはかなり期待できそうです。

 もしかしたら、あれも買えてしまうかも……。


 「ふふふ」


 期待に胸が高鳴ります。


 見た目とっつきにくそうな店の人に魔石の換金をお願いすると、大層驚いた様子でした。


 ふむ。ふうむ。ふむ。


 それっぽい感じの唸り声をあげる店の人が顔を上げて提示した金額に、目ん玉が飛び出るかと思ったほどです。


 ただ、本当に目ん玉が飛び出てしまったら困ります。ロニーさんが見えなくなってしまうので。


 努めて驚きを押し隠しました。


 想像の倍額をいそいそと懐に仕舞い込み、いざ、大通りへ。



 ここ、北方領テラフォードは、大陸一の大国であるランルイス王国の中でも大都市にあたります。

 ですので、大通りにはけっこうな有名店が軒を連ねているのです。住民として鼻が高いです。


 今回の一番の目的は、「トレゾール」。

 王都レパティージェ、港湾都市ウォクタートに次いでテラフォードにも出店された名門菓子店です。


 上品な扉をくぐり店内に入ると、ショーケースに並ぶ鮮やかなスイーツたちが出迎えてくれました。皆、美味しそうに輝いています。


 どれも食べたい。しかし、全てを買うことはさすがにできません。太ってしまいますし……。


 今日の目当ては、チョコットレイト。

 トレゾールが発祥、話題の尽きない究極のスイーツです。


 基本の色は茶。一見、靴底にこびり付いて乾いた泥のように感じ抵抗を覚えるかもしれません。しかし、究極のスイーツです。

 味は苦みのある大人っぽいものから、砂糖がふんだんに使われた甘ぁいものまで幅広く、さらには、他の食材と組み合わせることで百面相のようなバリエーションを生み出すこともできるのです。


 と言ってみたものの、これらは全部ミラの受け売り。その話を聞いた時から、ずっとこの日を待ち望んでいたのです。


 表記されている値段は、スイーツとしてはどれも高価なもの。

 しばし熟考し、最も人気が高いという比較的リーズナブルな種類のチョコットレイトを選びました。


 薄―くサクッとした触感が特徴的な焼き菓子にチョコットレイトを浸し、それを層状に幾重にも重ねたものです。

 贅沢感がとてつもないことになっています。他の菓子とは一線を画していることが分かります。


 ジュルリ。


 「それじゃあこれを――」


 ――言いかけ、指を引っ込めました。少し考えてみた、というより、ふと思ったのです。


 やはり、よろしくないのではないか、と。

 

 何がとは言いません。


 しかし、それでもチョコットレイトは譲れません。今の私の第一優先事項だからです。

 

 だから、これを買うのは絶対。けど……。


 本当は、余ったお金で憧れの香水を手に入れようとしていたのですが、断腸の思いで断念しました。代わりに、チョコットレイトを追加で購入することにします。


 スイーツに銀貨。恐ろしいほど贅沢です。

 

 緊張で手が震えましたが、何とか購入を済ませ店から出ました。本当に夢のような店でした。


 店員さんも可愛かったなぁ。

 私はキツい顔をしていると言われることがままあるので、ほんわかぽわぽわとした人に憧れてしまいます。


 ま、それはいいとして、洒落しゃれた意匠の袋をげて通りを歩くと、なんだか妙に自信がついている気がします。

 セレブな方々はいつもこんな気分を味わっているのでしょうか?





*****





 翌日。

 

 さすがにとがめられてしまうのではないかとハラハラドキドキしていましたが、タキタさんは相変わらずの様子でした。


 どうやら魔石のことに気が付いてすらいないようです。

 あまり気を遣う必要もなかったかもしれません。


 タキタさんがすかしっ屁をして「すみません」と恥ずかしそうにうつむいた時なんかは、なんとなく居たたまれない気持ちになりました。


 その縮こまったような表情もどこか哀愁を感じさせます。


 決してタキタさんが嫌いなわけではありません、決して。


 他の方達の部屋に入るときはもっと神経質にならなければならないので、タキタさんの部屋を担当する時間は癒しと言っても過言ではないのです。


 保護欲、とでも言うのでしょうか。

 年上の方に対して使うのは変でしょうが、そういった感覚がないでもありません。

 

 いや、さすがにそれはありませんかね。


 まあ、タキタさんの担当になった私は幸せ者なのでしょう。

 もう、頭を上げられません。



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