第29話 お姫様ッ! そこはっ! そこだけはダメですッ! ぅ……逝っちゃいます…………(昇天)。


 訓練場では、第三部隊の他の面々が馬に乗っていた。多分、常足なみあしというやつ。


 優雅に歩いている。自分はできなかった。密かに近藤へのジェラシーを抱いていたことは秘密である。


 皆かっこいいなあ。


 体格が良いため、良く映えるのだろう。

 でも、これなら自分もなかなか様になるはずだ。ロニーたちと比べると背は低いが、自分は短足。つまり胴長であるから、馬に乗った時にさぞ凛々しく映るに違いない。


 喜ぶべきことであるのに涙がちょちょぎれてくるのは何故なんだろう……。

 人間って不思議だ。  

    

 「さ、あんたはシラユキと一緒に歩くとこからだ」


 「はい」


 ということで、華麗に歩む皆を傍目はために、外周部でおじさんと足並みをそろえて散歩中。 

 小さく手綱を引くおじさんにお姫様は従順についていく。自分は手綱をフェザータッチ。


 「そろそろあんたが引いてみるか」


 こちらが応える前に、手綱を渡された。

 

 疑問形でありながら疑問符のニュアンスが窺えない、有無を言わせぬ命令形。

 こういう人、苦手だ。


 しかし異論はない。

 おっかなびっくり手綱を握る。


 シラユキはというと、仕方ないわねえ、みたいな渋々さがひしひしと伝わってくるものの、ついてきてはくれるようだ。


 大きな円を描きながらお姫様とランデブー。なんと贅沢な時間ではないか。

 それに、これって王子的立ち位置なのでは? 


 恐れ多くも自分が王子。うん、悪くない。


 その上、乗れるようになれば白馬の王子様にもなれるわけだ。

 まあ、姫に乗る王子様というのは如何いかがなものか、と思わないでもないが、この際気にしまい。SMプレイに興じる王子と姫がいてもいいじゃない。


 そんな感じで、ぼんやりぼやぼや無用なことを考えていると、徐々にシラユキの歩みが早まってきた。


 「ちょ、待ってよ」


 こちらのペースに合わせるのはもう嫌らしい。こちらの声などお構いなしに、シラユキはスタスタ足を進める。

 

 馬の一歩はデカい。

 必然、こっちは走らなきゃなんなくなる。


 「はぁはぁ」


 ……シラユキ、どちらかというと、鞭を打つのはこっちの役目だと思うんだ…………。

 立場、変わってないかい…………? 


 苦情混じりにジョギングを続けていると、いつの間にやら、広い訓練場を一周していた。


 「じゃ、乗ってみろ」


 おじさんが手綱をひったくり、シラユキは従順に歩みを止めた。


 なんか強引なんだよなあ、この人。

 いやまあ、付き合ってもらってるのはこっちなわけで、悪い人ではないと思うんだけど……こう、もうちょっと愛想よくできないものか。


 「はい」


 だがしかし、異論はない。

 早く乗れるようにはなりたい。とりあえずはプロの言うことを聞いておくのが良いとも思うし。


 偏屈なおじさんっていうのは、職人気質で、そのことについては超一流ってのが定型だ。それなりに信頼してもいいだろう。


 これで実は三流ですだなんて言われたら、ただの嫌味なおじさんである。

 それだけは無いと願っている。


 左足をあぶみに入れ、鞍を両手でしっかりと持つ。


 「ふん、っしょっ」


 反動をつけて、跳び上がる。右足を頑張って持ち上げる。贅肉が邪魔をする。

 自分の身体のなんと重いことか。ランニング後ということもあって尚更。


 「……ふぅ」


 が、なんとか乗れた。

 

 近藤と行ったときの経験が一応活きているぞ。

 とこちらが上機嫌になったのも束の間、シラユキが突如尻を跳ね上げた。宙に投げ出される。


 「いでっ」


 ケツがかち割れそう……。


 ツンと前を向く彼女はそんなのお構いなしに、「乗ってもいいだなんて言ってないでしょ」とでも言っているようであった。

 シラユキは高飛車お姫様らしい。


 「落ちることも考えて乗れ」


 さらにはおじさんの苛立ったような平坦な声。


 何に気を荒げているのか、自分には良く分かりません。神経質だっていう馬の世話をこのおじさんがやっている。

 七不思議の一つにしてもいいんじゃないでしょうか。


 にしても、こんなロデオになるなんて思ってなかったな……。が、諦めぬ。


 「ふっしょ」


 すくっと立ち上がり、馬上に復帰。

 職がかかっているのだ。それに、お姫様を乗りこなすって響きが最高にいい。


 「ヒィィイン!」


 「あっ、ちょい!」


 再び舞い上がるメタボな体。

 こいつぁ、かなり手強いみたい…………。


 「ふぐっ……いてぇえ…………」


 もう骨折しててもおかしくないんですけど。乗馬ってこんなにハードだったの?


 それからも挑戦を続けたが、なかなかうまくいかず。気づけば、夕日が迫っていた。


 「タキタ、そろそろ終わりにしよう」


 ロニーが、彼の巨体に見合う立派な馬を引いてきた。見ると、既に他の面々は馬を連れて厩に戻っている様子。


 「はい、分かりました」


 結局、シラユキは乗ることを許してくれなかった。


 まあ、世界で一番美しいのだから仕方ない。美女と野獣ってのは御免なのだろう。


 お姫様に乗る挑戦権があるだけ幸福。そうに違いない。まだ初日、これから仲を深めていきましょう。


 そう気持ちを新たにしてシラユキの後ろに回り――


 「タキタっ」


 ロニーの焦った声を聞いて嫌な予感がした。ふと視界の端に映ったおじさんが「やれやれ、分かってないぜ」とでも言うように首を振ったのを見た。


 うん、なんか覚えてるよ。

 乗馬体験したときに厳重に注意されたな。

 

 「絶対に馬の後ろには立たないでください」って。「蹴られちゃいますから」って。


 ――白毛の美しいおみ足が股間へ吸い込まれた。


 「うっ…………いってぇぇえええぇぇぇえええー!」


 ぶるる、とシラユキが満足げに鼻を鳴らした。


 潰れていないことを祈る。

 息子よ、死ぬな。



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