第28話 訓練という名の公開処刑に耐えるおっさんというのは他人の目にどう映っているのだろうか。
持久走。
思いもかけずノスタルジーなワードを聞き思い出されるのは、中高生の頃のことである。
まず中高年で聞くような言葉ではない。
ロニーの後ろをちょこちょこついていき、訓練場の隅っこへ移動する。各々訓練していた部隊の他の面々も集まった。
「基本的に、俺がペースメイカーをする。だが、もしも早すぎると感じたらペースを落としてもいい。もちろん、遅すぎたら追い抜いてもいいぞ」
挑戦的なおちゃめ顔。
ロニーは度々負けず嫌いな感じを出してくる。でも、それがカッコよく映るってんだからズルい。
自分がそんなことしたら、「なんか顔歪んでますよ」と言われて終わりだ。
「ま、なるべくペースを落とさず、最後まで走りきることを一番に考えてくれ。時間は六十分だ。さあ、行くぞ」
そして、「っえ!?」駅伝大会ばりのスタートが切られた。
皆、一歩一歩がデカい。
オリバーなんかとっても身軽そうだ。軽快さがこちらにまで伝わってくる。
「あ、こいつ運動できるな」と思わせられる感じの、サッカー部っぽい走りだ。
羽の生えたような体に羨望の眼差しを向けながら、その憧れは見る間に遠のいていく。列をなして去っていく。
こうもいきなり離されてちゃあ、絶望感も湧いてこない。
同僚にマラソンを趣味にしている奴がいたが、そういった奴らは皆変態だと思っている。
ほんと、一体何が悲しくてこんなことをしなきゃならないのか。女王様にちょこっと虐められるのは好きでも、自分自身を虐めるのは好きじゃないんだ!
「タキタ、周回遅れだぞー」
横を走り抜けていくロニーたちは涼しい顔。
おっさんになってまでこんな体育の授業みたいな声を掛けられるとは思ってもみなかった。
学生の時は、「だから何だよっ」と内心やさぐれ、体育教師に対し「お前も走れやっ」と内心毒づいていた。
が、これも仕事の内となると、そこそこ必死にもなる。
仕事なんだから頑張らなきゃっ、という熱き日本人魂が雄叫びを上げるのだ。
「はぁはぁはぁ」
……しかしそうは言っても、これ以上どうにかなるようなものでもない。運動不足なおっさんが急に覚醒するはずなかろう。
しかし考えてもみれば、よくこんなので魔獣から逃げ延びたもんだ。火事場の馬鹿力ってすごい。
そんなこんな疲れを誤魔化すために余計なことを考えつつ、皆やけにペース上げてきたなあ、と感心していた。まだ上がるのかい、みたいな。
が、「あと五分、タキタ止まるなっ、踏ん張れっ」という声を聞き、相対的にそう見えているだけであるということに気が付いた。
そうして自身に意識を向けると、どうだろう。今や、走ってるんだか歩いてるんだか分からないような、くったくたに生気が抜けた状態になっていた。
気持ち的には、
これで五分とか、地獄である。
急速に諦めが近づいてくる。
それに、これで痩せるとかの副次的な効果が見込めるならまだしも、マラソンで燃える脂肪なんてたかが知れてるんだ、とかなんとか、昔何かで得たテキトーな情報を元に余計なことばかりを考えては気持ちが萎える。
が、それでもなんとか耐えた。
職務怠慢で解雇なんてことになったら全く笑えないから。
「よし、終わりだ! 昼食にしよう!」
ようやく終わったみたいだ。皆は
ああつら。今にも足をつりそだ。
…………ほら、つった。
「大丈夫かぁー!」
遠くからロニーが声を掛けてくれる。
ストレッチしてる風に誤魔化そうと思ったが、それすらままならない。ピクピク震えて一歩も動けない。
「……た、助けてくださぁい!」
恥を投げ捨て悲しく叫んだ。
昨日の激闘があっての今日だ。
筋肉痛というディスアドバンテージを抱えてるということもあったろう。
しかし、しかしである。
それ抜きにしてもつらい! てか、こんなこと毎日してたらいつまで経っても筋肉痛直んないじゃん! 最恐のスパイラルじゃん!
*****
短い昼食を終えて連れていかれたのは、
あっ、昼は大層美味しかった気がします。
が、もう味を覚えていません。指も震え大変難儀したことだけは覚えています、はい。
さて、気を取り直していこう。
立派な厩の中には、ずらりとウッマが並んでいる。
馬は馬でも、毛並みやら体格やら、違いがあるみたいだ。
それだけでなく、干し草をむしゃむしゃしてたりツンとすまし顔をしていたり瞳をギラギラさせていたり、なかなかに個性豊からしい。
「タキタが乗る馬を探してるんだ。どの馬がいいかな?」
ロニーがおじさんに言った。
「タキタです。よろしくお願いします」
ぺこり、と事前情報のないおじさんにお辞儀する。
見た目は還暦間近といった感じ。背が低く、線も細い。このおじさんになら勝てるかも。
「ああ」
おじさんはものぐさに返事をすると、とっとと足を進めてしまった。慌てて、せこせこと後を追う。
ロニーはおっさんをおじさんに託し、自らの愛馬とともに訓練場へ向かっていった。そして、おじさんはある馬の前で止まった。
「シラユキ。
そう言っておじさんが頭を撫でるのは、白毛の馬。お姫様だね。
「あんまり体格のいい奴に乗っても、あんたじゃ扱いきれねえよ」
隣で草をはむ一際立派な体躯の馬を自分が見ていたからだろう、ちょっと苛立った感じでおじさんが言う。やっぱり、気難しい人みたいだ。
「……あ、そうなんですね」
「あんた、たっぱの割に重さはあるみたいだが、シラユキなら耐えられるだろう。ま、そう簡単に乗せてくれるかは別だが」
これは完全に嫌味が込められている。このおじさん、に・が・て。こうなったら絶対に目を見張らせてやる! あ、今これフラグ立てちゃったかな。
「とりあえずスキンシップからだ」
おじさんにそう言われ、真似するように撫でる。至近で見ても、とても綺麗な毛色をしている。
そういや、「白毛の馬は珍しいんだ!」と、共に乗馬体験をしに行ったときに近藤がハイになってたな。
瞳も綺麗に澄んでいて、全体的な顔立ちもなんとなく整っているように見える。
馬界では美人さんに違いない。でも、きつめな美人、といった印象。綺麗すぎて近寄りがたい、みたいな。
まあでも、それはそれでこいつはけっこうモテるのではなかろうか。お姫様だし。
そんな
そうこうしているうちに、ほら見て見ろ!
このゴットハンドでお姫様はもう陥落。
にへらと顔をだらしなく歪めているだろう!
近藤との乗馬体験で、もう撫で撫では習得済み。馬とは信頼関係をつくることが大切よ、という牧場のお姉さんの話もしかと肝に銘じている。
自分にかかればこんなもんよ!
偏屈おじさんもさぞかし目を見張っていることだろう、と横を向くと、「はぁ、あ」と呆れ全開。何が不満なんだっ、とムッとすると、お姫様がお姫様らしからぬ豪快さで鼻を鳴らした。
唾だか鼻水だかがベトッと顔面に付着。
…………お姫様の分泌液ならご褒美ですよ、ええ。ほんとに。
彼女を見てみると、耳をペタンと絞っている。……どうやら、喜んでいるのではなく、怒っていたらしい。
そういや、乗馬体験の時も「センスないです……。完っ全に舐められてますね」と高い評価を戴いていた。
というか、何が悲しくておっさん二人で乗馬体験をしに行ったんだか。今では負の思い出である。
「とりあえず、行くぞ」
おじさんが、分かりやすい溜息を吐きながら馬を引いていく。その後についていく。訓練場に場所を移すらしい。
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