第3章 騎士な日々

第27話 タキタ、3〇(ゥンッ)歳。騎士1年生です。

 

 騎士一日目。

 日の出と同時に訪れた目覚めは、最低最悪だった。


 天気が悪いとか遅刻したとか眠れなかったとか、そういうことじゃない。

 バッキバキに筋肉痛になっていたのだ。


 何これ、どうなってんの? これ動かしても大丈夫なやつ? 

 てなぐらいにめっちゃ痛い。


 寝返りも打てないんですが。

 首上がらないんですが。


 「ぁぁあ、……動きたくねえなあ」


 ……とまあ、そんなテンションだだ下がりのなか、扉がノックされた。


 昨夜迎えを寄越すとロニーが言っていたから、多分その人だろう。


 名前は何だったか。

 確か、アズキバーとかロリバーとか……。 

 まあ、なんかそんな感じだったはずだ。


 ともかく、新入りが人を待たせるのはマズイ。さっさと起きなければ。


 ベッドから降りようと、歯を食いしばりながらゴ、ゴ、ギ、ガと出来の悪い機械のように奮闘するが、これではいつまで経っても扉まで辿り着けそうにない。

 息を止め、意を決して、無理くりベッドから飛び降りた。


 「あがっ」


 いってぇぇええええぇぇぇええええー! 

 

 悲鳴は心中に押し殺した。


 コンコン。再びノック。


 意図的に笑みをつくり、痛くない痛くないと言い聞かせる。笑って食えばレモンなど酸っぱくないというド根性理論と一緒だ。


 一歩二歩三歩。まるで苦行。


 必死の思いでノブを回すと、


 「あ、オリバーです。おはようございます。…………どうかしましたか?」


 可哀そうな人を見る目をした茶髪くんが立っていた。

 

 そうか。茶髪くんはオリバーというのか。


 そんな目で見られたおっさんは、朝から体も心もズタボロです。





*****





 痛みに顔をひくつかせながらオリバーの後に続いて階段を下り、食堂へ向かう。すでに見知った顔が幾人見受けられた。皆それぞれ、森でロニーやオリバーと共に会った人たちだ。


 「おはよう。よく眠れたか」


 ロニーのイケメン挨拶である。

 自分も無精髭の似合う男になりたかった。


 「おはようございます。おかげさまで……」


 「そうか、それは良かった。今日からタキタにも訓練に参加してもらうからな」


 ロニーと挨拶を交わすと、続けてそう言われた。


 「はい。……ですが、何をするんでしょうか?」


 「タキタは馬に乗れるか?」


 「いえ、乗れません」


 「そうか。……なら、午前中は戦闘訓練と持久走。午後からは乗馬訓練にしよう」


 ということで、今日のメニューが決まった。


 どうやら、基本的に訓練は部隊ごとに行われ、その内容は隊長に一任されるらしい。


 簡単に同じ部隊の面々へ自己紹介を済まし朝食も終えると、がやがやと動き出す皆の後についていく。


 着いたのは、土と砂が混じりよくされただだっ広い場所。


 「練兵場だ。訓練は主にここで行う」


 確かに、少数ではあるが早朝からすでに訓練を始めている人たちがいる。


 ……ゴリラマッチョメンが互いに男の大事な急所を蹴りあっておられる。

 「ぅうぅ、痛ぇー」と顔を苦悶に歪めながらも必死に耐えておられる。


 おぅ、カオス……。


 自分は一体何を見せられているのか。

 ふいに笑いが込み上げてきたが、あの人たちは騎士で、いまとなっては自分もその騎士なわけで……。


 なんだか、他人事に思えなくなってきた。

 

 今後に大きな不安を覚える光景だ。もう帰りたい……。


 「相変わらずよくやってるな。じゃ、俺たちも始めるか」


 なっ、まさか! 


 「タキタはひとまず、これを使ってみてくれ」


 手渡される剣。

 ふう。急所訓練ではないようだ。我が息子の成長をこれからも見守っていけるようです。良かった。


 しかし、剣か……。

 これはこれでハードル高すぎませんかね?


 いや、何となく予想はついていたけど、これを自分が振るうのか。実際に持ってみると、重たい。


 「それじゃあ、適当に攻撃してみてくれ」


 「えっ?」


 「いいぞ? 好きなように」


 「はい」


 にたりと自分がやればまずキモい感じになるだろう笑みを浮かべるロニーにそう返事はしたものの、慣れない感触への戸惑いは消えない。


 剣道だとかなんだとか、都合の良いスポーツ経験はない。妄想は人一倍してきたと思うけど。

 

 とにかく、それっぽくやってみるしかない。


 右手の下に左手を置き、柄を握る。時代劇を思い起こして振り上げ、一気に振り下ろす。


 だが当然のように余裕しゃくしゃくと受け止められ、それどころか、剣に振り回されてつんのめった。


 「ん? そんなに手加減しなくていいぞ。こっちも、ちょっとやそっとじゃ傷つけられないからな」


 ロニーの真剣みを帯びた笑み混じりの挑発を受け、今度は横に振ってみた。

 しかしまた、軽くいなされる。


 「今度はこちらからいくぞ」


 こちらに合わせるようにすんなりと振るわれた剣は、こちらの剣を大きく弾いた。

 身がけ反ったところに頭上から下ろされる剣。やっとの思いで剣を横にして掲げ、重みがじんと伝わってくる。


 防いだのではなく、防がされた一撃。

 そうと分かってはいたものの、気がつけばぎゅっと目を瞑っていた。実践であれば最悪の事態。


 経験による技術差、歴然とした体格差。

 これだけでロニーに勝てる要素などないに等しいが、それ以上に、もっと根本的なところで気圧されてしまっている感じがした。


 恐る恐る目を開けると、釈然としない顔をしたロニー。身をさいなむ沈黙の後、彼は呟いた。


 「思った以上に弱いな」


 「……すみません」


 埒外らちがいの直球。こんなにぐさりと刺す人だったのか。


 「ああいや、だからどうこうってわけじゃないんだ。こうなることは半ば予想していた。昨日の試合で見せた杖の振りは素人然としていたからな」


 しかしその想像以上に弱かった、と……。


 「ただ、彩小鬼を倒した時の剣さばきを知ってるからな。首を斬り落とす瞬間しか見ていなかったが、無駄のない一流の動きだった。もちろん、あれは魔法を使用したものであったと認識はしている。だが、ここまでギャップがあるとは思わなかったんだ。魔法を扱うにも、普通はある程度下地が必要になるからな」


 「すみません。こういうのはからっきしで……」


 「いや、別に謝らなくていいさ。ただ適性を見たいだけだから。次は、第二階梯までなら魔法を使ってもいいぞ」


 そうは言われても、こちらで制御することのできないスキルを使うわけにもいかない。スキルに力の加減なんてものはないのだ。


 何か事故があってからでは遅いし。

 だから結局、素の自分でやるしかない。


 「どうした?」


 「その……、魔法は少し危険なので、ここでの使用は控えさせていただければと……」

 

 「ん……、そうか。よし。それなら、他の武器を試してみるか」


 ということで、槍にメイスにモーニングスターまで。次々と武器を変えてロニーとの手合わせ(?)をしてみるが、どれも上手くいくものはない。


 武器に振り回されてばかりだ。

 近接が駄目なら今度は弓で、と試してみるが、無論一朝一夕にいくはずもなく、どれも散々な結果となった。


 「やっぱり、タキタには杖が一番だな。中長距離での魔法戦に徹してもらおう」


 ロニーが開き直ったようにそう下した。

 

 少しやるせない気分だが、自分にとってもそれがベストだろう。

 斬るとか突き刺すとか叩き潰すとか射るとか、そんなんおいそれとできるもんじゃない。


 「まあでも、最低限の身体捌きは覚えてもらうから、覚悟しとけよ」


 にやりとロニー。


 「……はい。お手柔らかにお願いします」


 「それじゃ、これは切り上げて持久走を始めよう」


 おっと、次の訓練メニューへ移行するらしい。


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