第26話 故郷の文化という癒しには凄まじいものがある。


 「どうした? 大丈夫か?」


 壁に向かい手をかざし静止する不審極まりないおっさんに、ロニーが声かけ。

 だけでなく、後ろから心配そうに覗き込んでくる。


 どうする? 

 いっそポロっと全部喋ってしまうか? 


 魔力なんて持ってまっせ〜ん、テヘぺろ(威圧)!


 いや、それはダメだ。ロニーは上司。んな口きいたらシンプルにられる。


 仮に本当のことを話すにしても、せめて信頼関係を築いてからがいい。


 なら、魔力切れとかか? でも、魔力の事を何にも知らない。地雷を踏みかねん。


 ぅう~~ん。


 「もしかして、起動しないか?」



「……え、えぇ。なんかそうみたいです」


 見りゃわかるだろ、と心の特大ハリセンで思いっきり叩いてやった。でもロニーの声音は純粋に問うもののように思え、そこにいぶかしさはなさそうだ。


 「そうか、それは少し困ったな」


 ヒヤリ、と冷たいものがわきを濡らす。


 ああ、そういえば自分って腋がじゃん、と益体もないことが脳裏を過ぎ、気分はダウナー。軽く絶望である。不意打ちが過ぎる。


 「魔力濃度が濃いと、反応しないんだ」


 しかし次いで発せられたロニーの言葉に光明を見た。


 「っへ、へえ、そうなんですね! こういうことはよくあるので?」


 「ま、滅多にないな。そんなに高濃度の魔力を持ってる奴はここの騎士でも片手で数えるくらいのもんだからな」


 「へえ、そうなんですねえ。へえぇ」


 「今日は俺が出してやる。適当に込めておこう」


 「あっ、はい。ありがとうございます」


 ふう。


 なんだよー、脅かすなよー、マジで。超ビビっちゃったじゃん。腋の濡らし損じゃないかよぉ。


 こんなにハラハラドキドキさせられるなんて、やはりイケメンはギルティーだ。


 「替えの服はこの後すぐに持ってきてもらうことになってる。四十分後くらいにまた来る。それまでゆっくりしてくれ」


 「はい、ありがとうございます」


 魔力を込め終えたロニーが脱衣所を出て行くのを見送って、服をさっさっと脱ぐ。他人の家の風呂を借りているような居心地の悪さはあるが、そんなことよりさっぱりしたい。


 浴場へ入り、シャワーに潜る。髪をガシガシ洗う。顔首腕腹背脚、全身くまなくゴシゴシ洗う。


 おっさん特有のゴリッゴリのあかすりである。


 溜りに溜まった垢がぼろぼろと流れ落ちていき、まるで生まれ変わった気分。シャワーにこれほどの喜びを得たのは初めてだ。


 天井から降ってくるという仕組み上、腋の下や股は少し洗いづらい。ということで、洗面器に水をためて、バシャバシャ洗った。


 使い勝手が微妙なところもまた、異世界っぽくていいじゃない。


 今の自分は、欠点だって美点に変換できちゃう。

 それほど、水を浴びたい欲に飢えていた。


 ひとしきり身体を清め終え、いざ入浴。


 水面を足先で突いてみると、これまた適温、いい湯加減。


 そのままどぶんと一気に浸かれば、ぞくぞくぞくぅと身体にせり上がってくる快感。

 もうたまらん。


 頭を沈めて潜水。マナー違反じゃね汚くね、などという言葉はシャットアウト。端までたどり着き背泳ぎまでしちゃう。


 「はあ、気持ちぃ」


 そしてシンクロをしようとしたらおぼれかけた。てか頭を強打した。


 高揚感は冷め、なんだか恥ずかしい。

 いい年したおっさんがなにしてんだ、てな具合だ。


 隅っこへ移動し、大人しく浸かる。


 何はともあれ、風呂を満喫。脱衣所へ。


 服を脱いだ場所には、着替えが置いてあった。きちっと畳まれたそれを広げると、汚れ一つない新品のもの。さっと足を通し、腕を通す。


 「ああ、快適だ」


 清潔な服に身を包み、心まで清廉になった気分。


 それから数分。


 腰を下ろしぼけえっと微睡まどろみかけた頃、ロニーが器を手にもってやって来た。


 「服の大きさは大丈夫そうか?」


 眠気を飛ばし、立ち上がる。


 「あっ、はい。ありがとうございました」


 「うん、よさそうだな。夕飯を持ってきた。もう食堂の片づけは終えてしまってな。一応持ってきたから、自室で食べてくれ」


 白米と、なんだか色々乗っかった大きめの器を受け取る。


 白米もあるんだ。けっこうテンション上がる。


 「それじゃ、タキタの部屋に行こう」


 無邪気な感じの笑みを見せ、ロニーが背を向けた。


 不意にそんな様子を見せられると少し面喰う。ドキッとする。いやこれは、そっちの気があるわけじゃないんだ。ほんとに。断然金髪ママの方を愛してるし。それよりなにより、


 「私の部屋があるんですか?」


 気になったのはそこだった。


 「あまり空きはないんだが、最近辞めた奴がいてな。そこがタキタの部屋になる」


 階段を二度上って辿り着いたのは、なんと角部屋。嬉しいことこの上ない。


 中に入ると、広さは六畳といったところ。ベッドと机、小さなクローゼットが備え付けられている。


 特筆すべきところのない簡素な部屋。だが寝るには申し分ない。


 「とりあえず今日のところは終わりだ。明日から俺の部隊で仕事をしてもらうことになる。この時期は特に朝が早いから、良く寝てしっかり休息を取ってくれ。何か質問はあるか?」


 「あの、そういえば、さっきまで着ていた服はどうなったんでしょう?」


 「ああ、それならメイドに洗うよう頼んでおいたが、マズかったか?」


 「ああいえそんな、滅相もない。というか、メイドの方までいるんですか?」


 「うん? まあ、これだけの大所帯になればな」


 なんと、メイドさんがいるらしい。


 「私にもついてくれるんですか?」


 「まあ、専属というわけではないけどな。セリーナさんと言っていたな。後で話すこともあるだろう」


 なんと自分にもつくらしい。異世界凄すぎね?  


 「ああそうだ、明日の朝はオリバーが迎えに来ることになってる。それまでは部屋でゆっくり休んでくれ。それじゃあ、おやすみ」


 誰? と聞く機会はいっしてしまった。


 「はい、おやすみです」


 新たな生活の始まりを肌に感じながら、そわそわと落ち着きなく夕飯を食べた。名称不明の肉と野菜はかなり美味しかった。


 程よく腹も満たされると、夢はすぐ近づいてきた。




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