第25話 唐突な策士トラップ!?


 「ちょうどよかった。容体確認と今後の確認を兼ねて、タキタを起こしに来たところだったんだ」


 金髪ママと交流していたところだというのに、ロニーが話を切り出してきたので、仕方なくそちらへ向き直る。これぞ苦渋の決断。


 「今後、と言いますと?」


 「ああ、タキタは俺の部下ってことになった」


 「……はあ」


 「正式にというわけではなく、お試し期間みたいなものなんだけどな。一通りの仕事を覚えてもらうことになる」


 「……なるほど。ちなみに、所属みたいなのはどうなるんでしょうか?」


 「第一騎士団第三部隊、この侯爵邸で勤めることになるな」


 「……騎士、ですか。ということは馬に乗るんですか?」


 「当然そうなるな」


 「なるほど」


 「……あとはそうだな、タキタの強さはある程度理解しているつもりだが、組織の体裁ってのもある。こちらは今後も敬語抜きで喋らせてもらうが、構わないか?」


 「あ、それははい。大丈夫です」


 知らぬうちに、どんどんと事が運んでいるようだ。まあ、文句はない。


 なにせこちらは、身元不明無職独身三十代。


 字面も響きも詰んでいる。

 こんなのを雇ってくれるってなら大歓迎だ。


 それに、侯爵邸に勤めるってのはけっこう凄いことなんじゃなかろうか。

 ここで働くということは、大企業に勤めるってのと同じようなもんだろう。ホワイトかは知らないが。

 ただまあ、安定志向な我が身としてはそれだけで安心感が凄まじい。


 うん、なんだかちゃっかりエリートコースに乗った気がする。


 色々と不安は尽きなないけれど、とんとん拍子。いい感じじゃん。何気に、自身の適応力もすごいことになってるようだし。 


 こちらが沈思黙考する間、金髪ママは穏やかな微笑みを絶えずこちらに向けていた。どうやら慈母らしい。


 いつまでもそうして見守っていてください。そしたらいつか、ママに見合う男になってみせます。


 「そういや、タキタも何か用があったんじゃないか?」


 ママへの恋心の萌芽。イケナイ。それは禁断の果実だ。


 理性を総動員することで、その芽を無理やり摘み取った。


 「……ええ、少し喉が渇きまして」


 「けっこう眠ってたからな。けどそれ以上に、まずはこっちだな」


 まじまじと全身を見られ、自身の様子を改める。

 目に映るのは、所々擦り切れた土塗れの衣服。


 牢生活で感覚が麻痺していたが、意識を向けるとかなり臭う。


 そういえば、今の自分は似合いもしない髭をぼさぼさに生やしているのではなかろうか。


 恐ろしい。それに何より、こんな醜態をママにさらしていたのか。つらい。


 ああでも、よく考えればそんな自分でもママは看病してくれたわけで、今も変わらずいつくしみを与えてくれているわけで……。


 やっぱそんなダメージ受けてないわ。


 「さすがにその姿のままウロウロされては困る。風呂まで案内するから、とりあえずゆっくり汚れを落としてくれ」


 「はい、ありがとうございます」


 にべもなく返事をする。

 てか風呂あるんだ。なんか、かなり嬉しいぞ。


 「ふふ。サッパリしてきてくださいね」


 そう柔らかな微笑みを残して、ママは先ほどまで自分が寝かされていた部屋に入っていった。

 

 暖かい言葉をしかと胸に抱き、先導するロニーの後に続いた。


 「今いるのは騎士宿舎だ。この侯爵邸に勤める騎士は基本的にここで寝泊まりすることになる」


 風呂への道すがら、ロニーがこの施設について簡単に説明してくれる。


 「広いですね。どのくらいの方が暮らしているんですか?」


 「五百くらいだな」


 「……ぉお、それは凄いですね」


 想像していたよりも多い。


 「テラフォード領の軍事力は国内有数だからな。この侯爵邸以外にも、領内に十数か所、騎士宿舎が建てられている」


 なんてことないようにロニーは言うが、この家は思った以上に権力を持っているみたいだ。


 廊下をずっと進み突き当たると、扉を隔て、カチャカチャする音に交じり雑多な声が聞こえてきた。


 「ここは何ですか?」


 「食堂だな」


 「では、ここに五百人が集まり一斉に食べるので?」


 想像する光景は面白いものではない。体育会系な感じは苦手である。


 「いや、さすがにそこまで広くはない。部隊ごとに時間が割り振られているんだ」


 「なるほど」


 左に見える階段は素通りし、また直進。長い廊下をひたすら歩いてまた突き当たり。


 「よし、到着だ」


 前方には大きな暖簾。暖簾が一つだけというのが、少し悲しい。こういうのは、女湯もあって初めて興奮するところだろうに。


 まあ、どんな妄想をしても大概よぼ婆しかいないわけだが。


 結局、現実ってのはかくも非情なものなのだ。


 暖簾を潜ると、広々とした脱衣所。熱気の残りを肌に受け、久々の感覚に心が弾んだ。


 しかしまあ、驚いた。


 洋の世界観に突如和が投げ入れられたような感じ。奇妙な思いだ。が、それ以上に高揚感が強い。


 「念の為、使い方だけ教えておこう」


 ロニーが先行し、風呂の戸を開けると、もくもくと白い湯気がなだれ込んできた。


 その先には大浴場。縦横高さ、それら一辺一辺が広々としている。


 この世界の文化がどのように発展していったのか分からないが、風呂つくった人、あなたは偉い。


 ここに、感謝状を贈呈しよう。


 「うん? どうかしたか?」


 「ああいえ、少し感動していて」


 「珍しいか?」


 「ええ、はい」


 「確かに、こんだけ広い浴場を持ってるとこなんてそうそうないだろうからな。タキタ、今日は特別貸し切りだ。もうこの後に入る奴はいないからな。湯船で思いっきり泳ぐと気持ちいぃぞ」


 ロニーはいたずらっ子のような幼い笑みを浮かべた。ギャップ萌えの王はここでも健在だ。


 「それじゃ、こっちに来てくれ」


 ロニーに言われるまま浴場に入ると、違和感を覚えた。


 シャワーが無いのだ。


 しかしロニーが徐に壁に手を付けると程なく、


 「うおっ!」


 上から温水が落ちてきた。


 見上げると、天井に半球状の物体が間隔をあけて取り付けられており、そのうちの一つから温水が出てきている。


 それがシャワーヘッドの役割を成しているのだろう。


 手を伸ばしてみると、なかなかに柔らかな感触だ。


 最新、とまではいかないが、一昔前のシャワーヘッド並といえよう。

 古い風呂屋のシャワーって痛いんだよな。あれは体に穴をあけにきてる。


 「タキタもやってみてくれ。これに手を置くんだ」


 白い壁面に等間隔に埋め込まれた手のひらサイズほどの四角いもの。紫色をしたそれの一つをロニーは指し示した。


 それに従い、喜々として手を置いた。異世界式のシャワーにワクワク。


 でも、温水は出てこない。あれ?


 「そうだ。それから、魔力を流すんだ。ただ、量には気を付けてくれ。あまり流し過ぎるとなかなか止まらなくなる」


 だそうよ、ねえ聞きました奥さん。このシャワー、これを使うには魔力が必要なんですって。どう思うぅ? そうよね! いまいちよね! うんうん、やっぱり奥さんとは話しが合うわあ。私もね、あんまり良くないと思うのよお。だって、魔力がなかったら使えないってことでしょう? それって、少し不便よねえ……。


 おいおいおいおいおいっ! どうしよう! これはどう切り抜けるのが正解だ!?


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