おっさんチート 〜異世界転移した冴えない中二病のおっさんは、スキルでもって勇者する〜

方波見

第1章 導かれて異世界

第1話 キタアァアアアアアア!!!


 今日も無事会社から帰宅し、シャワーで身を清め終えた。


 ふふっ。


 思わず笑みが零れる。パンツを履き、次いで靴下を履くと、既に臨戦態勢。


 もう我慢できない。


 「お前か? 俺の大切な人を傷つけたのは」


 クールに、静かに言葉を紡ぐ。


 「……そうか。なら、見過ごせないな」


 ここでは間が重要だ。激昂するのではなく、努めて冷静に、あえて余裕を感じさせるように。


 こちらの余裕に焦ったのか、敵が猛然と切りかかってくる。


 しかし、それでも動じず。


 「ここで逝け」


 呟くと同時、細めた鋭い眼光で敵を観察。ゆっくりと息を吐き出し居合の構え。

 愛刀の調子を確かめるように鯉口を切り、刀身を僅かにさらす。それからまたつばを小さく押し、カチャンと一つ。


 すっと短く息を吸い込み、一閃――




 「――久遠止水くおんしすい





 そして音もなくひらめく鈍色の線。それは静謐せいひつな水面のよう。果たしてそれは凶刃か否か、永久に始まることのない死への道行き。


 為すすべもなく上下を断たれたむくろが地に堕ちる。それを見やりながら刀を一振り、血を飛ばす。月光を反射し、刀身は淡くきらめく。


 ゆっくりと鞘に納め、高揚感をしずめた。


 「……仇は、返したぞ」 


 わずかに背を丸め、悲哀をかもし出す。復讐を果たしてもなお寂しさの滲む孤独な表情。

 そのまま、リビングへ向かう。




 「よしっ! いいのができた!」


 ああ、いかんいかん。俺としたことが思わず飛び回ってしまった。


 すーはー、すぅーはあー。……ふう。


 よし。


 

 ブックエンドに建て掛けてあるノート。その中、一番端の一冊を手に取って広げる。


 「久、遠、止、水、っと」


 一字一字丁寧にと思ったが、喜びを抑えきれなかったか。字が少し乱れてしまった。いやはや、それにしても七十二冊目にして未だこんなに素晴らしい技と出会えるとは。


 ふふふっ。


 この感動を忘れないうちに詳細を練らねば、と再度ノートに向き直った時――


 うん? 


 下を見ると、フローリングに浮かぶ紋様。

 それは円形をしていて、条件反射的に身体がうずいた。全く読み取ることはできないが、何らかの規則性を感じる。中二心に訴えかけるものがある。見慣れぬようでいて、見慣れているような親近感。


 ふむ。


 うぅううーん? 


 目をこすり瞬き数回。視界の明瞭さを確認し、ついでに頬をビンタしてみた。


 「痛ってぇ」


 おうふ。


 普通に痛い。叫ぶに叫べない程度の中途半端な痛みだが、確かに痛い。自身の心の在り方とは別に肉体が痛い。


 この鈍痛が教えてくれる。


 これは、現実だ。




 

 「ひゃっほぉぉぉぉおおおおおおおお! 異世界転移キタァァアアアアアアアアアーッッ!」




 やっべえ、なんか心臓がすんごいバクバクしてる。


 転移ものといったら勇者。

 国の重鎮が集まる重厚な扉の中、召喚の儀が行われ、そこで自身の役割を教えられる。その後異世界美少女な純粋お姫様のお言葉をいただいて、ツンデレな女近衛騎士にとがめられ…………。


 ぐふふふふふ。


 っと紳士ともあろうものがしもに走ってしまった。


 そう、自分は勇者だ。紳士な勇者。


 よし、まずは落ち着こう。最高のスタートを切るために、心を鎮めるのだ。


 やはりどこの世界でも第一印象は重要だろう。高貴な方々の面前に召喚されるとあっては尚更だ。


 魔法陣を見るとくるくると回り、発光が徐々に強まっている。もうあまり時間は無さそうだ。


 とにかく、ポーズを決めよう。

 一世一代の登場シーンだ。下手はできない。自然でありながら、余裕を与えられるようなものが相応ふさわしい。


 まず脚は肩幅に広げ、左脚に体重を預ける。


 ……いや、右脚の方がしっくりくるな。


 うん、右脚に体重を預けることにしよう。


 次に首を小さく傾け、斜め下を漠と見つめる。その際猫背にならないようよくよく注意して…………。


 最後に、目を細める。

 険しい顔つきになり過ぎないようまぶたを緻密に操作。まるで何かを見極めているのではないかという気配を滲ませる。


 うん、完璧だ。


 魔法陣もちょうど準備を整えたらしい。


 ニタニタと動き出そうとする表情を鋼の心で抑え込み――



 ――時空を飛んだ。



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