第6話 どうも不審者です。


 「……ああ、そうか。動かなきゃ」


 〔燦華零雷さんかれいらい〕でサイもどきを倒してしばらく、想像を超える状況にぼうとしていた。


 よたよたと、時間をかけて立ち上がる。身体はいまだ震えていた。恐怖によるものか、歓喜によるものか、自分でも分からなかった。


 「でも、助かったのか……良かった」


 再び辺りを見回し、まるで他人事のように言葉が漏れた。

 今や、森の生と死は丸い境界線によりはっきりと別たれていた。


 「とりあえず、ここから離れよう」


 騒ぎを聞きつけて他の魔獣が来るとも限らない。

 小さく歩き出す。それから、徐々に自然と歩幅が大きくなり、腕の振りも大きくなった。


 喜びが全身に染み渡る。


 「よしっ! 生きてる! 生きてるんだ! 俺は生きてるぞぉぉおおおぉぉっっ!」


 これまで感じたことがないほどの強烈な歓喜だった。恐怖、安堵、不安、達成感。  それらが混然一体となった大きな喜びを力の限りに叫んだ。





*****





 しばらく進むと、どんどんと木々の間隔が広がっていき、光も差してきた。太陽の位置からすれば、まだまだ日中。転移してきたのがついさっきの出来事だと考えると、とても不思議な感じだ。


 「こんなに濃密な時間、過ごしたことないな」


 命の危機にあったというのに、何故だか気分は晴れ晴れとしていた。全く歓迎できるもんじゃないが、これも一種のリア充なのかもと思わないでもない。


 その後魔獣とエンカウントすることもなく黙々と移動していくと、急に視界が開け、草原に出た。背丈の低い草が密集し、ちらほらと木が立っている。

 日陰はめっきりなくなり、暑い日差しを全身に受けた。季節的には夏だろうか。


 そんなことを考えていると、草原の向こうから十人ほどの集団がやって来ているのを発見。皆騎乗している。武装もしている。


 怖ぇ。


 ここは、やり過ごした方がいいだろう。

 そう思い身を屈めて近くの茂みにこっそり隠れ、葉の隙間から様子を窺ってみることにした。


 足音が近づき、面々の姿が明瞭に映った。


 なんか、皆強そうだ。


 集団が止まる。かなり近い。近すぎる。

 てか、眼前に止まりましたよこの人たち……。思いっきりバレちゃってるみたいなんですが、これ、大丈夫ですよね……?


 「出てこい。お前、そこで何をしている」


 当然のごとく大丈夫じゃないパティーン…………。


 一番先頭にいる厳つい男に問われ、おっさんは縫い留められたように動けなくなった。


 どうも、逃げるのは無理そうです。


 だって、こんな武装した人間たちに睨まれたことないもん。後ろの連中は「いつでも殺れますっ」てな具合に構えてるし。

 知ってた? 馬上から睨まれるってかなり怖いんだぜ。息子がきゅうぅとしぼんで、さっきまでの興奮が嘘みたいだ。


 「妙な動きを見せたら、攻撃する。いいな?」


 落ち着いた声音、けれど否と言わせない迫力で「いいな?」ときたか。


 いいわけねえだろ。

 幻聴かな? 木霊だよ。幻聴かな? あっ、返ってきた。


 てなんだよこれ。


 大人しく出るしかないね、そうだよね。


 「はぁああ、仕方ねえなあ」と内心でニヒルに気取り、両手を挙げて、ばんざーいのポーズ。からのスタンダップ。

 小鹿を連想させる足の震えは極力無視した。そして、こくこくと首振り人形。


 完璧。


 これで攻撃してこれるような奴はいないだろう、多分……。


 肝っ玉母さんの顔を窺うようにおずおずと男たちの表情を観察すると、ちょっとだけ険しさがとれたようだった。見境なく人を殺すヒャッハー集団ではないみたいだ。安心安心。


 ほっと胸を撫で下ろしている間に、声を掛けてきたリーダーっぽい男が馬から降りた。


 ほうほう、自ら目線を合わせにくるとは。君、分かってるじゃないか。


 「っ!」


 いや、デカっ! 

 男の頭皮は自分の頭皮より頭二つ分高い位置にあった。

 

 こっちは見上げるシチュを夢見るJKじゃねえ! 頭皮に悩みを抱えるお年頃なんだ! くそがっ!


 とかなんとか暴言めいたことを内心で思いましたが許してください威圧感すごいのでそれ以上近づかないでくださいお願い申し上げますです、はい。


 こいつ、遺伝子レベルで恐怖を刻み込みにきやがった……。侮れん。ただ向かい合ってるだけでイジメられてる気分なのですが。


 「まず、名前を訊いてもいいですか?」


 「……あ、はい。……タキタです」


 「タキタさんですか。僕はロニー・ハクスレイです」


 いきなり名前を訊かれるとは予想外。それに敬語。おかげでキョどってしまったじゃないか。


 加えて、ワイルドイケメンが「僕」って、こいつ、慣れてやがる。

 ギャップ受けを狙い、迅速に心の距離を詰めてきやがる。


 コミュ力まで高いなんて……。全細胞が白旗を揚げたようです。


 「タキタさんは何故ここにいたのですか? 何やら急いでいたようですが」


 「いや、まあ、それは何というか…………地鳴りに驚いたもので……」


 「……そうですか。それは僕たちも聞きました。怪我はありませんでしたか?」


 「ええ。はい、大丈夫でした」


 「……そうですか。そうは見えませんが……」


 ロニーの目が鋭さを取り戻す。

 

 そうだった。今の自分は土塗れのボロボロだった。

 

 こっちは、とりあえず「大丈夫」と言うのがデフォルトなんだ。すんごい怪しい奴に見えるだろうけど、自分もそれなりにちゃんとした大人です。


 だからそんな目で見ないで! 怖いから!


 「ああえっと、さっき派手に転んでしまいまして……あんまり大丈夫じゃないかもです」


 「もしよければ、簡単にですが、後で手当てしますよ」

 

 「それは助かります……」


 なんだろう、喜んでいいのか分からない。


 「それでは、タキタさんはここで何をしていたのですか?」


 話が元に戻った。くそ、誤魔化されなかったか。


 「ええっと、それはその…………」


 言葉を濁しまくるこちらの様子にロニーは眉間に皺を寄せる。


 ああ、こんなことになるなら自身の設定を考えとけばよかった。でも仕方ないじゃん。あんな魔獣に追いかけられて、そんなこと考える暇あるわけないじゃんね。


 「もしかして、冒険者ですか?」


 冒険者! やっぱり本当にあるんだ。その単語が耳を幸せにする。勇者や英雄というのも捨てがたいが、危険を冒す者、冒険者。

 これはもう、最強の冒険者になるしかないな。最強の冒険者になって、いずれ勇者や英雄になるルートにいこう。


 「あ、はいっ。そんなとこです」


 向こうから訊いてきてくれて助かった。


 「その割には、随分軽装のようですが……。冒険者証は持っていますか?」


 硬直した。そりゃそういうもんもあるか。迂闊だった。


 「……パーティメンバーも見当たらないようですが」


 無言を貫くこちらの様子を窺って、追加の質問。


 もうやだこの人。ワイルドな顔してねちっこく攻めてくるよ。早く逃がして。おっさんは唯のおっさん、それ以上でもそれ以下でもないんだよ。だから、お願いだから険のある顔をしないでください……。


 ロニーの後ろに控えていた茶髪の青年が下馬し、こちらに向かってきた。

 童顔でありながらどこか大人びた印象の青年だ。ガチムキのロニーとは異なり細身だ。手足はすらりと長いが、背丈は自分と大差ない。ほっとした。


 「隊長、どう見ても怪しいですよこいつ。この森を手ぶらでふらついてるなんて、普通じゃないです。自殺志願者ということなら分からなくもないですが」


 ロニーは隊長らしい。この森は一般人が来ていい場所じゃないのか。そりゃ、あんな怪物が居るんだもんな。


 それよりも、初対面の相手に自殺志願者呼ばわりですよ、ええ。これってどうなんですかね、いいんですかね?


 とかなんとか心中で煽っておく。

 おたくの従業員なってないんじゃないですかぁ? みたいな。


 不審者として見られたほうがよほどマシだ。

 てか、この人たちこそ何故ここにいるのだろうか。


 「まあ、そうだな。どちらにせよ、とりあえず連れていくか」


 こちらの心中などお構いなしに、ロニーは茶髪くんに同意を示した。


 「それじゃあ、タキタさん。街まで連行させていただきます」


 逃亡を試みるか、それとも大人しく捕まるか。

 ロニーたちは皆、それなりに整った身なりをしている。こちらへの警戒心は解いていないが、今すぐどうこうしようという意志は感じられない。


 この国の基準は知りえないが、この人たちが下層の住人であるとは思えない。盗賊といった、アウトレイジな存在でもないだろう。

 自身の中二知識に依れば、国に仕える騎士といったところか。それにしては装備がまちまちであることが気になるが……。


 未だロニーの物腰柔らかな現状から鑑みるに、すぐ殺されるということにはならないはずだ……と思いたい。


 逃亡したとして、捕まった時の扱いがぞんざいになれば自身の首を絞めかねない。そも、逃亡しようがない。さすがに走り過ぎた。立ち止まってしまったことで、最初の一歩が出そうにない。


 おっさんにダッシュは拷問なのだ。かといって、今使えるスキルは〔香炎柱フランベ〕だけ。十人相手にこれだけじゃあ心許なさすぎる。それに、人を殺す勇気なんて持ち合わせていない。それが勇気であるかも知らない。


 どちらにしても明るい未来は描けない。が、逃亡はなしだな。


 「は、……はい」


 できる限り無害な人物を演じ、後はなるように任せる。


 まあ、演じるも何もそれが素なんだけども。



   

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