第11話 おっさんはホームレスっ!


 なんやかんやで温かい歓迎とともに下宿先ゲット!


 …………と、絶対そうなると思ってたんだけどなあ。




 

 今、外にいます。


 自分が考える中でも最高のシチュエーションで、これを逃したら後はない。

 そう思っていたから、恥を忍んでけっこう粘った。


 けど、「これ以上しつこいようなら、騎士の方を呼びますよ!」と、まるでストーカー相手にするようなセリフを娘さんにぶつけられ、自分自身に居たたまれなさを感じてしまったため、うの体で逃げ出してきた。そんな次第である。


 しかしまあ、あんなに気味悪く見る必要ないだろうに。

 これってもしかして、おっさんなのが悪かったのか? 


 考えてみれば、テンプレ世界の主人公は大抵、「俺はまだまだ青春真只中!」っていう青年が多いもんな。

 確かに、なけなしの残滓ざんしを絞り出すことでしかフレッシュさを提供することのできないおっさんに対して、「面倒見てやるか」などと思う人がそうそういるとは思えない。それに、あの店のおやじは自分より少し上くらいの年齢だったように思う。すると、親子くらいの年の差があればまだしも、数個下、おまけに見ず知らずの一文無しなんて、嫌悪以外の何者でもなかったろう。


 なんか、申し訳なくなってきたな……。


 でも、ほんと若いっていいね。…………くそう。何故だか自分の贅肉が憎らしく思えてきた……。


 とまあ、それからもそんな感じでどこも空振り。この街で犯罪者認定されてしまう前に、食事は諦めた。


 そうしてふらふらと当てもなく彷徨さまよっているうち、気がつけば空は赤みがかり、黄昏たそがれ時。人目をはばかり道の端を歩きながら、再び大通りに戻ってきた。


 道を両断するように引かれた溝の深い水路。そこに架かる短い橋の欄干に背を持たせ、これからどうしたもんかと頭を悩ませる。


 けれども、良案が浮かぶことはない、と既に結論は出ていた。


 いやあ、素晴らしい風景だなあ。

 

 逃避ぎみにそんなことを思う。


 幅広の水路に、その両端に並ぶ人々の営み。後ろには、果てまで終わりがないと感じられるほどの山の連なり。視線を遮る建物のない、大迫力のパノラマ。

 大自然と見事に調和した街はほのかに赤み、物悲しさを与えながら今日の一日を終えようとしている。


 『異世界風景画集』なんてのにどうだろうか。


 ろくに絵も描けやしないけど。せめてカメラでもあればなあ。パシャッとするだけなら自分でもできたのに。


 「……ふう。こんなこと考えても仕方ないな」


 ため息交じりに黄昏タイムを切り上げると、橋の脇に階段を見つけた。下に降りられるみたいだ。


 早速そこに足を向けると、橋の真下にスペースがあった。少しは人目も避けられるだろうし、特別汚いといったこともない。


 もう、今日はここで寝てしまおう。


 そう決めると、後は早かった。


 そそくさと階段を下り、横になる。すると数秒と経たないうちに疲れがどっと押し寄せ、意識が引きずられるようにまぶたが落ちていった。





*****





 目が覚めた。


 揺れていると思ったら、馬車の中らしい。これは意外。


 身動きしづらいと思ったら、手枷てかせをはめられているらしい。これはマズイ。


 「あのー、これはどういう状況なのでしょうか?」


 現状を把握するため、隣にいる人、あるいは前方にいる二人に誰とはなしに訊いてみた。


 返るのは沈黙。怖い。


 一体どうして自分はここにいるのか。


 いまだ寝ぼけた、その上エネルギー不足で鈍痛響く頭で考えられるのは大きく三つ。


 一つ目。

 アウトレイジに捕まった。

 奴隷商的な? でも、そういう雰囲気には見えない。幌馬車じゃないからかも。それに、いくら奴隷といったって、こんなおっさんを捕まえてどうすんだって話もある。


 二つ目。

 環境保護。

 ざっと見て回った限り、この街は清潔だ。水は綺麗だし、ゴミが散乱してるなんてこともなかった。まあ、どこかにはスラムもあるのかもしれないが、少なくとも自分が歩いたところにそういった場所はなかった。

 そして、街がきれいであればあるほど目立つはずだ。野宿しているおっさんの存在が。こいつは街の景観を損ねかねん、そう判断されるのも心外ではあるが頷ける。そんなこんなで街の警備隊がとりあえず捕まえた。

 無くはない考えだと思う。ただ、これなら馬車に乗っている意味がよく分からない。それに、こちらの質問が返ってこないというのも変だ。もしこの通りなら、質問せずとも、街の景観を損なう浮浪者に対する注意やら何やらがとんでくるものだと思うし。


 最後三つ目。

 コインを持っていることがバレた。

 ロニーたちやボディビルダーたちの反応を見れば、あのコインがなんだかすごいものであることは明白だ。それを盗った奴を探せ、となっているのかもしれない。

 一応、そうなる前にこの街を出るつもりでもいたんだけど……。その見込みは相当甘かったようだが。なんせ、まだ一銭も稼いでいない。食事にすらありつけていない。

 しかし何かバレることがあるとすれば、ギルドでの失態が痛かったか。それにしても情報の伝達が早すぎる気がするが……。


 とそんなこんな考えていると、馬車が動きを止めた。


 分厚いカーテンが引かれているため、移動中に外の様子を窺うことはできなかった。そのため、馬車が止まったことを嘆くべきか、はたまた喜ぶべきか…………。


 「っ!?」


 馬車の扉が開く前に、隣の男にがしっと身体を固定された。


 いきなりのことでビビる。そのまま、前の一人がこちらに近づき、視界が黒く塗りつぶされた。目隠しだ。


 どうやら、嘆くのが正解のよう。まあ、こんなことだろうとは思ったさ。


 「降りろ」


 男に先導され、慎重に外へ出る。頭皮に与えられるダメージにより、かろうじて今が昼頃だと分かった。


 それから一歩二歩三歩。今度は段差を上がる。乗り換えるらしい。


 「座れ」


 先導の男はそう指示したきり、外へ出ていった。


 放置プレイですね。


 まだ開いていると思われる扉から、会話が漏れ聞こえてくる。


 「奴で間違いないのか」


 「はっ、冒険者ギルドの者にも確認したため、間違いないと思われます」


 「そうか。よし、もう戻っていいぞ」


 「はっ、失礼します」


 車体が揺れ、誰かが入ってきた気配を感じる。

 隣と前方に一人ずつ、だろうか。やがて、ひづめの刻む音が聞こえ始めた。これも馬車のようだ。


 それから数分。


 特に会話もないまま馬車の旅は終わりを告げた。


 「降りろ」


 前方からの声。

 感じからして、乗り換えの際に確認をとっていた人物だろう。


 前方の男はそそくさと降りる。隣の人物が手を引く役みたいで、こちらに立ち上がるよううながした。


 当然、めっちゃ降りたくない。


 子供のように駄々をこねたらどうなるだろうか。ちょっとは優しくしてくれるだろうか? 


 試しに想像してみると、殺される未来しか思い浮かべられず焦る。そして、そんな想いが自然に現れてしまったのだろう。勝手に身体が強張り、意図せず踏ん張る形になってしまった。


 「おい」


 手を引く男の力が強まる。肝が冷える。すんごい声が低いよこのお兄さん。


 致し方なし、と内心を虚勢で塗り固め、男の引かれるままにした。




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