第10話 心優しき方を探しています。


 「はい、確かに――って、えっ!?」


 カウンターに置いた硬貨を見て、お姉さんはびっくり顔で硬直した。


 これはなんだかよくない予感。


 「あっ、すいません。間違えました」


 硬貨をポケットに戻そうと手を伸ばすと、お姉さんはこちらより先に硬貨を手に取りめつすがめつ。


 お姉さんは見かけによらずグイグイくるタイプらしい。ちょっと苦手だ。


 「えええぇぇぇえええ!」


 そしてこれである。

 お姉さんは大きく身をのけ反らせた。


 それはさすがにオーバーアクションが過ぎるのでは? 

 さてはお姉さん、おだて上手だね?


 お姉さんの声に皆の視線が集まる。ボディビルダーが近づいてきた。


 「あっ、マスター! 見てくださいこれっ!」


 このボディビルダーがギルドマスターらしい。なんで受付にいんだよ。


 硬貨がほっそりとしたお姉さんの手からごっついボディビルダーの手に渡る。

 

 硬貨はガクブルしているに違いない。可哀そうに。

 反対にボディビルダーは余裕しゃくしゃくといった様子。


 「何そんな驚いてんだ」みたいな。


 そして硬貨を見つめ、目を見開いた。


 あっ、モブキャラっぽい。けっこう濃いキャラしてると思うんだけどな。


 「これはご返却します。それで、今日はどんなご用件でいらしたのでしょう?」


 ボディビルダーが硬貨を返しながらかしこまってきた。受け取った硬貨をそそくさとポケットに仕舞う。

 明らかな生物的強者に敬語を使われると変な感じだ。非常に落ち着かない。

 

 てか、自分はいつからこの銀色を硬貨だと思い込んでいたのか。

 なんかもうフツーの硬貨っぽい感じじゃないよなあ。


 ポケットのなかでコインをにぎにぎ。

 そうすると落ち着く気がするからだ。


 「えっと、登録をしに来ただけなんですけど……」


 きっと大層なことがあったんだろう、みたいな目で見られても、こちらはそう答えるしかない。


 ただのおっさんに変なイベントを期待するな。いや、個人的には先ほどちらと目に映った美少女とのイベントを期待してるわけなんですが。


 「本当にそれだけでしょうか?」


 「……ええ、まあ」


 何をそんなに聞き出したいのか。

 このコイン、そのままあげちゃったほうが良かっただろうか。所持するのが怖くなってきた。


 「そうですか。それでは登録の手続きを続けさせていただきますね」


 「はい」


 どうやら、登録するのに支障はないようだ。

 これだけへりくだられているのだ。この分なら、登録料もタダでいけるんじゃね? 


 悪いことばかりでもないみたい。


 「改めて、登録料は銀貨一枚になります」


 お姉さんがおっしゃった。


 半秒で希望は打ち砕かれた。


 こちらがフリーズしているのを見て取ると、お姉さんは続けておっしゃった。


 「どんな方であろうと、例外なく登録料を収めていただくことになっておりまして……」


 人生、そう上手くはいかないらしい。


 「あーっと、そうですか。そうですよね。えーっと、すみません。お金を持ち歩くことがあまりないものでして、どうも忘れてきてしまったようなんです。ですので、とりあえずまた出直してきますね」


 もう残るは逃げの一手のみ。


 ここにきて自分が無一文であるということが発覚してしまった。

 おっさん、完敗である。

 

 「分かりました。そういうことでしたら、お待ちしております」


 「はい、すみません」


 礼をしてギルドを出る。

 そこでしばし待ってみる。



 ――が、例の美少女とのイベントが起こりそうな気配はない。


 かといって、自らイベントを起こしてやろう! だなんて勇気も持ち合わせてはいない。


 ソロの冒険者同士でパーティを組んで共に旅を始める、って流れをイメージしてたんだけどなあ。

 

 「おじさん、ひとりなの? ならわたしと組まない?」みたいな。

 ま、冒険者にすらなれなかったわけだけど…………。


 「はあ……。どうしよう…………」



 キュウゥゥゥゥゥ…………キュルキュルキュル………………キュゥ。



 精神とは反対に肉体は平常運転らしい。こんな時でも、内臓は元気に蠕動ぜんどうしている模様。


 腹減った。なんか急に腹減ってきた。


 ひとまず、辺りを散策してみるか。





*****





 ギルドが建つ通りを進む。

 

 水路を挟んだ広い道の両脇に並ぶ店は、どれも堂々とした佇まいをしている。


 適当に目についた看板を見てみると、「ロトロア服飾 第三号店」の文字。

 おそらく、他の街にも展開しているのだろう。


 現代日本におけるチェーン店やフランチャイズ店というと、安価で庶民的なイメージがある。ただ、馬車が使用されている世界観において複数店舗存在する店というのは、かなり格式高いところなのではなかろうか。実際、外観も綺麗にまとまり洗練されているように感じられるし。


 どの店も、そんな具合だ。


 となると、やはりここはダメだな。少し脇道に入ってみよう。



 さて、食事をするという目的を達成する上で目下問題となっているのは、一文無しであるということ。というか、それ以上問題になるとこなど存在しようがない。


 そして、そんな状況では当然、正規の方法で食事をとることなどできない。

 が、人には人情というものがある。


 まあ、それを利用しようって寸法である。


 情けない大人に映るだろう。嫌な大人に映るだろう。

 しかし分かったことがある。一文無しに体裁ていさいを気にする余裕はないってことだ。


 そこで狙うは、個人経営店。


 見た目はいかつく言葉は少々荒いが、心根は優しく料理は絶品。そんな、テンプレおやじがいそうな店を探す。

 こぢんまりとした、隣の建物よりも幾分年季が入っていそうな店。そういうとこに生息してるに違いない。


 そうして狭い路地を歩いていると、左前方、少し先に、条件にピタッと当てはまる建物を発見。ぽつねんとそこに居る、すすけた木造建て。


 中にいるのであろうおやじを幻視した。

 丁度いい塩梅だ。あとは、そこが食事処であるかどうかだけ。


 近づいてみると、風に乗って漂ってくるいい匂い。これは美味いものを出す店に相違ない。


 さらに近づくと、引き戸を開けて、一人の男性がその店から出てきた。


 どこにでもいるような中年男性。

 その表情は自然体であり、変な気負いや解放感は見られない。が、確かな満足感を覚えているであろうことは分かった。そして、彼は手ぶら。すぐ近くに帰る場所があるのだろう。


 つまり、この店は地域密着型。


 「そこに無ければ人情は存在しないものと思え」とすら言われる、愛に溢れた場所。それが、地域密着おやじ型個人経営店!


 これはもう、食事にありつくとこまでは確定だ。じわりと広がる唾液を嚥下えんげする。


 いざ入店!


 扉に手をかけ――おっと危ない。


 にやついた顔のまま入店するところだった。


 悲哀を誘うように表情を作り直し、改めて、扉に手をかける。


 ガラ、ガ、ガラガラガラ。

 うん、妙妙みょうみょうたる引き戸の建て付け具合。ほんと期待を裏切らない。


 しかし、


 「はい、いらっしゃい!」


 耳に入ってきた情報と目に映った情報を整理し、絶望の谷に突き落とされた。


 耳に入ってきたのは、ほがらかなソプラノ。

 目に映ったのは、家庭的な印象を受ける美少女。


 おやじ、じゃない、…………だと。


 「お父さん!」


 「どうした?」


 その声を聞いて我に返ると、カウンターの奥から姿を現すスキンヘッドのいかつめなおやじ。


 イエスッ! 


 気づかれないよう、後ろ手に小さくガッツポーズ。


 これは、店主である強面なおやじと店の手伝いをする美少女な娘さん、という一番いいパターンじゃないかっ!


 娘はとっても心優しく、行き倒れそうになっている人を放ってはおけない。こちらが食事に困っていることを伝えると、「どうにかしてあげようよ」とおやじに進言。娘の言葉にめちゃくちゃ渋る素振りを見せるおやじであるが、心の内では「助けてやるか」なツンデレ状態。「……迷惑になってしまいますし、やっぱり……」とこちらが気おくれした様子を見せて遠慮すれば、「いいんだよっ」とぎこちない優しさを込めて温かいご飯を出してくれる。そして、「どうせ、そんななりじゃ他に行く当てもないんだろ」とぶっきらぼうな調子で聞かれ、こちらが返答する前に「一部屋空いてるから、今日は泊まってけ」と宿泊場所まで提供。その様子を傍で見ていた娘さんはくすっと笑い、おやじは照れ隠しをするように頬を掻く。そうして夜が明けた翌日の朝。なんやかんやあって、当面の費用が貯まるまでこの店のやっかいになることに決まったのである。


 てパターンだ! 


 これはもう、この世界での基盤を得たも同然! この出会いに感謝!



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